休息
ルカが池を覗き込んでコイを眺めるノアを見つめる。
「ノアは、お山には入れなくなったと言っていました。でもノアが人を食べようとする子には見えないんです。あの子の中で主様の言うことは絶対なんです。」
「主様?」
「はい。主様のお山と言っていたので、ノヴァ様のことを言っているんだと思います。人のことも大好きだと。」
「騙されたのかもしれないねぇ。あの子は好奇心旺盛のようだから。」
ノアがルカの方を見る。
そして少し寂しげな顔をした。
「ノア、おいで。」
ノアがルカの腕の中に飛び込む。
「ルカ、ボク、主様のお山行きたい。」
「でも入れないんでしょう?」
「嫌だ…主様に会いたい…みんなに会いたい…!何でボクは帰れないの!?帰りたいのに!主様!」
ノアがルカの胸をガンガン叩く。
「ノア、お山に行ってみましょうか。」
「でも…ボクは入れないの…入りたいのに!なんで!」
「ノア、落ち着いて。大丈夫。」
ルカがノアの背中を優しく撫でる。
「ノア、行ってみませんか?もしかしたら何か分かるかもしれませんよ?」
「嫌だ…ルカ、絶対向こうに行かないで…ルカが食べられちゃう…」
「食べられませんよ。」
「でも…お山に入れなかったら…夜までにここまで逃げないと、危ないの。」
「…わかりました。今日はここで野宿でもしましょう。明日、朝から行ってみませんか?」
「…うん。」
ノアが渋々頷く。
「2人とも、今日はうちに泊りなさいな。」
「いいんですか?」
「たまには大人数でご飯を食べたくなるものだよ。」
「ありがとうございます。」
「ありがとう。」
ノアは足を洗って中に入ると、老婦人を手伝いにいった。
「おばあちゃん、何でボクたちのこと知ってるの?」
「教えてもらったのさ。」
「…主様は他の人に言っちゃダメって言ってたのに。」
「ノヴァ様のことかい?」
「分かんない。いっつも主様って呼んでたから。主様は主様だよ。」
「そうかい。ノアちゃんは何が好きなんだい?」
「主様とルカは大好き。」
「あはは、ご飯のことだよ。」
ノアが勘違いに気付いて顔を赤くする。
「えっと…お肉。生のお肉。」
「生肉ねぇ。あったかしら…」
「干し肉も頑張って食べるよ。でも、葉っぱは嫌。」
「パンは食べるかい?」
「うん。頑張る。」
食卓にはパンや肉料理が並んだ。
「いただきます!」
ノアが嬉しそうに生姜焼きを頬張る。
「美味しい!!焼いてあるのに柔らかい!おばあちゃん、すごいね!」
「こんなに嬉しそうに食べてくれるなら、作った甲斐があるよ。」
ノアはすぐにご飯を平らげると、ルカの手元にある生姜焼きをじっと見つめる。
「…欲しいんですか?」
ノアがこくりと頷くと、ルカは呆れたようにため息をついてノアの口元に生姜焼きを一切れ差し出した。
そしてノアが噛み付こうとした瞬間にすっと手を引いてそのまま自分で食べる。
「うっ…ルカの意地悪…」
「そんな拗ねないでくださいよ。」
「うぅ…」
「ほら、こっち向いて。今度はちゃんとあげますから。」
ルカがノアの口元に生姜焼きを持っていくと、ノアは警戒心むき出しでルカの目をじっと見ながら生姜焼きに噛み付いた。
「ん……美味しい。」
「それは何より。」
食後に老婦人と雑談をしつつ、まったりと過ごす。
「ルカ〜」
「何ですか?」
「なでて、なでて〜」
ノアがルカの膝に頭を乗せて、ルカの顔を見上げる。
「甘えん坊さん。」
「いいの〜」
「はいはい。」
ルカがノアの頭を髪の毛を梳くようになでてやると、ノアは気持ちよさそうに目を細めた。
「ルカ、もっと。」
「はいはい。」
ルカがノアを抱き上げて背中をぽんぽんとなでてやる。
ノアがルカの肩に額をぐりぐりと押し付ける た。
「ボク、ルカが大好き。だから、絶対守るの。」
「ありがとうございます。」
「悪い人はボクがガブってするの。」
「犬歯が肉食獣みたいですよね。」
ルカがノアの口に親指を入れて犬歯を観察する。
「あ、痛っ。」
ルカが犬歯を指でなぞると、いとも簡単に皮膚が破られた。
「ルカ、待ってて。」
ノアがすぐに駆け出していく。
「ノア!」
ノアは夜の森に消えていった。しばらくすると、ノアが庭の生垣を飛び越えて戻ってくる。その手には謎の葉っぱが握られていた。
「ルカ、指、見せて。」
ノアが葉っぱをよく揉んで染み出てきた汁をルカの指の傷に塗りこむ。
「明日には治るよ。」
「ありがとうございます。でも…こんな夜中に1人で飛び出して行かないでください…」
「…うん。」
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