レリジョンドール-5
***
ポケットの携帯が再び震える。時間とメッセージを確認して、約束の居酒屋の暖簾をくぐる。静電気で暖簾に纏わり付く長い髪の毛を手で梳いて、ガヤガヤという喧騒に呑まれる。
通された席にはいつも通り、優しく笑う彼がいる。交わす言葉は他愛もないただの世間話。会社の愚痴、上司の愚痴、仕事の愚痴。決して重く聞こえないよう、軽く、感情を交えずに披露し合う。まるで、腹の探り合いだ。
ふっとできた沈黙の中、グラスの水滴を指で拭えば、そこにそっと手を被せられる。これが合図。
「出ますか?」
「そうだね」
最早一連の流れとして、彼の部屋に上がる。
彼が私に連絡をするのは、彼自身が弱った時。そんなときでも決して、言葉で縋ったりはしてこない。ただ、何かを埋めるようにキスをして、セックスをして。私はきっと、それだけの存在。
愛してる、の言葉。向き合おうとしてくれること。何となく察した上で、騙されないと主張しながら私は彼に騙される。
シーツに顔を埋める。相変わらず背中合わせで伝わる熱。同じくらいの体温に、意識が降下する。玄関のチャイムが鳴って、背中越しに彼が這い出していくのを、微睡みの中で感じた。
慌ただしく服を着て、玄関に向かう。扉の開く音。聞き覚えのない男性の声が、葉月、と笑い混じりに彼の名前を呼びかけて。数秒の沈黙。
「ざけんなよっ」
男の荒い声と、呻くようなくぐもった声。ドゴ、という鈍い音が聞こえた。
目が醒める。
やばい、やばい、やばい。私と彼との関係は、所謂浮気という奴だ。バレてはいけないこと。それが、バレた。誰かに見つかった。どうなる?私と彼は、どうなる?
あぁ、違う。どうにもならない。だってこれは、恋愛じゃない。愛情じゃない。そんな、綺麗な感情じゃない。
慌てて服をかき集めて身に付け、カバンを掴む。
「何のつもりだよ。よく飽きねぇな」
低く這うような声の響く玄関へ。玄関に座り込んだ彼は頬に手を当てて、苦笑いを浮かべて見知らぬ男性を見上げている。
「容赦ないなぁ、笹本。何回受けても慣れないや」
気の抜けたセリフ。
「当たり前だろ」
言い捨てた男性の視線が彷徨って、私を捉えて。大きく目を見開いた。その横を、私は無言で通り過ぎる。ヒールを履いて扉を押す。外へ踏み出して、振り返り、口パクで伝える。
私は、騙されていませんから。
彼の瞳が泣きそうに揺らめく。
間違いない。彼の優しさを向けられる相手は、限りもなく幸せ者だ。
Second cut. レリジョンドール
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