噂
「獣害?」
「そ。なんでも人が襲われてるとか。」
「人が、ねぇ。」
大国ペルグランデの城下町は雨の日の獣の噂で持ちきりだった。
「隣の村でも食べられたらしい。」
「雨の日の夜だけなんだよなぁ。」
「そんな獣、聞いたことねぇよ。」
「恐ろしいなぁ。」
雨の日の獣の噂は国中に瞬く間に広がった。雨の日の夜は必ずどこかの村が襲われる。
そしてその姿をはっきりと見たものはいなかった。
ただ、真っ白だと言う噂だけが広がった。
城下町の国民たちは、ただの都市伝説のような扱いで話していたが、事態は深刻だった。
国王は地方に兵士を派遣して調査を急がせた。
「人を食うとか…俺らで守れるのかよ。」
「さぁ、どうだろうなぁ。」
「てか森の中とか、特殊部隊の方が得意だろ…なんで俺らが…」
「所詮、捨て駒なのかねぇ。」
兵士たちはため息をつきながら森の巡回を始めた。
その日は真夜中に雨が降り始めた。
「この雨の音じゃ近くに何がいても足音しないよなぁ。」
「だな。」
その時だった。
森に悲鳴が響き渡った。
兵士たちがその方向に走っていくと、事切れた兵士が倒れていた。
ガサガサっと音がした方を振り向くと、何かが駆け抜けていった。
しかしはっきり確認することは出来なかった。
「おい、鎧の脆いところを上手く噛み切ってやがるぞ。こんなの、太刀打ちできねぇよ。」
「とにかく本部に連絡だ。」
その後も次々と村が謎の獣に襲撃され、獣はにわか雨を意味する“アヴェルス”と呼ばれるようになった。
「今日も雨らしいぜ。」
「雨かぁ。あいつが出るな。」
「アヴェルスか。」
「ついに特殊部隊も派遣だってよ。郊外に出たらしいからな。」
「やっとか。」
城では特殊部隊の編成がなされていた。
ルカは特殊部隊員として少数精鋭の部隊に編成された。
幼馴染のアイクも一緒だった。
「遂に、か。」
「緊張するか?」
「まさか。でもまぁ、それなりに身の引き締まる思いはする。アイクは?」
「まぁ、それなり。…あ、ヨシュカだ。あいつも同じ部隊かよ…」
「よぉ、ルカ。お前みたいな無能でも精鋭に入れるんだな。」
「ヨシュカ…その無能より戦績の低い無能は誰なんでしょうか。」
「はっ、どうせ上手く隊長を誑かしたんだろ?」
ルカは整った顔立ちから良からぬ噂を立てられることが多かった。
ヨシュカは裕福な家の出で、常に人を見下していた。
「おいヨシュカ!俺の親友を侮辱するなら俺を倒してからにしやがれ!」
「これはこれは、筋肉バカじゃないか。」
「こいつ…!」
「アイク。相手にしなくていい。ヨシュカ、今回は同じ部隊員です。仲良くやりましょう。」
「仲良く、ね。」
ルカは作り笑いを浮かべてヨシュカの手を握った。
「二人一組で巡回に当たれ。」
「は!」
ルカはアイクと組み、郊外の森に向かうことになった。
「行こうか。」
「それにしてもルカは本当に人によって態度違うよな。」
「そうかな。」
「俺に対してはタメなのに、他のやつには基本敬語じゃん。」
「まぁ、そうだな。アイクには敬意なんていらないかと思って…」
「はぁ!?俺はヨシュカより下かよ!」
「あぁ、あれは距離を取るためだよ。」
ルカはさらりと言うと、亜麻色の髪をなびかせて、すたすたと歩いて行った。
「俺たちは軽装備だけどさぁ。他の兵士たちは大変だったろうな。こんな道をあんな鎧で歩くなんてさ。」
「そうだな。」
ルカは諜報部隊にも所属しているため、装備も必要最低限に抑えている。アイクはルカよりも重装備だが、一般兵よりは軽装備だった。
「もうすぐ雨が降るな。」
「しかも日も暮れる。」
「ルカ、夜目は俺より利くんだから、フォロー頼むぞ。」
「分かってる。」
2人で周囲を警戒しつつ進む。夜も更けた頃、叫び声が響き渡った。
「出たか!」
2人で声のした方へ走っていくと、片脚が食いちぎられた、血塗れの兵士が倒れていた。
その隣でもう1人ががたがたと震えている。
「アヴェルスは!」
「わ、わかんねぇ…振り返った時にはもう食われた後で…」
「くそっ!」
「この雨、そしてこの枯葉。音を消すのは容易だろうな。」
「とにかく報告だ!ルカ、お前の方が身軽だ。先行ってくれ。」
「分かった。」
ルカは森の中を駆け抜けて城に向かった。
「そうか…また犠牲者が出たか…」
「はい。アヴェルスは鎧の脆い部分を狙っています。」
「鎧もダメか…どうしたものか…」
隊長は報告に頭を抱えた。
「これから雨季に入る。早く捕まえねば混乱が起きるぞ…」
隊長の恐れた通り、雨の日は増え、その度に人が襲われた。
国は軽い混乱に陥っていった。
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