欲しいもの

「アヴェルス、出なくなったな。」

「とは言え、またいつ出てもおかしくないだろ。」


城の中ではすっかり姿を現さなくなったアヴェルスの話題で盛り上がっていた。

そんな中、アイクは幼馴染で親友のルカの行方を追っていた。


「ルカ…無事なんだろうな…」

「お、筋肉バカは反逆者の方が気になるのか。」

「ヨシュカ、ルカのことを言ってるなら今すぐ訂正しろ。ルカは裏切ってなんか…!」

「ならば何故出てこない。やましいことがあるから。違うか?」

「あいつはああ見えて正義感が強いから…!相手が誰であれ、頼まれたらやり通すんだよ!」


ヨシュカが馬鹿にしたようにわらう。


「正義のためなら食人族にも加担するのか。」

「そういうわけじゃ…!」


アイクは言い返せなかった。

幼馴染みと言えど、昔から賢いルカの考えることは時々分からなくなることがあった。

それでもルカがノアに向けた瞳に慈愛が籠っていたのは分かっていた。


「それでも…ルカは必ず正しいことをする…」


自分に言い聞かせるように呟くと、アイクはルカを探しに街へ出ていった。


「ルカ、お散歩しよ!」

「少し待っててください。」

「うん。」


ルカは弁当を作ると、泉の周りをワクワクしながら歩き回っているノアに声を掛けた。


「行きましょう。」

「うん!」


ノアが森の中を鼻歌交じりに軽く飛び跳ねながら歩いていく。

ルカは置いていかれないように早足でノアを追いかけた。

1時間ほど歩くと、目の前に湖が広がった。


「すごい…綺麗ですね。」

「でしょ!ルカも気に入った?」

「えぇ、これはすごい…」

「ふふ、やった!」


そのままゆっくりと湖の周囲を探索する。


「あ!鹿さん!」

「ここは動物たちの水飲み場のようですね。」

「うん。そうだよ。ここでね、こうやって狙って…」


ノアが体勢を低くしてジリジリと鹿に近付いていく。


「ノア、狩らないでくださいよ。」

「えー。でもボク、お腹すいた〜」

「お弁当、作ってきましたから。」

「ほんと!?」

「はい。生肉は流石に腐ると嫌なので火を通しましたが…」


ルカが手頃な岩に腰掛けて膝の上にランチセットを広げる。


「…これ、何?」

「サンドイッチです。好きなものも、嫌いなものも、まとめてしまえば、食べやすいかと思ったんですが…」

「いただきます。」


ノアがサンドイッチを頬張ってから微妙な顔をする。


「…葉っぱ…」

「…野菜はどうしても無理ですか?」

「うん…あのね、ルカ。このお肉は葉っぱを食べて育ったの。だからね、ボクたちは、そのお肉を食べて葉っぱの栄養をもらうの。だから葉っぱはいらないんだよ。」

「…基本肉食獣と変わらないんですね。でも街に行きたいならせめてこういうものも食べられないと、誤魔化せませんよ。」

「うっ……ボク、頑張る。」


ノアがサンドイッチを再び頬張る。

そして四苦八苦しながら食べ切った。


「はぁ…食べた…」

「よく頑張りました。」

「うん…」


ルカが弁当を片付けると、ノアがルカに甘えるようにルカの膝に顎を乗せた。


「何ですか?」

「主様のお山、ここに似てるんだ。」

「話してくれます?」

「ボクの住んでたところのことなら。」

「ありがとうございます。」


ルカがノアの頭をくしゃくしゃとなでると、ノアは満足したようにルカの足元に座った。


「主様のお山はね、すっごく綺麗なんだ。ボクの仲間は主様のお山に住めたんだけど、入ってこられない人もいたなぁ…何でだろ。」

「ノアはまだ入れますか?」

「ううん。入れなくなっちゃった。でもボク、あそこに帰りたいな。ここよりも空気が綺麗で、たくさん動物がいるの。綺麗な虫さんもいるよ。すごく大きいトンボさんもいて…」


ノアが楽しそうに山にいた生物について話す。


「それで、必要な分だけ捕まえて食べるの。たくさん取ると主様に怒られちゃうから。」

「なるほど。主様は絶対的な存在なんですね。」

「うん。主様は神様だから。ボクたちのこと、守ってくれるの。」

「守護神ですか…どんな神なんですか?」

「主様は…優しいよ。ボク、イジメられてて…ほら、白いから。獲物にすぐ見つかっちゃうんだ。でも主様だけは、ボクとお友達になってくれた。主様だけが、ボクが信じられる人だったの。」


ノアが拳を握り締める。


「…主様って、人なんですか?」

「神様だよ。」

「…でも友達なんですよね。」

「うん。毎日お話ししてくれたの。」

「実体があるんですか?」

「美人さんだよ。お兄さんだけど。でもね、すって消えちゃうの。」

「…不思議な人ですね…」


ルカが空を見上げる。いつのまにか黒い雲が空を覆っていた。


「…雨の匂い。ルカ、帰ろ?」

「ですね。」


2人は早足で小屋に戻った。

小屋に帰る頃には辺りも暗くなり、大粒の雨が降り出していた。


「ノア、おやすみなさい。」

「おやすみ。」


ルカは疲れてうとうとしていたノアの足枷を固定して小屋の隅に移動した。


「うぅ…ルカぁ…」

「…ノア?どうしました?」

「血が…」

「血?」

「頂戴…?欲しい…」

「…ノア、仰向けになって。大人しくしてて。」


ノアが苦しげに呻きつつ、仰向けに寝返りを打つ。

ルカは素早くノアの上に馬乗りになって押さえつけると、ナイフに指を滑らせた。

そして滴る血をノアの口に落とした。


「ん…はぁ…美味しい…」


ノアは満足そうに笑って首を持ち上げると、ルカの指を甘噛みして傷口をぺろぺろと舐めた。


「痛くない?」

「少し痛いです。」

「明日、お薬あげる。ボク、葉っぱ嫌いだけど、お薬になるから、大事にするの。」

「そうですか。」


しばらくして出血が止まると、ノアは満足したように眠りに落ちた。

その夜、ノアが暴れることはなかった。


「ノア、あなたが必要だったのは、肉じゃなかったんですね。」

「ん?何のこと?」

「…あなたに必要なのは、人間の血なんでしょう?」

「人間は食べちゃダメだから、血だけもらいなさいって主様が言ってたよ。」

「…なるほど。そういえば今日は眠くないんですね。」

「うん。平気。眠たくないよ。」

「そうでしたか…」


ノアが美味しそうに朝食に出された生肉を食べる。

そして横に並ぶ野菜スープを一気に飲み干した。


「そういえば昨日の夜は、無性に血が欲しかったなぁ…」

「何かの発作みたいになってましたもんね。」

「うん…ルカ、またボクが血欲しくなったら、くれる?」

「あげるように頼まれてますから。」

「ありがとう。」


その次の雨の日、ルカは眠る前のノアに血を飲ませた。


「…美味しい。ルカの血はきっと、すごく綺麗なんだろうなぁ…」

「そうですか。満足しました?」

「うん。」

「おやすみなさい。」

「おやすみ…」


その夜、ノアはまったく暴れず、気持ちよさそうに眠っていた。


「ノア、もう雨の日に拘束するのはやめます。」

「どうして?」

「解決したんです。ただ、眠る前に血は飲ませます。」

「うん…」


それからルカとノアは平和な共同生活を送るための約束を作り、2人で穏やかな日々を送った。

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