迷い線のデッサン-4
***
「真弥!電話ー!」
「はいはい、今行くから。お父さん勝手に出ないでよね!」
「ちぇ」
パタパタと走って携帯を手に取り、相手を確認する。もうすっかり目に馴染んだ笹本、の文字。ふっと笑うと、お父さんに目聡く見つけられた。
「お、葉月くんか?」
胸の何処かがチリリと痛む。
「違いますー」
「なんだ?別れたのか?」
「別れてない」
「浮気はいかんぞ浮気は!」
「あーもう、うるさい」
思わず言い捨て、自分の部屋に駆け込んだ。
「もしもし笹本さん?ごめんなさい、お父さんがうるさくて」
『ごめん電話しちゃって。なんか、真弥の声聞きたくて』
思わず赤面したくなるようなセリフ。笹本さんが言うとナチュラル過ぎて、聞き流せてしまう。
「大丈夫。どうしたの?」
あの日以来、笹本さんは頻繁に電話をかけてくるようになった。始めのうちは、私が落ち込んでいる時にタイミング良く。最近はほぼ毎日、話をする。
あれだけ大切に思って保護していたあの人からのメールの件数をあっという間に越し、受信ボックスのほとんどを埋めている。話す内容は他愛もないことで、だけどそんな会話が楽しかった。
「今度、この前言ってたお店行かない?ほら、俺のオススメのお店」
「カフェ?」
「そっ。ちょうど割引券が手に入ってさ」
「へー。行きたいな」
たまに会うようにもなった。
笹本さんと話すのは楽しい。もうたくさん汚いところを見せてしまったから、今更気取らなくて済むし、疲れない。
だけど必ず、別れた後に自己嫌悪に陥る。
「安心してよ、もうオオカミにはならないって」
「そんな」
白状しよう。あの日、笹本さんに縋ったあの日。私は笹本さんと寝た、らしい。正直あまり覚えていないけれど、状況からして確実だと思う。
だから、自己嫌悪に陥る。
笹本さんといるのは楽しい。それは確かだけれど、私はまだ葉月くんのことが好きだし、何をするにも葉月くんと比べてしまう。そんな状態のまま、笹本さんに甘えちゃいけない。
「ね、行こうよ」
「……じゃあ、行こうかな」
笹本さんは優しくて私が欲しい言葉をくれる。会ったときにドキドキしないわけじゃない。受信ボックスと同じように、私の中の笹本さんが占める割合だって、どんどん大きくなっている。
だけどそれはきっと、体を繋げてしまったからだ。
もしこのドキドキが大きくなって、私のほとんどを笹本さんが占めるようになっても、それはきっと恋なんかじゃない。
「笹本さん、ありがとう」
『いや、俺こそ誘いに乗ってくれてありがとな』
甘えちゃいけない。こんな優しい人に。
湧き上がる楽しみな気持ちを押し込めつつ、冷静に返す。
私はまだ、葉月くんが好きなんだ。
First cut. 迷い線のデッサン
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます