第22話 追うもの追われるもの(5)
無人タクシーをとりあえず駅前で降りて見送り、近くを歩いて衣料品店を探す。するとスーパーを見つけ、ここに衣料品もあるだろうと入ってみる。
専門店より品ぞろえは薄いが、それでも充分な種類が衣料品コーナーにあった。
「前に着替えたときはどんなだったっけ……」
マルフィスは前のファッション対決のときの格好を参考にしようとしているらしいが、同じ物はないだろうしなかなか難しいのでは。
わたしは、最初は荷物を増やさないようにできるだけ今あるものを利用してと考えていたのだけれどあきらめた。今あるものを使っていては変装にならない。ちょっとした小物ならともかくコートが同じではバレバレだろうし。
とりあえず上着はファーが取り外し可能な厚手のデニムのジャケットにする。ズボンは元のままで、以前買っておいたスカーフをつけてバッグももう少し大きめで飾り気のある物に新調した。帽子も茶色のニットで、髪もサイドに編み込みを入れる。
変装を重視するなら髪はアップにした方がいいのだろうけれど、それじゃ帽子が被れないのでこれが精いっぱい。
わたしはマルフィスに耳を隠した方がいいとアドバイスし、彼はイヤーマフラー付きの紺色の帽子でそれを実現した。あとはとっくり型の白いセーターに今までのズボン、大きなポケット付きの紺色のコート。なかなか印象は変わったんじゃないだろうか。
購入すると、すぐにトイレで着替える。今まで着ていた服は紙袋に入れた。処分しなきゃいけないが少しもったいないな。
「あとは、メガネでも掛けてみる?」
それはちょっとは考えたのだけれど。
「メガネはなぁ……なんだか、いかにも変装してますって感じで逆に気づかれそうでね」
帽子にメガネ。顔を隠したい人の典型だ。
徹底的にやるならどこかにほくろを付けるとか、メイクで印象を変えるとかするのだけど、化粧にも大した詳しくないわたしがそれをやるとおかしなことになりそう。
でも、口紅の色を変えるくらいはしてもいいかもしれない。口紅というか、わたしが使っているのは色付きリップクリームだけど。
それと、できれば靴も変えたいところだ。お洒落は足もとから、なんてどこかで見た覚えがあるし。ただ、靴も変えると結構かさばる。まずは衣服を処分してから。
スーパーを出ると歩いてデザート目当ての店に向かう。
始めて来る街並みではあるが、それほどほかと変わらないその風景も少し違って見える。わたしの今の格好は、正直、前より動きやすい。
となりはと言うと、今までより若者らしいような、無邪気な雰囲気。黒一色の姿もどこかミステリアスで良かったけど、正体を隠すならやっぱりこっちだな。
歩くわたしたちの目に、街並みの向こうの大きな岩が映る。瞰望岩というこの町のシンボル的存在だ。観光情報を調べているうちに情報が色々と引っかかったのだが、この町も色々と見どころのある町だ。某有名ロボットもののアニメーターの出身地だとか。そのロボットの名前のモデルがあの岩だというが、本当だろうか。
目的地の前に、〈どらまき焼き〉なる看板を見つける。ネットで画像を見たが、大きなどら焼きが巻いたような和菓子だ。それに、この町は〈赤胴焼き〉なる和菓子もあるらしい。
マルフィスが気にしていたが、さすがに目的の店の前に買い食いは気が引けたようだ。目的の店もすぐに視界に入る。
よくある町の小さなパン屋さんのような店舗。棚にはパンが並び、ケースにケーキやデザートが並んでいる。ほかにも客がいるが、あまり視線を感じない。変装の効果が出ているのだろうか。
パンは定番の物以外は、地元産ソーセージを使ったパンとか、あんこと生クリームのタルトとか、チーズクリームを使ったものとか。
デザートは地元産牛乳を使ったチーズケーキ、クリームブリュレ、あんみつパフェ、あとはショートケーキなど定番物も色々。
わたしは羊かんパンが気になった。羊かんをチョコレートのごとくかけたパンというのも、北海道では古くから愛されている定番パンのひとつだと言われていたような。個人的にはあまり食べたことがないけれど。
そう言えば同じようなものに〈甘食〉もあったな。どちらもスーパーではよく見かける。
「どれも美味しそう。どれ食べたい?」
マルフィスの目はパンよりもケーキだ。
実物を目にするとつい、あのチョコの飾り付けが綺麗なショコラケーキが美味しそうとか、時季柄モンブランも一度は食べておきたいとか、地元産牛乳から作った生クリームのショートケーキもシンプルかつ地元の物に触れられていいとか――色々と目移りしてしまうけれど。
我慢、我慢。わたしはやはりビフィズス菌入りチーズケーキを選ぶ。普通のチーズケーキは別にあって、そちらより少しお高い。
「まだ食べたことのないケーキがいいな」
以前泊まったホテルのバイキングで、結構な種類のケーキを食べていたはず。あそこにないケーキはどれだろう。
結局彼は、モンブランと抹茶ケーキと、フルーツタルトを購入した。って、三つも買ったのかい。
「今すぐ食べなくてもいいわけでしょ、何時間もいたらお腹も減ると思うよ」
確かに、まだまだ時間はある。その間に歩いたりすればそこそこ運動になるだろうし。
運動というと、駅の近くに公園があるらしい。そこでおやつをいただくことにした。公園に近づくとそのそばにある瞰望岩も近づく。あの岩を背後に写真を撮ってもいいかもしれない。
