共同生活

ルカとノアが消えた次の日、城では大騒ぎになっていた。


「ルカがアヴェルスを連れて消えただと!?」

「はい…止めたんですが…全く聞く耳を持たず…」

「見つけ次第捕らえろ!アヴェルスは殺しても構わん!いや、ルカも殺しても構わん。捕らえろ。生死は問わない。」

「待ってください、少尉!ルカはアヴェルスを傷付けたら許さないと言われたから…!」

「だからなんだ。いいから捕らえろ!」

「は!」


兵士たちが総動員でルカとノアを探すことになり、街は物々しい雰囲気に包まれていた。その中をルカは見つからないように歩いていた。


「物騒だねぇ。」

「何かあったんですか?」

「お前さん、知らないのかい?この辺りで出た人を食らう獣を、兵士が連れ出したそうだよ。見つけ次第殺しちまうんだそうだ。獣も、兵士も。」

「それは…物騒ですね。」

「お前さんも気を付けないと食われちまうよ。」

「ご忠告ありがとうございます。」


ルカは店を出ると、人混みに紛れるようにして小屋に戻った。


「ルカ!お帰り!」

「ただいま。いい子にしてました?」

「うん。」

「街では兵士が総動員で私たちを探してましたよ。」

「見つからなかった?」

「見つかっていたら、ここにはいませんよ。何でも、見つけ次第殺すとかで。」

「ふーん。それよりルカ、お願いがあるんだ。」


ノアがルカの腕を掴んで手首を甘噛みする。


「…ダメ?」

「食べないでくださいね。」

「うん。」


ノアがルカの手首に鋭い牙を立てる。

簡単に皮膚が破れて血が流れる。


「ん…ありがと。」

「あなたが満足ならいいですよ。」

「うん。ボク、ルカ大好き。」


ルカがノアを優しくなでる。


「ノア、約束してほしいことあるんです。」

「何?ルカのお願いなら、ボク何でも聞く!」

「血を飲むのは、1日1回にしてくれますか?いざという時に貧血で動けないのは大変ですから。」

「うん、分かった。」

「もう1つ。雨の日の夜は、少し拘束させてください。」

「…痛くないなら。」

「足枷を固定するだけ。いいですか?」

「うん。」


ノアの足には鎖は断ち切られているものの、まだルカの付けた足枷が残っていた。

鍵は城に置いてきてしまったため、外すことが出来なかった。


「今日はもう寝ましょうか。」

「うん。」


ルカが適当な布を積んだだけの場所に横になると、ノアが長い髪にくるまるようにしてその隣で眠った。


「ん〜…ルカぁ〜?」

「やっと起きましたね。生肉、用意しましたよ。」

「ほんと?やった!」

「好きなもの、分からなかったのでいくつか用意してみたんですが…」

「いただきます!」


ノアが嬉々として生肉のスライスを食べる。


「…これ、あんまり好きじゃない。…ん、こっちは好き!んー、これはまぁまぁかな。」

「…豚肉が1番なんですね。」

「ルカ、大変ならボク、自分で狩りにいけるよ。」

「…それ、誰がさばくんですか。」

「ルカ?」

「勘弁してください。」


ルカがため息をつく。

ノアは昼間は小屋の周りで走り回って遊び、夜はルカと小屋でおしゃべりを楽しんだ。

そして雨の日の夜、ルカはノアの足枷に付いた鎖を柱に通してつないだ。


「眠りにくいと思いますが、我慢してください。お互いのためです。」

「うん。…おやすみなさい。」

「おやすみなさい。」


ルカはノアの頭をなでると、ノアの手が届かないように小屋の隅に移動した。


「うぅ……グルル…」

「ノア…?」


夜も更けた頃、大人しく眠っていたノアが低い唸り声を上げ始めた。

そしてむくりと起き上がる。

真紅に輝く瞳でルカの姿をみとめると、体勢を低くして威嚇を始めた。


「ガゥッ!」


ノアが飛び掛かろうとするが、鎖が引っかかり、その手がルカに届くことはなかった。

明け方になると、ノアが突然ぱたりと倒れた。

ルカが恐る恐る近付くと、ノアは穏やかな寝息を立てて眠っていた。


「…やり過ごしたか。」


日が昇り、ノアが目を覚ます。

いつもよりも眠そうな様子で朝食を食べた後もルカのそばでうとうとしていた。


「眠たいんですか?」

「うん…なんだか眠った気がしなくて…」

「そうですか…お昼寝しましょうか。」

「うん…」


ルカが床に座ると、ノアはルカの膝に頭を乗せてすやすやと眠り始めた。

雨の日の次の日はノアは必ず昼寝をした。


「ルカ…ボク、なんでこんな眠いの…」

「一晩中暴れてましたから。」

「暴れてなんか…」

「…ノア、あなたは雨の日の夜、人を食べていたんです。意識はないのでしょうけど。」

「人…大好きだけど…食べてなんか…」

「事実なんです。ほら、あの柱を見てください。鎖で擦れた跡がくっきり残っているでしょう?」


ルカの指し示した柱は、雨の日にノアの足枷を固定している柱だった。


「ほんとだ……ボク、ルカのことも、食べようとしてた…?」

「毎回してますよ。」

「…ボク、ルカのこと、食べたくない。ルカ、ボクがルカのこと食べそうになったら、ボクを殺してね…」

「そうならないことを祈るばかりです。」


ノアがルカの頰に頬をすり寄せる。


「…ルカはボクの事、食べる?」

「食べませんよ。食人族じゃないんで。」

「血、飲む?」

「飲みません。」

「…ボクのこと、知りたい?」

「教えてくれますか?」

「んー…秘密。主様がね、外の人に教えちゃダメだって言ってたんだ。」


ノアがルカから離れて懐かしむように眼を細める。


「主様?」

「うん。ボクたちの神様。」

「どんな神様なんですか?」

「すっごく優しいよ。でも、みんないなくなっちゃって…その時に、出て行けって…」

「そうでしたか。…ノアの仲間のこと、少し気になります。話す気になったら、教えてくださいね。」

「うん!」


ノアは嬉しそうに頷いて、ルカに抱きついた。

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