離別 〜ノアside〜

ノアは結界の近くを走っていた。

人の気配がすれば身を隠し、お腹が空けばウサギやイタチを狩った。


「あっ、川だ!」


川のそばに行き、水分を補給する。

川上の方を見ると、お山に続いていた。


「この川…ボクの家のそば流れてた…」


日も落ちて辺りも暗くなってきたために寝床を探す。

運良く洞窟を見つけ、潜り込んだ。


「…ルカ、大丈夫かな…」


ノアはほとんど眠れずに朝を迎えた。


「…行かなきゃ。」


川で顔を洗うと、水の中に何かあることに気付いた。


「…骨?」


それは何か動物の骨のようだった。

脳裏に浮かぶ残像をかき消すように頭を振り、骨を投げ捨てた。

そしてリュックを背負って駆け出す。


「ボクは…人なんて食べてないもん…!」


数日にわたって何度も見る人を食べる夢。

ノアはそれを受け入れたくなかった。

2日目はまだ山を回りきれなかった。

寝床が見つからず、木の上で一晩を過ごす。


「ん…眠たい…」


ノアはまだ疲れの残る身体を無理やり動かして駆け出した。


「おい、人間がいるぞ!」

「いや、あいつは食人族だ。人間じゃない。」

「この際同族でも…」

「共食いは悪趣味だぞ。」


ノアが休憩していると、少し離れたところから声が聞こえた。

少し振り返ると、ウルラの民が言い合いをしていた。

その隙にこっそりと木の上に移動する。


「あっ!お前のせいで逃したじゃねーか。」

「…いや、匂いはする…」


ウルラの民がノアの隠れる木の下まで来る。


「…どこ行った…」

「おい、あっちじゃないか?」


ウルラの民たちがノアが歩いてきた方へ向かって走っていった。

しばらくしてから木を伝って走り出す。


「危なかった…」


ノアは木の上を走り続け、その日も木の上で一睡もせずに夜を明かした。

次の日、地面に降りると、眩暈で座り込んでしまった。


「ダメ…動かなきゃ…」


ゆっくりと歩き始め、ようやくお山の南側に出た。


「休みたい…でも、ルカが待ってる…」


リュックからパックを出し、一口だけ飲む。


「…やっぱり、美味しいな…」


血だけで疲れが取れていく。

ノアはそのまま木に凭れて少し眠った。


「おい、坊主。生きてんのか?」

「んん…」


目を覚ますと、目の前に銃を持った男がいた。

ノアがひゅっと息を飲む。


「あぁ、怖がらせる気はなかったんだ。坊主、こんなとこでどうした?」

「ちょっと、休憩。でももう行かなきゃ。」

「顔色悪いぞ?うちで休んでいくか?」

「おじさん、誰…?」

「この近くの村で猟師をしてる。」

「食人族…?」

「この辺りは食人族は来ない。…坊主、まさか食人族に襲われたのか?」


猟師が心配そうに聞いてくる。

ノアはゆっくりと首を振った。


「ボクが、食人族…なの…」

「ウルラか?ルプスか?答えによってはここでこいつを使わにゃならねぇ。」


猟師が猟銃を手に持つ。


「ボク、人は食べない…ルカに血も分けてもらったから、大丈夫…」

「…ルプスの民か。なら大丈夫だな。飯でもやろう。」

「イノシシがいいな。」

「ははっ、干し肉ならあるぞ。」

「うん!」


ノアは猟師の家で休むことにした。


「坊主、よく食べるな。」

「あんまり食べられなかったから。」

「どこに行こうとしてたんだ?」

「お日様の沈む方。」

「そっちに何かあるのか?」

「分かんない。でもルカと待ち合わせしたの。」

「ルカ?ルカって、指名手配犯じゃないか!」


ノアはテーブルをバンッと叩いて叫ぶ。


「ルカは何も悪いことしてないもん!!なんでみんなルカを悪く言うの!?」

「ぼ、坊主、落ち着きな。」

「ルカは…ボクのこと、助けてくれたよ。一緒にいるって約束してくれた!」

「ならなんで今坊主は1人なんだ?」

「ボクは…お山を越えられないから…回っていくの。ルカはお山を越えていくの。お日様が沈む方でまた会うんだよ。」


ノアがはっきりと言うと、猟師は訝しげに眉をひそめた。


「坊主、ルプスの民じゃないのか…?」

「そういうの、分かんない。」

「ルプスの民なら聖域に入れるだろ。お前、騙したな…!」

「騙してない!!ボクはお山にいたんだもん!!主様が入れてくれなくなったの!!」

「堕ちたのか。」

「ボクは何もしてない!」


ノアが猟師を睨みつける。

猟師は両手を上げて降参した。


「分かったから落ち着け。」

「うぅ…」

「泣くなって。ほら、俺の肉もやるから。」

「ありがと…」


ノアは泣きながら干し肉を食べた。

そしてご飯を食べ終えると、すぐに眠り始めた。


「嫌だ!」


ノアが飛び起きたのは明け方だった。

嫌な汗が背中を伝う。


「ルカ…会いたいよ…」


ノアは布団を手繰り寄せて抱きしめた。


「絶対…見つけてくれる…」


ノアはゆっくり起き上がると、リュックを背負った。


「坊主…もう行くのか?」


猟師が朝の仕事を終えて戻ってくるなり目を丸くした。


「ルカに追い抜かれたら、会えなくなるかもしれないから。ボクはルカより遠回りだから、たくさん走るの。」

「そうか…頑張れよ。」

「うん。」

「これ持っていけ。」


猟師が干し肉を袋に詰めてノアのリュックに入れる。


「ありがとう。おじさん、またね。」

「あぁ、元気でな。」


ノアは大きく頷くと、お山のそばまで走り、西を目指した。

雨が降ればルカの血を飲み、休憩中に干し肉を齧る。

ウルラの民の目をかいくぐり、小動物を狩った。

そしてルカと別れてから6日目にお山を完全に回り込んだ。


「ルカの匂い…しない。まだお山かな…」


ノアは2日間だけお山の側でルカを待った。


「…来ないなぁ。」


ノアは約束通りさらに西に向かって走り出した。

必ずルカに会えると信じながら。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る