木製の自尊心-2

***


「昨日のテレビ見た?」

「見た見た、あれだろ?芸人の新番組」

「そうそう、それ。あ、そうだ、おーい、葉月」

 読んでいた本を閉じて、クラスメイトの声が聞こえた方向を向く。茶髪のツンツン頭がこっちを見て手招きしている。隣で漫画を読んでいるクラス委員に一声かけて、席を立った。

「なに?」

「ほら、こないだ言ってたCD。持ってきたから貸すよ」

「あ、そういえば」

「んだよ、おまえ。今忘れてただろ」

 唇を尖らせるツンツン頭。

 一瞬ハッとした顔を見せて、バレた?と言って顔を伺う。相手の表情が変わる寸前に、にっこりと笑顔を浮かべる。

「なんて、嘘だよ。ちゃんと覚えてたって。気になったからそのCD調べてみたんだ。ほら、公式サイトのクロスフェード」

「あー、上がってたっけ」

「うん。あれで五曲目と七曲目が気に入って。早くフルで聴きたかったんだよな」

 ありがとう、ともう一度礼を言ってCDを持って席に戻る。

 ……高校の記憶だ。

 席に座れば、隣のクラス委員の物言いたげな視線を感じた。

「なに?」

「んー、いや?なーんも?」

「はっきりしないな」

「はっきり言っていいのかよ」

「言えよ」

「あんたそのCD本当に気になってた?」

 やなことに気がつく。軽く睨んで、

「五曲目が気に入ったのは本当だよ」

「俺が言った曲じゃん」

「そうだっけ」

 適当に誤魔化せば、簡単に誤魔化されてまた漫画に集中する。それを横目に、僕も再び本を手に取った。ペラ、ペラ、と紙をめくる音。たまに隣の背中が震える。

 雑音だ。

 イヤホンを取り出し、プレイヤーに繋ぐ。ゆったりと流れ出すのはクラシック。ようやく外界の音が遮断され、本に集中できる。

 しばらくして肩を叩かれ、ハッと意識を取り戻した。振り向いて、耳からイヤホンが外れる。

「葉月、チャイム鳴った」

「あ、本当に?気付かなかった。さんきゅ」

「集中してたよな。あ、そいつも起こしとけよ」

 そいつ、とクラスメイトが指さした方向を見れば、クラス委員が突っ伏して寝ている。次の授業の教科書の背で軽く頭を小突いて起こす。頭を掻きながら、くぁっと欠伸を一つ。

「あーもう授業?」

「そうだよ。よく寝てたな」

 あーだか、うーだか言いながら漫画をしまい、眠そうに目を擦った。

 すぐに教師が来て授業が始まる。先日行った小テストの返却をされ、受け取って席に戻る。

 ふと向けた視線の先で、クラス委員が引き出しに紛れて漫画を読んでいた。そこまでして読みたいなら、さっきの時間に寝ないで読んでおけばいいのに。

「そんなにそれ面白い?」

 授業が終わってなんとなく尋ねてみる。

「好きじゃなきゃ読まないだろ」

 返ってきた答えは単純明解で、そういうものかと首を捻る。

 昔から、感情が薄いと言われていた。確かにその自覚もあった。人が物に執着する理由がわからない。執着しなくたって上手く人間関係なんて築けるし、失敗なんてしない。

 好きだから頑張るのではなく、人よりも上手くありたいから最大限の努力をそうと見せずにする。そんな努力の仕方に気付く人は少ないけれど、気付いた人は必ず同情するような視線を向けた。

「俺は、あんたの方がよく分かんねぇよ」

「え?」

 唐突に話を振られ、思わず聞き返す。少し考えて、漫画の話の続きだと気付いた。

「僕が読んでたのは漫画じゃないんだけど」

「そこじゃなくて」

「じゃあ、なんのこと」

「あんた、好きなものねーの?」

 好きなもの。それは一体、どんなものだろう。どんな手触りで、どんな色をしていて、そして。好きとは、どんな気持ちなのだろうか。

「なんでそんなこと聞くんだよ」

「んー?別に。ただあんた、さっき借りたCD、プレイヤーに入れないだろ」

 いつの間にか彼の手の中にあるプレイヤーを操作しながら、どうでもいいことのように言う。

 そうだ。たぶん、入れない。それに、そのプレイヤーの中に入っている曲だって、再生回数は全部一定で、特別好きな曲があるわけじゃない。

 だけど、それがなんだと言うのだろう。

 CDを貸してくれたクラスメイトは、そのアーティスト以外の人には出会わない。何かにハマって執着することは、それ以外のものを捨てることを意味する。それは、勿体無いことじゃないんだろうか。

 僕はもっと、いろんなものを見たい。いろんなものを知りたい。吸収したい。

 そのためには、何かに執着することは必ずしも必要ではなくて、それは何も音楽に限ったことではない。

「確かに、入れないかも」

「だよな」

「うん」

 興味を失ったように、フイとクラス委員の意識が再び漫画に向かう。僕は立ち上がり、他の席で騒いでいるクラスメイトの中に自分を沈める。

「あ、葉月。おまえも放課後暇?」

「今日の放課後?」

「そそ。暇ならカラオケ行かね」

「あーいいね。行くよ」

 別に断る理由がないからと、誘いを受ける。

 いろんなことを知るためには執着することは必ずしも必要ではなくて、それは人間関係にも当てはまる。一定の誰かとつきあうより、複数のグループをフラフラとしていた方がいろんな考え方の中にいられる。そう。だから、どこか一つのグループに所属する人間はつまらないと思う。

「葉月って、ノリいいよな」

「そう?」

 僕のそんな考え方に気付かないクラスメイト達は、少しだけ賢くないと思ってしまう。

 約束を取り付けて席に戻ると、クラス委員が再び机に突っ伏していた。

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