ノア

「隊長、アヴェルス、捕まえました。」

「子どもじゃないか。」

「はい。でもこの子です。」

「信じられないな…まぁ、お前が言うなら信用するしかないか。後はこちらに任せてくれ。」


アヴェルスが特殊兵士に連れて行かれる。


「っ!隊長、あれは尋問担当者じゃない!拷問担当者です!」

「あぁ、そうだな。」

「あの子はまだ子どもですよ!?」

「あぁ、何人も殺した化け物だがな。」

「だからって…!」


少しすると、奥の部屋から泣き叫ぶ声が聞こえてきた。


「あの子は雨の日のことを覚えてないんです…自分でも分かってないのに…拷問したところで何も分かりませんよ!」

「これは罰だ。」

「まだ裁判すらしてない!」

「我々の仲間が何人殺されたと思ってるんだ。」

「ただの八つ当たりじゃないですか!」


ルカが机を両手で叩くと同時に奥から兵士の叫び声が聞こえた。


「何事だ!」


奥の部屋の扉が開き、白金の髪の美青年がアヴェルスを抱いて出てきた。


「だ、誰だ!」


青年は意識のないアヴェルスをルカに差し出した。

ルカが戸惑いつつアヴェルスを抱き上げると、青年は満足そうに頷いた。


「え…っと…」


青年は隊長の方を振り向くと、襟首を鷲掴みにし、首筋を食い千切った。

隊長は声もなく事切れた。

青年が血に汚れた口元を手の甲で拭いながらルカに向き直る。


「…すまない。人の血肉が無ければ、上手く話せなくてな。」


青年の澄んだ声が響く。


「その子の面倒を、お前に頼みたい。」

「私に?」

「あぁ。お前の血を分けて欲しい。…だめか?」

「死なない程度なら…」

「少しで事足りる。…ごほっ…やはりそこらの人間ではダメだな…」


青年がルカの手首を掴む。


「食わない。少し、欲しい。」

「少しなら。」

「恩にきる。」


青年がルカの手首にガリッと噛み付いた。

鋭い痛みが走り、血が流れ出す。

青年は流れ落ちる血を舐めとると、満足そうに微笑んだ。


「…この子にも、いいか?」

「はい。」


青年がアヴェルスに何かを囁くと、アヴェルスが薄っすらと目を開き、こくんと頷く。

そして流れ落ちる血をぺろぺろと猫のように舐め始めた。


「また、迎えに来る。傷付けたら、許さない。」

「あの、あなたは…」

「…その子の兄だ。」


青年はそれだけ言うと、すっと消えてしまった。


「おい、どうするんだよ!」

「…託されたからには、面倒みるよ。」

「いいのかよ!?」

「お兄ちゃん、もっと、欲しい。」


アヴェルスがルカの顔を見上げる。


「止まるまで、いいですよ。」

「ありがとう。」


ルカはアヴェルスを机に座らせると、まだ血の流れる腕を口元に差し出してやる。


「あっ…その爪…」


拷問によって剥ぎ取られたであろう爪は、少しずつ元通りに治っていた。

アヴェルスは満足そうな顔をしてから、ルカの顔を見上げて首をこてんと傾げた。


「お兄ちゃん、誰?」

「ルカといいます。あなたは?」

「ノア!」

「何処から来たんですか?」

主様ぬしさまのお山。」

「…アイク、わかる?」

「聞いたことないな。っていうか、さっさと牢屋でもなんでも入れないと!」

「この子は俺が面倒見るって言った。アイク、俺はここを出ていく。この子を連れて。」


アイクが目を見開く。


「本気かよ!?隊長殺されたんだぞ!?」

「隊長を殺したのはこの子じゃない。」

「他の犠牲者は!」

「…誰も、この子が殺したなんて証明できないんだ。」


アイクがルカに剣を突きつける。


「ダメだ。その子が間違いなく犯人だぞ。」

「ダメ!」

「うわ!」


ノアがアイクに体当たりをくらわせる。

アイクが大勢を崩して尻もちをつく。

その上にノアがのしかかって、剣を持つ腕にしがみつく。


「ルカは悪い人じゃないもん。殺しちゃダメ!」

「悪いのはお前だろ!」

「ボク、何もしてないもん。」

「嘘つけ!何人殺したと…!」

「ボク、知らないもん!ルカ、ボク…お家、帰りたい。」

「帰せません。だから…一緒に暮らしましょうか。」


ノアが大きな目をぱちぱちさせてから満面の笑みで頷く。


「アイク、俺、もうここ辞める。上官によろしく言っておいて。」

「はぁ!?」

「ノア、今日は野宿でもしましょうか。」

「うん!」


ノアはルカの手を取って走り出した。

2人で夜の街を駆け抜ける。


「ボクね、あっちの小屋にいたの。」

「小屋?」

「うん。おばあちゃんがね、一緒に住んでいいよって言ってくれたの。」

「そのおばあちゃんは?」

「気付いたら骨になってた。だからね、ちゃんと埋めてあげたんだ。」

「…なるほど。そこに行きましょう。」

「うん!」


ノアの案内で森の中の泉に着く。

その直ぐ側に小屋はあった。


「だいぶ汚れてますね。明日掃除しましょうか。」

「うん。…ルカ、ボクもう疲れちゃった…」

「夜も遅いですし、休みましょう。」


ルカがノアに着ていたジャケットを掛けてやると、ノアは壁にもたれて座るルカの隣でうずくまって眠りだした。

ルカは念のため一晩中起きてノアの綺麗な白髪を撫で続けた。

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