間違い探しゲーム-2

***


 前回も、今回と大差なかった。

 何の気なしに訪ねた葉月の家の扉の向こうで、葉月と一緒に俺の妹が立っていた。葉月に連絡を入れていたのに出るのが遅かったことを笑いながら指摘した瞬間、それに気付き、思考が固まった。

 始めは、大したことじゃないと否定しようとした。だって、確かに妹と一緒に葉月の家に遊びに行ったこともあったから。二人は何の因果か同じ会社に就職したし、面識があるのだって、そういう意味で気安い関係なんだと納得はできる。

 だけど普段女っ気がある訳でもない葉月だからこそ、嫌な想像が頭を過ぎって。そんなこと信じたくもなくて。そのために言葉を投げた。

「……あんた、何でここに。つーか、二人きり?」

 質問に返事はなくて、葉月は迷うように妹を振り返った。

 なんとか言えよ。どういうことだよ。答えろよ。信じさせろよ。

 縋るように言葉を綴れば、葉月が困ったように笑う。

 何だよ、その、状況が分かりません、みたいな顔。苛立つ。繰り返した質問に答えたのは、

「……用事なんて、なかったよ」

 俺の妹だった。諦めたように、葉月がこちらを向く。

 用事もなしに、男の家で二人きり。他の人に秘密にするように。嫌な想像が、形になっていく。

 本当にそうなのかよ。どうなんだよ。答えてみろよ。葉月。なんで何も言わないんだよ。あぁ、そう。否定しないんだな。……彼女が、橘さんがいるのに。

「ざけんなよっ」

 手を振り上げる。拳に、初めて感じる感覚。人を殴るのって、痛ぇんだ。そんなことを思いながら、鈍い音とともに倒れこむ葉月を見下ろす。

「何のつもりだよ」

 低い声が出る。手を頬に当て、見上げてくる。

「容赦ないなぁ、笹本」

「当たり前だろ」

 その瞳がゆらりと動いて妹を捉える。その視線を、俺も同時に追いかける。

「ちー……」

「葉月、さん」

 葉月の呼びかけに反応して、妹が一歩後退った。

 なんだよ、その反応。後悔するなら始めからするなよ。あんただって知っているはずだろ。あんただって会ったことあるはずだろ。葉月には、彼女がいんだよ。

 浮かぶ、軽蔑。その視線に、妹がもう一歩下がる。

「……ごめ、なさっ」

 カシャン、という音とともに、その足元で葉月の眼鏡が割れる。その瞬間に、弾かれたように妹が走り去る。

「ちょ、おい、待てよ」

 そのあとを、咄嗟に追いかける。戸惑ったような葉月の声は、扉の音で掻き消された。

 すぐに追いついて、妹の腕を掴む。

「待てよ」

「なんで、追いかけて」

「当たり前だろ。あんた、なんであんなとこにいたんだよ」

 それでも信じきれなくて、もう一度尋ねる。腕を振り払おうとするから、更に掴む力を強くする。少し伸びた髪が揺れて、ピシピシと当たる。

「なんだっていいでしょ?」

 そう言い切った妹は、常になく強い意志を示していて。

「あんた、まさか」

 一つの可能性を思いつく。呟いた言葉に、彼女からの否定はやはりない。

「まさか、何?」

「そのために、あいつと同じ会社に?」

「そうだよ」

 好きで、好きで。だから彼を追いかけた。

 そう言う妹に、何故だと問いかける。なぁ、おまえだって知っているはずだろ?

「あいつには、大切な彼女がいるんだぜ?なぁ、知紗」

 呼び掛ける。唇に浮かぶ笑み。

「あなただって、同じでしょ?お兄ちゃん」

 その言葉に、何も言えなくなった。

 そうだ。そうだった。俺だって、何も変わらない。知紗は葉月を追って同じ会社に行き、俺は同じ会社だということを理由にして橘さんに声をかける。

「知紗……」

 あんたは、最初から気付いていて。それで今、こうして葉月に手を伸ばした。そういうことなのか?

 だけど俺は、この心地の良い関係を壊そうなんて考えたことはなかった。俺の気持ちなんて別にいい。橘さんが葉月といて幸せならば、それを見守っていられるだけで、俺は十分だった。

 そう、十分だったんだよ。

 溜息とともに手の拘束を解き、黙って背を向けた。

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