第4章
大切なもの
「ルカぁ…」
「ん、何ですか?」
昼過ぎに目を覚ましたノアは眠たげな目を擦りながら居間に来た。
そしてルカを見ると、ぎゅっと抱きついた。
「どうしました?」
「怖い夢見たの。」
「怖い夢?」
「うん…」
「どんな夢ですか?」
「ボクがルカのこと食べちゃう夢。」
「あぁ、それで昨晩はずっと私の肩を甘噛みしてたんですね。」
「えっ!?」
ノアが目を見開く。
それを見てルカがふっと笑う。
「すみません、タチの悪い冗談でしたね。」
「ルカのばかぁ!」
「大丈夫ですよ。全部夢です。それに、ノアには負けない自信あるので。そう簡単には食べられません。」
「…うん。」
「でもまぁ、本当に食べたくなったら、片腕ぐらいあげますよ。」
「…いらない。だって腕なくなったら、抱きしめてもらえないもん。」
「はいはい。甘えん坊さん。」
ルカは少し複雑な顔でノアが落ち着くまで撫で続けた。
それから数日間、ノアは悪夢に魘されるようになった。
「今日は何の夢?」
「お母さん、食べちゃう夢…」
「他は?」
「みんな…ボクから逃げて…1人になっちゃう夢…」
「大丈夫。私がノアを止めますから。」
「うん…」
ノアが頷いてルカの肩口に額を押し付ける。
「ルカ。一緒にいてね…」
「今さら帰還も出来ませんよ。」
「うん。…また一緒に暮らそうね。」
「もちろん。…ノア、食人族…いや、ルプスの民の時の記憶、ありますか?」
「…あるよ。…ボクはね、真っ白だったから、他の子にも、大人にも気味悪がられてね。それで友達が出来なくて…」
ノアがゆっくりと話し始める。
「ずっと、いじめられてたの。叩かれたり、蹴られたりもしたよ。それで、気を失って、目が覚めたら主様のお家にいたの。」
「お家?」
「うん。
ノヴァのことを語るノアは楽しげで、祠にムカデを持って行ったら怒られた話や、一緒に散歩した話をした。
「あ、でも主様がいない時があって、その時は1人でお山の周りを探検したの。」
「1人で?」
「うん。主様に何かあげようと思って。あっ!その時ね、雨が降ってきて、雨宿りしてたら、おじさんがお肉くれたんだ。…あれ?でもそれから…覚えてないや。気付いたら誰もいなくて…」
ノアが必死に思い出そうと眉間にしわを寄せて考える。
「主様が怒ってた。…ボク、悪いことしたのかな…」
「ノア、そのおじさん、何のお肉をくれたんですか?」
「えっと…何か言ってたんだけど…そのお肉、なんだか不思議な味がして…食べてからの記憶があんまりない。」
「…ヒト。違いますか?」
「…っ!ボクは人間は食べないもん!」
「騙されたんじゃないですか?」
「違う…違う!人なんて食べてない!そんなの嘘だ!」
ノアが頭を抱える。
ルカはノアを抱き寄せて優しく背中をなでた。
「ノア、本当のことを教えて。」
「…嫌だ…嘘だもん…!何も分かんない!」
ノアが叫んで外に飛び出していく。
「ノア…」
「ルカくん、今ノアちゃんがすごい勢いで飛び出して行ったけど、どうかしたのかい?」
「…ノアのことを、教えてもらいたかったんですけどね…何も分からないと。」
「ノアちゃんは、分からないんじゃなくて、思い出したくないんじゃないかしら。思い出したとしても、ルカくんには知られたくないとか。」
ルカが目を見開く。
「今ノアちゃんが1番頼りにしてるのは、ルカくんでしょう?ノアちゃんが必死に隠していることをルカくんが知ったら、ルカくんが離れていってしまうと思ってる。だから、現実から目を背けてるんじゃない?」
「…ノヴァ様は、ノアが罪を思い出して罰を受ければルプスの民に戻れると言ってました。ノアが私に嫌われたくないがためにルプスの民に戻れないとしたら…」
老婦人がルカの頭に手を置く。
「今のノアちゃんにとって、1番大事なのは何か。それを知ることが大事よ。」
「…そうですね。ノアを探してきます。」
「気を付けてね。」
ルカはまだ痛む身体に鞭打ってゆっくりと歩き出した。
村の中を歩き回っていると、川辺に座って川の中を覗き込むノアを見つけた。
「ノア。」
「っ!…ボクは何も知らないもん。」
「えぇ、そうですね。」
「…ルカ。ボク、もうお山戻らなくていい。ルカがいるなら、それでいい。」
「…そうですか。分かりました。ノア、ここに住みましょうか。ここじゃなくてもいい。もっと遠いところでも。ノアの好きな場所に行きましょう。」
「…いいの?」
「もちろん。」
ノアの目に涙が浮かぶ。
「どうして泣くんですか。ほら、どこに行きたい?」
「ルカがいるなら、どこでもいい!ルカといたい!」
ノアがルカの胸に飛び込んでくる。
そしてぎゅうぎゅうと抱きついた。
「この村に居座るのも危険です。でもこの体ではあまり動けないので、もう少し待っててください。私の怪我が治ったら、移動しましょう。」
「うん。」
「ノアはお山の向こう側、行ったことあります?」
「分かんない。」
「じゃあ、向こう側に行ってみましょう。」
「うん!」
ノアは嬉しそうに頷くと、ルカの手を引いて歩き出した。
「でも、主様の結界は越えられないよ。それに危ないよ。」
「ウルラの民はどの辺りまで活動してるんですか?」
「この村からお山の方までずっと。」
「幅は?」
「うーん…流石に向こうの山を越えたら大丈夫だと思うけど…」
「ノアは足速いんですよね。」
「うん。」
「ノアは走ってお山の向こう側に行ってください。私はお山を突っ切ります。」
「でも…会えるかな。」
ノアが心配そうに眉を下げる。
「きっと大丈夫。」
「うん。」
「何か目印を決めましょうか。」
「…ボクはお日様の沈む方に走るから。ルカはボクを追いかけて。ボクはルカの匂い、探すから。」
「分かりました。必ず追いつきます。でも、安全なところまで走ったら3日待っててください。3日目にまた走り出して。同じ場所に居続けるのは危険ですから。」
「分かった。」
2人は老婦人の家に戻ると、出ていく旨を伝えた。老婦人は微笑んで頷いてくれた。
「大事なものは、分かったかい?」
「えぇ。」
「ボクはルカがいればいいの。」
「私はノアに笑っていて欲しい。」
「気をつけるんだよ。」
「はい。もう少しお世話になります。」
「好きなだけいていいよ。」
それから数日間ルカの怪我が治るまで老婦人の家に世話になった。そして旅立ちの日、ノアとルカは森の入り口に立った。
「ノア、雨の日は、これ飲んでください。」
「…っ!ルカ!何これ!!」
ルカが手渡したのは献血用のパックだった。
「…医師にお世話になって、毎日少しずつ貯めたんです。」
「でも…!」
「いいから。持って行ってください。」
「…ルカのバカ。」
ルカが有無を言わせずに老婦人にもらったリュックにパックを詰めてノアに持たせる。
「必ず、追いかけます。」
「…待ってるから。」
「約束です。」
ルカがノアの小指に小指を絡める。
「約束。」
「…行きましょうか。」
「うん。」
2人でお山のそばまで歩く。そしてもう一度頷きあうと、ノアはお山の結界に沿って走り出した。ルカはそれを見届けると、山を登り始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます