第24話 新しい旅路へ(2)
「ん、そう言えば、さっき食事中に研究所から連絡があったんだけど」
彼は食事中も帽子を被り、耳の丸い連絡機を隠していた。風呂に入っているときはバンソーコーでも貼っておいてもらおう。
「対バブルヘルに有望な能力者について二人までは調べたけれど、あまりいい結果は出なかったみたいだね」
詳しく調べられたのは、〈影響力〉の能力者と、〈反射〉の能力者。前者は触れているものでなければ効果がなく、影響力を拡大できるのも一瞬らしい。それでも空気となら相性がいいのでは、と思うが、どうやら固体でなければ駄目らしい。
後者は範囲がわたしと同じく、触れている部分から一メートルのようだ。それでも、自分やそばにいる誰かを護るには有効な能力ではあるが。
残る〈消滅〉と〈凍結〉の二人についてはまだ実験中とのこと。
「影響力が固体じゃなくてもいいなら、反射の影響を拡大して……みたいな使い方もできたかもしれないけれど、そもそも反射でバブルヘル対策って、結構危ない橋を渡るか、よほど追い詰められた後の策だね」
「そうだね、できれば遠方からどうにかできる能力がいいね」
抹茶のほど良い苦みとクリームの甘みを味わいながら、わたしは半分他人事のように言う。
いや、決して他人事ではないんだけれど。影響力が際限なく使える能力だったら、わたしの作った圧縮した空気の塊を飛ばして……実際のところ可能なのかどうかは不明だけれど。
世の中には似たような能力を持つ能力者もいるはずだから、そういう能力が見つかると世界は平和に近づくかもしれない。
「まあ、まだ時間はあるんだし。それに、この街で有力な能力者と出会える可能性だってあるんだよね」
「そう、見つけられたら、ではあるけどね」
酸味と甘みの丁度いいフルーツタルトの最後の一口を咀嚼し紅茶を飲み干すと、さっそくWITTを使って情報収集に取り掛かる。
マルフィスはというと、テレビでニュース番組を流し始めた。温泉のことを忘れたわけではないが、食べてすぐお風呂に浸かるのも良くないと聞いた覚えがあるし、小休止を挟んでもいいだろう。
市内の能力者目撃情報は増えていた。それによると、グルメイベントの会場で見たとか、防災フェスティバルで見たとか。
大勢の目がある場所だからかと思っていたけれど、それだけではないかもしれない。もしかして、件の能力者はお祭りごとが好きなのでは……?
今までの目撃例も大半、何かのイベントの会場だったし。
そう思いついたところで、テレビから流れてきたローカルニュースが耳に届く。
『明日午前十時から、北見市でアンティーク市場が開催されます。露店やミュージシャンによるライブ、マジシャンのマジックなど野外ステージでのパフォーマンスも行われます。入場は無料です』
歩行者天国でのイベントらしい。場所も能力者が目撃されたところに近い。
イベントは午後三時まで。WITTで調べると、ほかにこの地区でイベントはないようだ。屋外イベントでないと目撃例がないが、その点もおあつらえ向きである。
「よし、明日はアンティーク市場で張り込みしよう」
そうすれば、出会える可能性が高くなるはず。
「アンティーク市場に美味しいものはあるかな」
マルフィスはやはり、真っ先に食の心配をした。
「露店が出るって言うから大丈夫だと思うよ」
公式サイトの詳しい情報を見ると、全国各地でたまにやる種類のイベントだそうだけれど、なかなかのグルメが集まるグルメイベントの側面もあるらしい。それにステージもあるから退屈はしなそうだ。
明日の指針は決まった。となったところで温泉を思い出す。
危うくもう寝るところだった。用意していたバッグを手に地下の温泉に入り、浴衣に着替えて戻ってきてからネットで情報収集をし、間もなく就寝した。すでに結構な時間になっているからだ。
ネットで見た書き込みに、『世界を滅ぼすために能力者を消そうとしている連中がいるらしい』とあったのが気になるが。おそらく終末教のことだろうけれど、どこかでそれが一般人に洩れる事件でもあったのか?
そんなことを考えているうちに眠ってしまい、起きたらもっと詳しく調べようと思っていたのもしばらく忘れてしまった。
朝八時前に起き、書き忘れていた日記を書いてあれこれ朝の準備をし、朝食に向かう。朝食は主食やおかずをそれぞれ選んでトレイに載せていく形で、わたしは和食を中心に選んだ。温かいおじやに味噌汁、ハムエッグと漬物と焼き魚、デザートに半分にしたオレンジ。もちろんコーヒーもつける。
マルフィスはいつも、極力食べたことのないものを選ぶ。クロックムッシュにミネストローネ、フライドポテト、アスパラのベーコン巻きと春巻き、フルーツポンチ。
おじやはズワイガニのほぐし身入りで、派手さはないが味わい深い。やや気温の低い朝の食事に温かいものが身に染みる。
食べ終えたころには、もう九時を回っている。やっぱり朝は時間が経つのが速く感じるな。
ホテルをチェックアウトして、その足でイベント会場に向かう。歩いて行っても十分程度で着く距離だ。駅からもすぐ近い。
近づくと人だかりが見える。すでに多くの人で賑わっているようだ。駐車場に設置されたステージを囲うようにテーブルと椅子、青いテントのフードコートがあり、その外周に白いテントのアンティーク市場がある。
アンティーク市場とはどういうものかというと、一言で説明するなら、アンティークな家具や道具を展示販売する市場だ。実際に古くはなくてもアンティークなデザインの物も売られている。
木製の柱時計や置時計、棚や食器、ブロンズの置物や鉛筆立て、雰囲気のある柄のカーテンやテーブルクロスなど。
アクセサリーや小物もある。なかなか眺めていても飽きが来なそうだ。見ていると欲しくなるような物もある。
アンティーク調のカップ。もうカップは持っているし、荷物が増えるだけだから買わないけれど。あとはブローチやペンダントとか。手作り感があるのにそれがいい古さをかもしだしていて、なかなか趣味が合うのだ。
――実用的な小物やブローチ程度ならかさばらないかもしれない。
「これもカッコイイなあ……」
マルフィスが眺めているのは、中世の西洋風の武器や鎧、盾などをモチーフにしたブローチだ。彼は前にもどこかでブローチを買って、今は鞄に着けている。
「あまりたくさん買っても着けるところが無くなるんじゃないの?」
「平気だよ、こういうものは。服にも帽子にも鞄にも着けられるし、多過ぎるならその日の気分で着けるものを変えたりしてもいいし」
あれ、割とお洒落女子的な思考じゃないか。
「お洒落に目覚めたのかい、マルフィスは」
「そうかな。可愛い物やカッコイイ物が欲しくなるのは自然じゃないか。帰ったらいいお土産になるかもしれないし。僕の種族に対しては無意味かもしれないけれど」
では、彼がカッコイイと思う服や可愛いと思う服を見つけたら、彼はそれを買って着たくなるのだろうか。いつかそういう状況が生まれる日が来るのではないかと、ちょっと楽しみにしておこう。
まあわたしも他人のことをどうこう言えず、この市場に来て大して時間が経っていないのに二つほど購入してしまったのだけれど。ひとつは木のブローチで、小鳥が赤い木の実を脚でつかんでいる場面を模ったもの。赤い実は綺麗なガラス球になっている。
もうひとつはブリキの缶切り。ドラゴンの爪を模したような、なかなか凝ったデザインをしていた。もともと、ブリキが奏でる音は好きだ。
――それにしても、まだ市場を十分の一程度しか見ていないのに買い物していていいのか、本来の目的を忘れかけている気がする。
そう、本来の目的は能力者探しだ。思い出して周囲のほかの客の顔ぶれを見回してみる。老若男女さまざまな姿がステージや市場をめぐり、椅子に座ってフードコートのグルメを楽しんでいる。
ただ通りすがりで見つけるというのもなかなか難しいものだ。ネットに書き込まれている目撃例だって、何かしら事件があったから目についたというものだし。
事件を起こす、ことも視野に入れるべきか……? もちろん警察のご厄介にならない範囲で。能力者になら対応できる事件、とやらを考えておくべきか。
それを実行するにしてもまだ早い。イベント好きな能力者がこのイベントを楽しみに来たなら、たぶん昼食をここで取るんじゃないかと推理する。グルメイベントもこの催しの重要な一部だろうから。
だから昼までは、この市場を楽しもう。
――と、市場全体を回ったときには、わたしの鞄にはいくつか荷物が増えていた。
小さな笛にもなる角笛型ペンダント。
丈夫で装飾の綺麗なブリキの指輪。
小さな鳴子のような飾りが左右に吊るされた、ブリキのバレッタ。
木の葉型の木製ストラップ。
マズい。どれもかさばらない物とはいえ、このまま見て回っていたらどんどん荷物が増えてしまう。
マルフィスはどんな様子かと探してみると、いつの間にかステージの前のパイプ椅子のひとつに座っていた。ステージでは最初のプログラムであるのど自慢大会が終わり、マジシャンによるマジックショーが始まっていた。マジックが披露されるたびに『おお』とか『凄い』とか歓声が上がり、すっかり彼もそれを楽しんでいる模様。
昼までもう少しだけ時間がある。わたしもそちらに行こうか、とパイプ椅子の並びに向けて足を踏み出したとき。
後から思えば、あり得ることだった。べつに事件など起こさなくても、必死にその人相について調べたり覚えたりしなくても、顔を見るだけでわかる。わたしにもそんな能力者が一人だけいた。
人混みから現われ出てきたその人物も、こちらに気づいたように顔を向ける。
くすんだ鶯色のチューリップハットとレインコートの背の高い青年。しばらく前まで見慣れていた顔には近づくごとに笑みが深くなる。
「久々だね、藍」
声が届くところまで近づくと、あちらから声をかけてくる。
わたしは自分の顔に笑みが浮かぶのを自覚した。
「久々ですね、市原先輩。と言ってもせいぜい十日くらいですが」
市原修也、二七歳。同じバイト先に勤めていて、辞めさせられた保菌者の先輩だ。わたしがバイトを辞めるきっかけとも言える人物。
そうか。この街で目撃されていた能力者というのは、目撃談にある外見から言っても先輩のことか。
「……知り合い?」
いつの間にか近づいていたマルフィスが怪訝そうに質問する。
「市原先輩だよ。同じバイト先にいた。先輩、こちらはマルフィス」
「へえ」
と、先輩は綺麗な青緑の目を覗き込んだ。マルフィスは少し怯みながらも、すぐに挑戦的に見返す。
「どこかで見たような顔だと思ったら、ネットで見かけた……ああそうか、遠目だからわからなかったけど、一緒に写真に写っていた女性は、あれは藍、キミか」
どうやら先輩もネットの能力者にまつわる噂話を調べていたらしい。ということは、当然、マルフィスが外界人であることも知っているはず。
「ここで立ち話もなんですし、どこか三人だけになれる場所にでも行きましょう」
先輩のことは信用できるが、周りに人が多過ぎる。どこで誰が耳をそばだてているかわからない。
「なら、オレの知っている店に行こう。ついてきて」
マルフィスはフードコートに名残惜しそうな目を向け、わたしも少しは未練はあるが、後で戻ってくることもできるだろう。
先輩がわたしたちを案内したところは、観光客向けというより町民向けの食堂だった。そこそこ広く、個室もいくつかある。
個室のひとつを席に選ぶ。座布団が並んだ畳の部屋だ。
「ちなみに、お代は自分持ちね」
「わかってますよ」
わたしたちはお金に不自由ないが、保菌者の先輩はそうもいかない。長らくバイトしていたし、このご時世に困窮もしていないだろうが。
メニュー一覧を見ると一般的な大衆食堂らしい料理が多い。あとでアンティーク市場に戻る可能性を考えると、できるだけ腹にたまらないものがいいな。
何かないかと探すと、デザートセットがあった。選べるドリンクと、パンケーキかクレープか月代わりのデザート。壁に貼られた紙によると、今月のデザートはチョコレートブラウニーらしい。
わたしはコーヒーと月代わりデザート、マルフィスはオレンジジュースとバナナクレープ、先輩はオムライスを頼んだ。
料理が来るまでの待ち時間、わたしと先輩はかいつまんで、会えなかった日々を知るための話をした。
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