線路を渡り、公共施設の集まる辺りを抜け、公園が見えてくる。公園内に野球場や陸上競技場があり、野球場にはたくさんのユニフォーム姿があった。中学生……いや、あの小さな姿も含むのは小学生だろうか。
「そういや、スポーツの試合に興味はある?」
プロスポーツはそろそろシーズンオフになるものが多く、見に行くなら早めじゃないと間に合わないかも。そもそもチケットが取れるのかというのも問題だが。
「テレビで試合中継とかあるとホテルで見てるよ。テニスとかサッカーとか大相撲とか」
へえ、そうだったのか。
でも考えてみれば、ドラマとか続き物は見ても前後がわからないだろうしスポーツやニュース、バラエティーが無難かな。
「じゃあ映画とか、音楽番組は?」
「映画はやっていれば見る。音楽番組も見るよ。音楽は好きだ。僕らは振動で情報伝達する種族じゃないから最初は戸惑ったけど、いい芸術だね」
音は空気の振動だ。音楽を楽しめるのは、振動で情報伝達する種族の特権というわけか。
「それなら、どこかでスポーツの試合や映画館の映画、音楽コンサートを見てみるのもいいかもしれないね」
もちろん、当日券で入れるような公演じゃないと難しいが。
フェンスの向こうで小学生が野球の試合をやっているのを眺めながら、座れる場所を探して歩き、ベンチを見つける。
「あそこにしようか」
温かい日向のベンチに座る。天気はいいがすでに日が短い季節、太陽は傾きつつある。早めにおやつを食べてどこか屋内に入りたいところ。
マルフィスは三つのケーキの中から、モンブランを選んだ。わたしは当然ビフィズス菌入りチーズケーキ。底はフィルムで包まれているので、鞄を皿代わりに、お店でつけてくれた小さなフォークで食べる。
普通のチーズケーキより、ややヨーグルトに似た風味。でも酸味と甘さが丁度良くて美味しい。わたしがチーズケーキとして思い浮かぶ味とは少しずれているけれど。
「マロンケーキとモンブランってどう違うんだろう」
モンブランを味わいながら、マルフィスがそんなことを言った。
「えーと、確かモンブランってヨーロッパのどこかの山だから、山みたいなデザインじゃないものがマロンケーキで、山みたいなのがモンブランなんじゃない……?」
いや、知らんけど。
そもそも山みたいなデザインってなんだ。マロンが上にのっていてマロンクリームがその周りにある、典型的なモンブランがそうなのか。
「そうなのかな。まあ、美味しいからいいや」
そう、ケーキは難しいことを考えながら食べるもんじゃない、きっと。
ちょっと遅めになったデザートを食べ、残り少なかったペットボトルのカフェラテも飲んで公園に備え付けのゴミ箱に捨てる。マルフィスは残り二個のケーキは持ち歩くらしい。
列車の時間までまだ一時間くらいある。どう過ごそうか。時刻は午後四時半過ぎで、もう少ししたら暗くなってきそうな頃合い。
できれば屋内で過ごしたいところだ。近くの郷土資料館でも見るか。
と、提案してみる。
「いいんじゃないか、地球人の町の歴史がわかって。それに、化石とかもあるんだろう?」
確かに、地球人の視察には郷土資料館はもってこいの場所のひとつだ。郷土資料館巡りをしてもいいくらい。
まあ、マルフィスは時間がなければデザートを優先しそうだが。
公園の近くの郷土資料館に向かうが、閉館時間まで三〇分もなく、ちょっと駆け足で見学することになった。街の歴史に関わる物、廃線になった鉄道路線のゆかりの品なども展示されていた。
郷土資料館を出たころには、夕日もかなり沈みかけている。
ああ、チャンスは今だ。
思いつき、ここからすぐ近くの瞰望岩で写真を撮ることにする。夕日に照らされた巨岩を背後に、というのもなかなかいい風景じゃなかろうか。
しかし暗いところで写真を撮るのは難しい。何度か試して撮れたそれなりの写真も昼間にとるものよりだいぶ暗い。WITTの画像処理機能で補正はできるけれど。
ここから歩いてコンビニにでも寄って駅に着けばいい時間になるだろう――夕日の中を歩き、コンビニで飲み物とお菓子を買い、駅に向かう。目論見通り改札が始まっていた。通過駅と違い始発駅は改札が速めなのが、早く乗っておきたい者には嬉しいところ。
そういや駅弁って食べてないな、と思う。この駅にはかつて駅弁かにめしが売られていたが、残念ながら廃業したという。
まあ、着いたら夕食の時間だ。北見市までは一時間とちょっとの旅。
「なんか、懐かしい感じだね」
「確かに」
切符を買い改札を通る。ほんの数日ぶりだけど、やっと帰ってきたような感覚はあった。
乗客はほかにもいる。すれ違っていく者たちはチラッとマルフィスを一瞥したりはするが、綺麗な子、外国人か、というくらいの感想しかなさそうだった。
プラットホームから列車に乗り込む。今のところ、まあまあ空いていた。
「線路が続いてないのはなんか変な感じ」
線路の始点が見える。ここから旭川方面と北見方面に線路が続いている。
「全部一筆書きみたいに続いてくれると、我々には楽なんだけどね」
この先も鉄道だけでは行けない場所はたくさんある。しかしまあ、レールを敷くにもお金がかかるし仕方がないか。
間もなくアナウンスに発車のベル、発射の汽笛。列車は動き出す。動くなり始まる震動も、実際よりずい分と久々に感じられた。
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