木製の自尊心
木製の自尊心-1
「ざけんなよっ」
荒い声。頬に走る衝撃。自宅の玄関に尻餅を着きつつ、その声の主を見上げる。
「何のつもりだよ」
低く這うような声。ついさっき拳をぶつけられた頬が熱くて、手で押さえる。溢れる、苦笑い。これは、勘違いされても仕方がない。
「容赦ないなぁ、笹本」
「当たり前だろ」
今の状況をどう説明しようかと、半歩後ろで立ち竦む人物に目を向けた。ショートカットのその人が、目を見開いて固まっている。
「ちー……」
「葉月、さん」
声をかければぎこちなく視線が動いて、俺を捉える。その視線に困ったように笑って見せれば、彼女は弾かれたように顔を反らせて後退った。
「……ごめ、なさっ」
カシャン、と彼女の足元で音がする。見れば、笹本に殴られた拍子に吹っ飛んだ眼鏡が、彼女の足の下で歪んでいる。パキン、ともう一度音が鳴った瞬間、靴を引っ掛けるようにして出て行く。
「ちょ、おい、待てよ」
「え、笹本?」
呆然と彼女を見送っていれば、それを追うようにして笹本が走って行く。慌ててかけた言葉は、音を立てて閉まった扉にぶつかって転がった。
はは、という乾いた笑いが溢れる。あぁもう、言い訳くらい言わせてくれたっていいじゃないか。笹本がどう解釈したか分からないけど、何とか誤魔化さなくちゃいけない。あぁもう、本当に。
「面倒くせ」
ようやく玄関から立ち上がり、眼鏡を拾って洗面所へ向かう。鏡に映った頬は明らかに赤くなっており、もう一度苦笑いを浮かべた。笹本のやつ、本気で殴りやがって。
手でペタペタと触ると、所々で鈍い痛みを感じる。
そういえばと思い出して、湿布を箇所に貼ってみる。ツン、と鼻に付く匂い。少しだけ、目に染みる。
大丈夫。いつだって上手くやってきた。今回だってきっと、何の問題にもならない。あぁ、だけど。
「人に殴られたのは、初めてだな」
この痛みは、そうだ。あの時と似ている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます