ウルラの民

ノアはノヴァに命じられたが、村には戻らなかった。

お山の周囲をうろうろと歩きまわり、いつかノヴァが迎え入れてくれると信じていた。

しかし一向に入れてもらえる気配はなく、村への道をとぼとぼと歩き出した。


「主様のバカ…友達って言ってたのに…」


1人で文句を言いながら歩いていると、何かが足に絡まった。


「…布…?…ルカの匂い…」


ノアは布を拾い上げてくんくんと匂いを嗅いだ。

そして周囲を見回す。


「…足跡。たくさん…ルカ!!」


ノアは発達した嗅覚を活かしてルカの匂いを辿った。

必死に走って辿り着いたのは、小さな集落だった。


「うっ…血の匂い…」


血の匂いが充満した中をルカを探して歩き回る。

しかし血の匂いが濃いせいで上手く辿れない。


「この匂い……知ってる…」


ノアは顔をしかめて頭を振ると、脳裏をよぎる何かの残像を振り払った。


「ルカは…ボクが守るから…」


集落の中心の方から歓声が上がる。

ノアは無意識に声のする方へ駆け出した。


「久々の人間だぞ!!」

「細っこいなぁ〜」

「どこから食おうか。」


集落の中心に舞台が組み立てられ、その中心に血塗れで、ぐったりとしたルカが木の棒に括られていた。

ルカの前には大きな包丁やなたが置かれている。

ノアは迷わずにルカの元へ走った。


「ダメ!!ルカはあげない!!」


ノアがルカの前に躍り出る。


「ん?なんだこいつ…」

「同族の匂いがする…」


舞台の周りに集まっていた人々がノアを品定めするような目で見る。


「ルカは、あげない!」

「ノ、ア…?」

「ルカは、ボクが守るから…!」


ノアは目の前に置かれたナタを拾い上げて、ルカを縛る縄を切った。


「ルカ、逃げよう?」

「ノア…先に、逃げて…」

「嫌だ!1人はもうやだ!」

「お、お前さん、ルプスのやつだな?ほら、俺だよ。肉分けてやっただろ?」

「知らない!ルカはあげない!!」


ノアが叫んでルカの肩を支えて走り出す。


「ノア…ダメだ…」

「嫌だよ…!ルカはあげない…!絶対に!」


ノアが草むらに隠れながら走る。

背後から矢が飛んでくる。

その時、目の前にノヴァが現れた。


「ノア、ルカは預かる。1人で逃げろ。」

「主様…!やだ!ルカはボクが守る。ルカは主様にもあげない!」


ノヴァは少し驚いた顔をしてから頷いた。


「生きろ。」


次の瞬間、背後から悲鳴が聞こえた。


「振り向くな。行け。」


ノアはひたすら意識のないルカを引きずって走った。

そして村に転がり込むと、老婦人の家に飛び込んだ。


「おばあちゃん助けて!」

「ノアちゃん?まぁ!どうしたの?」

「襲われたの。ルカを助けて!」


老婦人は2人を家にあげると、知り合いの医師を呼んだ。

医師はすぐに傷だらけのルカの手当てを施した。


「ルカ、死なない?ボク、ルカのこと、守れた?」

「きっと大丈夫だよ。すぐ元気になるよ。」

「ルカ…?おばあちゃん、ルカって今指名手配されてるぞ?」

「えぇ、そうね。でも2人はとてもいい子よ。悪いことなんてしてないわ。」

「バレたらタダじゃ済まないんだよ?」

「幸先短い老いぼれさ。人生最期に、2人を守りたいと思ったんだよ。」

「…分かった。坊主、君も手当てしよう。」


医師がルカの周りを心配そうに歩き回っていたノアに声を掛ける。


「手当て…痛いのは嫌だ。」

「大丈夫。痛くないように飴をあげようか。」

「飴!ボク頑張る!」


ノアが目を輝かせて頷く。


「これでよし。」

「おじさん、ありがと!」

「どういたしまして。坊主1人でこの兄ちゃん担いで来たのか?」

「うん。食べられるとこだったの。」

「そうかそうか。よく逃げたな。えらいぞ。」

「ふふ、ボク、ルカのこと大好き。だからボクがルカを守るの。おばあちゃんも、おじさんも好き!だから2人もボクが守るよ。」


ノアが飴を舐めながらにこにこして言うと、老婦人と医師は顔を見合わせた。


「この子、本当に食人族か?」

「そうらしいけどねぇ。ルカくんが言うには、人は食べないんだとか。ルプスの民なんだろうねぇ。」

「ルプスの民はいなくなったって聞いたけどなぁ。」

「…みんな、いないの…?」

「あぁ、噂では一晩でいなくなったって。」

「うぅ…ボク、また1人…」


ノアが大きな目を涙で潤ませる。


「ノ…ア…」

「っ!ルカ!」

「ノア……私が、います…1人じゃ、ない…」


目を覚ましたルカがノアの頰に手を伸ばして、そっと涙を拭う。


「うん…ルカと一緒…」

「ノア、助けに、来て、くれて…ありがとう…」

「間に合って、よかった…!」


ノアがルカの胸に額を押し付ける。ルカがぎこちなくノアの頭をなでる。


「ルカ、腕痛い?」

「少し…ね。」

「葉っぱ、持ってこないと…!」


慌てて立ち上がり、飛び出していこうとするノアの足をルカが掴んで止める。そして布団を少しめくってみせた。


「ノア、それより…ここに、いてくれませんか…」

「…うん。」


ノアが布団に潜り込んでルカにぴったりとくっついた。


「…あの、ありがとうございました…」

「あぁ、お大事にな。」

「はい…何か、お礼を…」

「何もいらないさ。あ、どうしてもって言うなら、おばあちゃんの話し相手でもしてやってくれ。」

「もちろんです…」


ルカはノアの頭を優しく撫でながら頷いた。そして2人はそのまま眠りに落ちた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る