お山

次の日、2人は朝早くから出掛けた。


「気をつけるんだよ。」

「はい。お世話になりました。」

「おばあちゃん、またね。」


山の中を歩き続け、時折清流を見つけては軽い休憩を挟んだ。


「ノアはこの辺りのこと、よく知ってるんですか?」

「そんなに知らないよ。大抵は主様と一緒にいたから。遊びに行くときもあったけど、主様がお山からあんまり離れないようにって言ってたから。」

「ノアは主様の言うことは絶対聞くんですね。」

「うん。主様はいつだって正しいんだ。」


ノアが得意げに言う。


「もし主様が私を食べろと言ったら、ノアは私を食べますか?」

「えっ…」


ノアが目を見開く。


「…ごめんなさい。少し意地悪なことを言いましたね。気にしないでください。聞いてみたかっただけです。」

「うん…でもきっと、主様はそんなこと言わないよ。主様はいっつも、ボクに友達がたくさん出来るといいねって言ってくれたもん。」


ノアが頰を膨らませて言う。

ルカはその頭を優しくなでると、再び歩き出した。


「着いた!ここが主様のお山だよ。」


目の前にはかなりの標高の山が聳えていた。その周囲を謎の紋様が取り囲み、青白く輝いている。


「この紋様は、結界ですか?」

「うん。ここから先にはボクは入れないの。」

「私は?」

「分かんない。」

「ノア、一緒に入ってみませんか?」

「でも…」

「大丈夫。ノアは主様に会いたいんでしょう?」

「…会いたい。」


ルカがノアの手を握る。

そして同時に足を踏み出した。


「っ…!」

「ノア!」


ノアが弾き飛ばされ、地面を転がる。

しかしルカは結界の中に入ることが出来た。ノアがゆっくりと起き上がる。


「なんで…!主様…なんで…ボクを1人にしないで!」

「ノア!っ!」


ルカがノアの側に行こうとすると、突然腕を掴まれた。

振り返ると、ノアをルカに託した青年が立っていた。


「主様!どうしてボクは仲間外れなの!?」


ノアが青年に向かって叫ぶ。


「…やはりあなたが、主様だったんですね。」


青年がこくりと頷く。

そしてノアに何かを言うと、ノアは目を見開いてから走り去っていった。


「ノア!…痛っ!」


青年がルカの腕に噛みつき、血を舐める。


「…ルカ、こちらへ。」

「でもノアが…」

「村に戻るように命じた。心配ない。こっちだ。」


青年がルカを抱き上げる。

そして頂上まで一気に飛び上がった。

頂上は火口に水が溜まり、湖になっていた。その側の小屋に入る。


「これは…」


小屋の中は血の匂いで満ちていた。

床は茶褐色に変色し、壁には血飛沫の跡がいくつも残っていた。


「ここはノアの家だ。そしてノアの罪でもある。」

「ノアは…何をしたんですか。」

「ノアから聞いていないか。」

「あの子は何も覚えてはいなかった。」

「そうか。ならばまだ言えない。思い出さなければ戻ることは許されない。罰を受けなければ。」


青年の冷たい声に、ルカが呟く。


「ノアは、あなたの事を信じてましたよ。」

「自分も信じている。あの子は必ず思い出すと。」

「でもきっと、今のノアは信じられるものを失いました。あなただけが唯一の救いだったのに。あなたに捨てられたと思ってます。」

「あの日、自分も信じたかった。しかしノアは裏切った。だからここには戻せない。浄化も終わっていない。まだ、だめだ。」


青年が残念そうに呟く。


「主様…いや、ノヴァ様。あなたの望みはなんなんですか。」

「…ルプスの民の血を絶やさぬこと。」

「しかしルプスの民はいないのでしょう?」

「ノアは、まだ戻れる。」

「ウルラの民に堕ちたノアは戻れないのでは?」

「ノアは、よく自分の元にいた。だから加護が他よりも強かった。ノアは今、どちらでもない。ウルラの民になれなかったルプスの民だ。しかし血は穢れてしまった。」


ノヴァが残念そうに言う。


「罪を自覚し、罰を受け、血を浄化出来ればノアは再びルプスの民になれる。」

「ノアは、何も分かってない。あんな子どもに何をしろと言うんですか!そもそも血の浄化なんて不可能でしょう!?」

「血の浄化は可能だ。森の民の血。それを摂取し続ければいい。まぁ今じゃかなり薄れているだろうが。いっそのこと片腕ぐらい食らえばすぐに終わるのだろうが。」

「森の民なんてもういないんでしょう?」


ルカの言葉にノヴァが片眉を釣り上げる。


「疑問に思わなかったか?なぜ自分がルカにノアを託したか。その隣にいたやつでも構わなかったはずだろう?」

「それは…たまたま私がそこにいたから…」

「ルカは森の民の血族だ。森の民は滅びる直前にとある娘と人間を結婚させて血を絶やさぬようにしたんだ。」

「…だから…」

「まだ足りない。ノアを頼む。下まで送ろう。日が暮れると危険だ。この辺りはウルラの民がうろついてるからな。」


ノヴァは再びルカを抱き上げると、麓まで一瞬で降りた。


「…ノアは村に戻ってるはずだ。足が速いからな。戻っていなくとも心配ない。ウルラの民は食人族を襲わない。」

「…せめて、ノアと話してあげてください。ずっとあなたの事を話していたんです。」

「今は話せない。」


ルカは複雑な顔でノヴァを見てから身を翻して山の中を歩き出した。

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