第19話 追うもの追われるもの(2)

 幸い、バス停はすぐそこだ。どうにかバスがバス停の前に辿り着く前にそこに到着できた。通り過ぎられることなく、バスは停車しドアは開かれる。

 乗り込むとWITTを読み取り機にかざし、やはり後ろの方の席を確保する。

「良かった、間に合った」

「残されて行かれると、無人タクシーを使うしかなくなるからね」

 これが最終ではないが、次のバスは何時間も後だ。席に着くと間もなく車輌は動き出し、景色が流れ始める。海を横手に見ながら南へ。

「北見の能力者についても気になるけれど、黒神さんのことは山内さんに連絡したの?」

 先ほど気になったことをとなりに問う。

「ああ、連絡してあるよ。研究所から伝えてある。返事が来たけど、残念、いつかアリサに会いたいって言ってたよ」

 そりゃ、山内さんからすれば会いたいだろうなあ。

 なんだかんだあった道の駅さるふつを出る。目的地はとなりの浜頓別町。到着は午後四時過ぎで、泊まるには少し早い時間かもしれないが、クッチャロ湖は寄っておきたかった。

 クッチャロ湖ほど大きくはなくても、この辺りは沼が点在している。それらを横目にしながら移動する際中、

「あ」

 突然マルフィスが声とともに顔を上げた。

「なに、どうしたの?」

 よほどのことがあったのかと思ったら。

「そう言えば、三時のおやつ食べてなくない?」

 それは彼にとっては重大事らしい。バスの出発時間の時点ですでに午後三時を少し過ぎていて、今は三時代も半ば。

「ホタテ串焼き食べたじゃない」

「あれはおやつじゃないよ。甘くないし。ほら、バナナはおやつじゃなくて食後のデザートなのと同じだよ」

 どこから仕入れたのか、妙な理屈を述べる。

 しかし、甘くなければおやつじゃないなら色々とおやつカテゴリから外れるものがありそうな。酸味の強い果物とか、甘さより塩気の強い味付けのものとか。レモンや酸っぱめのみかん、おつまみは彼の中ではどういうカテゴリなんだろう。

 まあ、今は追及しないことにする。口の中はまだバター醤油味のホタテが強めだ。ちょっとさっぱりした感じのデザートが欲しいな。

「浜頓別でデザートでも食べようか。ホテルを取って、先にそこで簡単におやつにしてもいいだろうし」

「夕食を遅めにすれば、それでも食べられるかな」

 どうせあと三〇分もすれば到着するのだ。

 クッチャロ湖畔の無人ホテルを今のうちに予約しておこう。WITTを操作して予約を入れてから、そう言えば、と情報を検索してみる。

 北見の能力者の噂話についての書き込みをひとつ見つけた。『男の人が空を指さしたら、そこから虹がかかったらしいよ。あの人は能力者だったんじゃないかな』

 ――きっと、あのおじさんの甥っ子が体験したのと同じ場面だ。少なくともおじさんの言うことは嘘ではなかったらしい。

 ということは、北見に行けば探せるかもしれないわけか。山内さんやアリサちゃんのように、思いがけない能力者との出会いがあるかもしれない。

 北見市も大きな都市だし、探し出せるかどうかわからないけれど。

 それと、ネットでわたしたちについての書き込みがないかどうかを調べてみる。

 『私もあの外界人を見たよ。稚内港を女の人と一緒に歩いていた』――昨日の夜の書き込みだ。写真もあり、小さくわたしたちが写っている。構図からして、フェリーか何かからズームして撮ったのだろうか。

 幸い、話はあまり広がってはいない。道の駅での騒動についての書き込みはないようだ。少なくとも、今のところは。

 ネットサーフィンをやめて流れゆく窓の外の景色を眺めると、だいぶ陽が傾いている。すでに日の短くなってくる時季だ。

 バスはときどき停まり、乗客が入れ替わる。

「こういうところにもけっこう人が住んでいるんだ。失礼かもしれないけれど、不便じゃないのかな」

 マルフィスはぽつりと言う。

 確かに、よくこんな店も何もないような場所にあるなあ、という家があったり、周囲に何もなさそうなバス停で降りる人がいたりする。

「先祖代々そこで暮らしてきたから愛着があるとか、土地がそこしかないとか、近くで畑や漁業をやっているとか……でも、昔よりは田舎で暮らしやすくはなっているよ。買い物もネットで済ませられるし、移動はしやすくなった。稼ぐためにどこかに出稼ぎする必要もなくて、みんな暮らしたいように暮らせるようになったとういう点は昔よりいいんじゃないかな」

