離別 〜ルカside〜

ルカはゆっくりと山を登っていた。

歩き始めて2日になるが、怪我の治癒のために運動を控えたせいで体力が落ちていた。

また、ノアには告げずにいたが、脚はかなりの重傷で、以前のように自由に駆け回ることは出来なかった。

さらにお山は人がいないためか獣道しかない。

方角を確認しつつ歩く。

頂上まで行く必要はなかったが、祠やノアの家をもう一度調べたかった。


「ここで暮らしてたんだよな…」


所々に廃墟と化した小屋が建っている。

小屋の数や大きさから、あまり人はいなかったようだった。


「…ノアはこの山の人全員を…」


あまりにも考えられなくて思わず渋い顔になる。

小さな集落とはいえ、それなりの人数はいたはずだった。


「ノアは確かにルプスの民を食らった。」


突然聞こえた声に振り返ると、少し離れた場所にノヴァが立っていた。


「ノアを信じた結果、私は全てを奪われた。ノアはここに戻らなければならない。」

「…ノアは返せません。ノアを追い詰めたくないんです。」

「それでもノアは、戻ることになる。ルプスの民は王を手に入れる。」


ルカは苦い顔をした。


「…ノアはあなたの駒じゃない。」

「生まれた時から全ては決まっている。ノアも、そしてルカも。」

「人は、運命を簡単に覆しますよ。」

「…運命が変わるなら、自分は見てみたい。ノアは、どう生きるか、見てみたい。」

「そうですね。」


ルカは頷くと、再び山を登り始めた。

ノヴァが隣に並ぶ。


「ノアは必ず王になる。」

「それも運命ですか?」

「自分の予想に過ぎない。だが、ノアはきっと王になる。楽しみだ。」

「ルプスの民の王ってなんなんですか?」

「そのままの意味だ。ルプスの民を束ねるもの。」


ルカが首を傾げる。


「ルプスの民はノアしかいない。孤独な王ですね。」

「王の子は相手が誰であってもルプスの民になる。」

「…そうですか。」


3日目の昼に、ルカはノアの家に着いた。

中に入り、壁や床を調べる。

険しい山道のせいで痛む脚を休めるための時間でもあった。


「…血の海だったはず…どうして皆殺しに…」


今のノアは少し血だけで満足していたはずだった。


「ノアは少なからずルプスの民に不満を抱いていた。理性がない状態で怒りが爆発してもおかしくはない。」

「あの子は賢い。怒りだけでそんなことはしません。」

「大した時間を共にしていないルカに何が分かる。」

「…そうですね。でも、ノアは間違ったことはしません。少し純粋すぎるところはありますが。」


ノヴァが苦笑をもらす。


「確かにそうだ。ノアは素直すぎる。いいところだが、時として弱点だ。」

「それで、騙されたんでしょう?」

「…自分からは言えない。」

「そうですか。」


そのまま小屋で一夜を明かし、ルカは祠に向かった。


「自分の祠に何の用だ。」

「いつまで付いてくるんですか。」

「ルカがこの山にいる限り。」

「そうですか。…ノアは無事でしょうか。」

「ノアはそう簡単にやられない。上手くやる。」


ノヴァの自信満々の様子にルカがずっと思っていた疑問を口にする。


「どうしてそんなにノアは無事だと言い切れるんですか?」

「ノアには自分の加護がある。それに今は、信じられるものがある。」

「信じられるもの…」

「ノアはルカを信じてる。違うか?」

「…それはノアにしか分かりません。」

「そうか。」


ルカは祠に入ると、眉をひそめた。


「…骨?」

「骨だ。」


祠の中には大量の骨が並んでいた。


「もしかして、埋葬のつもりですか。」

「あぁ。1人では埋められない。仕方ないからここに持ってきた。」

「…そうですか。ノアがこれを見たら何を思うでしょうね。」

「さぁ。ノアは人の死に鈍感だ。目の当たりにしたことはないからな。概念として捉えているにすぎない。」


ルカは祠を出ると、火口湖に向かった。


「ノアはここで溺れたことがある。今も泳げない。その時のことがトラウマになっているから。」

「よく川を覗き込んでますけどね。」

「魚を見るのが好きなんだと言っていた。」

「なるほど。」


ルカが西を眺める。

遠くに輝く海が見えた。


「あの海まで行けば、もっと沢山魚が見られますかね。」


ルカはその日はノアの家に泊まり、次の日から山を西に向かって下り始めた。


「ルカはノアをどこに連れて行く気なんだ。」

「…決まってません。2人で静かに暮らせる場所です。」

「ノアが罰を受ければここで暮らせる。」

「…ノアを追い詰めたくないんですよ。言ったでしょう?」

「それはノアにとって幸せなのか?」

「そうだと信じたい。」

「…そうか。」


下りは登りよりも時間がかかる。

ルカが山を下りきったのは、登り始めてから8日目のことだった。

聖域の中で夜を明かし、ウルラの民がいないところまで走ることにした。


「痛っ…!」


完全に治ってない脚に痛みが走る。

仕方なく身を隠しながら進むことにした。

11日目、ルカは洞窟の中で夜を明かすことにした。

そして足元に見覚えのあるビニールの残骸が落ちていることに気付いた。

それはルカがノアに渡した輸血パックだった。


「よかった…ここまでは無事。」


パックの残骸を拾い上げると、パックに貼られていたシールに何かが書いてあることに気付いた。


「…8日目、か。3日前…速いな。」


ここから先は安全な村を見つけたら2泊して3日目に旅立つ約束だった。

ルカは思わず痛みの残る脚をなでた。


「追いつかないとな…」


次の日、朝早くからルカは歩き出した。

走れない分せめて移動時間を伸ばしたかった。

雨の日が少ないとはいえ、いつノアに渡したパックがなくなるか分からない。

それ以前にノアに会いたかった。


「こんなに1人でいること、なかったな…」


ルカは歩きながら昔のことを思い出した。

物心つく頃には既に両親はいなかった。

代わりにいつもアイクが一緒にいた。

2人で城に勤めていた。

性格は真逆の2人だったが、体力派のアイクと頭脳派のルカはいいコンビになった。


「アイク…心配してるかな…」


ルカは勝手に置いてきてしまった相棒のことを考えて、少し寂しくなった。

ちょうど近くに川を見つけて休憩する。


「さてと、早く行かないと。」


気持ちを切り替えて再び歩き出す。

木々の間から小さな集落が見えてルカはその方向に向かって走った。

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