レリジョンドール

レリジョンドール-1

 携帯のサイドボタンを長押し。イヤホンから流れ出す音楽が、痛いくらいに鼓膜を叩く。それくらいの雑音が心地よくて目を閉じる。瞼に浮かぶのは、もう何日も連絡が取れない彼。

「千夏ちゃん?どしたの、ぼーっとしてね?」

「あ、すみません。ちょっと考え事を」

「なんかお疲れ?んじゃあさぁ、今晩ちょっと、どうよ?」

 くいっと煽る仕草。

 カツリ。綺麗にネイルした長い爪が、キーボードにぶつかって音を立てる。欲しいのは、こんな誘いじゃない。

「ごめんなさい、今日はちょっと」

「えー千夏ちゃん、こないだの残業の時もそう言ってたじゃん」

「そうでしたっけ?」

 あはは、と笑って誤魔化してみる。

 だって、私は待たなくちゃ。いつ彼から連絡が来るか分からないから。ちゃんと待って、それで私が側にいてあげなくちゃ。それさえできれば私は、私は。

「いいじゃない、行ってくればぁ?」

「……先輩」

「ま、その前にその長い爪で仕事終えられたら、だけど」

 何にだって、耐えられる。

「男好きって、本当にやんなっちゃう」

「見境ないよね」

「千夏ちゃんはそんな子じゃねぇって」

「ほら、そう言えるあたり、絆されてるよね」

「やめろってー」

 耐えられる。だから。早く、ねぇ、連絡が欲しい。

 カツカツと、音を立てながらキーボードを叩く。携帯は、光らない。

 女である以上、綺麗な自分でいようとするのは当たり前のことで、ネイルだってヘアスタイルだって、疎かにはしたくない。それを好まない人だって当たり前に存在して、その人たちは私を攻撃して満足する。それは仕方ないことだし、避けられないこと。分かってはいるけど、でもだからってなんで、仕事をきちんとこなしても認めてくれないのかって。ぐちゃぐちゃして、頭の中がごちゃ混ぜで、目頭が熱くなる。

 ヤだよ。早く、あの優しい声を聞きたい。間違ってないよって、そう言って頭を撫でて欲しい。

 携帯は、光らない。

「……仕事終わったので、失礼します」

「え、ちょっと待ってよ千夏ちゃん。飲みに行こうって」

「やめなよー、あんたみたいな芋っぽいの、お呼びじゃないんだって」

「お呼びじゃないって、ひでぇな」

 携帯をポケットに突っ込み、背を向ける。

 知ってる。先輩たちの中で、自分がどんな立ち位置なのか。知ってる。彼の中で、私が占める割合がどれだけ小さいか。

 ポケットの中で握りしめた携帯に、グッと力を込めた。

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