「悪い点もある?」

「たぶん、そのうち社会全体が慣れていくだろうけれど……人に使われる方が得意な人は動きにくくなったかな」

 昔も仕事人間が退職後に抜け殻のようになったとか、そういう問題があったらしい。それと同じように、現代は一日中ぼーっとして過ごすような人間とか、若者でもゲームに明け暮れるだけの人間は増えたと言われている。

 ゲームに明け暮れていても、周囲と上手くいっていて、当人が幸せならそれはそれでいいのかもしれないけれど。生きがいを見つけるのが苦手な人は暮らしにくいかもしれない。

「まあ、そういう人でも上手くやれる人は、地域に貢献したりして生きがいを見つけられるみたいだけれどね」

 何かを修理したり作ったり。若者がいない世帯の力仕事を手伝ったり。北国なら雪かきをボランティアでやったりする。それに、自治体などが主催する生涯学習やサークル活動が盛んになった。そこで趣味を見つけられた人も幸せだ。

 とはいえ、すべての職業が消えたわけでもないので、若い人は大抵、一度はどこかでお金を稼ごうとするが。慎ましい生活ができる程度のお金だけでは欲しい物があまり買えない。

「今の状況に合わせて学校の教育も変わっていくだろうし」

「まだ発展している途中なんだね」

「発展か。まあ、退化ではない……かな」

 科学は発展している。それに伴い人間は自由が増える。極論、原始人と同じように生命維持に関わることだけを考えて暮らしていてもいいことになる。それが進化になるか退化になるかは本人次第かもしれない。

 ちょっと難しいことを考えているうちに、バスは猿払村を出て浜頓別町に入る。

「ここにも温泉があるみたいだけれど、どうする?」

「いやあ……僕はホテルのシャワーでいいや」

 わたしも同感だった。温泉入るのも体力を使うし、一日に何度も入るのもな。温泉じゃないところでちょっとゆっくりしたいところ。

 ちなみにこの町でもホタテなど魚貝が有名らしい。焼き肉店も有名だけれど、昼食が肉だったからなあ。名物にあんまんや肉まんに似た鮭まんじゅうやホタテまんじゅうなるものがあり、これはちょっと気になる。これを買ってきて夕食にしてもいいかもしれない。

 観光情報を調べると、ミルクジャムというものがあり聞き覚えがあった。バイト時代に誰かが旅行のお土産に買って来たんだっけな。しばらくの間、朝食のトーストに塗って楽しんだものだ。

 WITTで調べると、割と最近できたデザートに牛乳羊かんパフェがあるらしい。味はあんみつに似てるとかで、評判は結構いいらしく気になる。

 画像を見せたら、マルフィスも気になるようだ。

「美味しそうじゃないか。行ってみよう」

 白いミルク羊かんと抹茶のムース、つぶあんに果物とコーンフレークにバニラアイス、その上には生クリームにさくらんぼが飾られていて目にも鮮やかだ。あんこが入っているのは食べたかったさっぱり系デザートというよりこってり系なイメージがあるが、果物とバニラアイスが入っていることだし、たぶん大丈夫。

「お店も近いようだし、降りたらすぐに行ってみよう」

 もう時刻は午後四時を過ぎ、バスのフロントガラスの向こうにはターミナルが見えてきていた。ここから先はバス路線はなく、移動はしばらく無人タクシーを使うしかないのが残念だが仕方がない。まあ、タクシーは楽と言えば楽だし。

 終点のバスターミナルで降り、道路に出る。まだ夕焼けは空を染めていないが、太陽が沈みつつある。

 この時間におやつはやっぱり少し遅いが、単純に計算すれば一時間と少し遅いだけなのだから、夕食も同じだけ遅くすれば胃のサイクルは変わらないだろう。たぶん。

 WITTで調べた住所に向かい、カフェに入る。和洋のデザートを食べられるカフェで、持ち帰る用のデザートも購入できるようだ。ミルクジャムも売っていた。

 そこそこ客がいて女子高生らしい一団がこちらをチラチラ見る。まさか、我々のことを知っている? それとも、マルフィスを見て『イケメンが来た』とでも噂し合っているだけか? どうにしろ、ネットに余計なことを書かれないといいが。

「和風パフェはお茶とコーヒー、どっちに合うのかな」

 マルフィスはメニューを見ながら、そんなことを悩んでいる。

「抹茶を使ったデザートだとちょっと悩むよね。でも、結局は味覚次第でしょ」

「そうだね……じゃあ、ほうじ茶でいいや」

 わたしも同じものを頼み、牛乳羊かんパフェとほうじ茶が運ばれてくる。パフェは画像で見たときよりでかいというか、上に長い。

 うーむ、それでも上から撮るとああは見えるか。

「食べたらちょっと運動が必要そうだね」

 クッチャロ湖の周りを少し散策してもいいが、そろそろ暗くなってくるので景色は楽しめないかもしれない。この時季、白鳥が飛来していてなかなか素晴らしい光景を眺められるそうだけれど。

「僕は食べて寝ても平気だけれどね」

 特殊体質の異星人め。

 まあ、まずは目の前のものを胃に入れるのみ。いただきます、と声をかけて食べ始める。

 高く渦巻く生クリームタワーは甘いが、アイスのさっぱり感とフルーツの酸味と抹茶ムースの苦みで飽きがこない。食感も、つぶあんの粒とコーンフレークのザクザク感がいいアクセントになっている。混ぜて食べると、確かにあんみつっぽい。牛乳羊かんは一見生クリームに負けているかと思ったが、しっかりミルクの風味を主張していた。

 なかなかの美味。やっぱり、胃にはけっこうずっしりだけれど。

 ほうじ茶の最後の一口で口の中をニュートラルに戻し、ごちそうさまをしたころにはもう五時近い。

 ここから逆算すると、夕食は八時か九時くらいかな。

「ホテルでゆっくり……の前に、夕食を買って行こうか」

 カフェを出ると、調べておいたホテルの売店に向かう。こうして歩くのも少しは腹ごなしになるだろう。

 ここで買ったのは、湯気を上げる鮭まんじゅうとホタテまんじゅうを二つずつ。夕食までには冷めてしまうだろうが、無人ホテルには性能のいい電子レンジもある。

 それから、コンビニでインスタントの汁物とおかずを買った。わたしは豚汁と海藻入りサラダ、焼き鳥五本入り。マルフィスはしじみの味噌汁とロールキャベツ三個入り。

 そんな食料入りのエコバッグを手に提げ、夕焼けに染まる道を歩く。少し離れたところに湖の水面が見えてきた。赤く揺れる水面を泳ぐ、何十羽という白鳥。

「へえ、凄い。綺麗だね」

 白鳥の湖ということばが頭に浮かぶ。物語の中の景色のようにも見える。こういう景色も写真に撮るべきかもしれない。

 わたしがWITTのレンズを湖に向けると、水を得た魚のごとくマルフィスが悪戯っぽい笑みを浮かべ、小走りに前に出てフレームインする。

「それじゃ湖が見えないじゃないか」

「じゃあ、こうすれば」

 笑いながら注意すると、彼は両手で長方形の枠を作り少し屈む。長方形の中に湖が入る形だ。少し位置の調整が必要だったけれど、なかなかいいアイデアだと思ってそれを撮影する。

「またコンビニに戻るの面倒だし、プリントはそのうちね」

「運動したいんじゃなかったの?」

「運動するならもっと暖かいところでするよ。できれば違う道を歩きたいしなあ」

 夜が近くなるにつれてだいぶ気温が下がっている。温泉はいいと言ったけれど、寒くなると入りたくなるものだ。時間もあるし胃の中身を消化しきるためにも湯舟にゆっくり浸かった方がいいかもしれないな。

 間もなく、わたしたちは飾り気のない、よくある無人ホテルに辿り着いた。

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