第18話 追うもの追われるもの(1)

 ここから先は交通手段もよく考えなければ。とりあえず思い付きを言う。

「無人タクシーで、バス時間までに行けるところまで行ってみる? 行った先のバス停からバスに乗り直すの」

「それはそれで面白そうかな。道の駅とか寄ってみたりして」

 マルフィスは膝の上に観光誌を広げていた。この先の、猿払村にある道の駅が特集されている。どうやら魚介類が豊富で、ホタテご飯とかホタテ弁当なるものがあるようだ。

 でも昼食はとったし、夕食には早いし。ホタテ弁当を買って夕食にするのもいいかもしれないけれども。

 とりあえず、無人タクシーを呼び出した。こういうのは迷っていると、結局時間を浪費して何もできないまま終わってしまったりするものだ。

 やってきたタクシーに乗り込み、海沿いを行く道路を走る。一時間余りの道のり。こういう移動時間も風景を楽しめればいいが、飽きがくることもある。一人のときに本当に時間があるときはWITTでゲームをするという手もあるのだけれど。

「マルフィスの星の人は、時間を持て余したときはどうするの?」

 さすがに窓の外を見続けるのに飽きたのか、彼も観光誌を膝の上に取り出したところだった。

「大体寝てしまうんじゃないかな。あとは、誰かと対話を試みたり」

「ゲームとか漫画とかはないの?」

「ゲームはやることがあるよ。僕が出てくる前に周りで流行っていたのは、思索ゲームとでもいうか。自分の中で議論をしながら色々なパターンの結論の数を数えて、最初に予想した数と比較するみたいな」

 うわ、難しそう。

「外部と交流を持つようになってからは、外の惑星の映像を見たり映画を見たりもできるようになったよ。僕らの仲間にも物語を作る者はいたけれど、外から入ってくるものとは数が違い過ぎる」

 そういえば、マルフィスがやっているように仲間の体験データをもらえば自分の中で再生できるんだっけ。

「外のことは自分で行かなくても体験できるなら、どうして外に出ようと思ったの?」

 そう質問しながら、わたしは研究所で言われたことを思い出していた。マルフィスは好奇心が強い。

「体験はできても、その場に行かなければできないことはあるよね。このときこう言ったらどう答が返ったんだろうとか、その場にいないと知り得ないことやできない行動がある。だから、仲間から送られてくる体験を再生すれば再生するほど、僕ならこうしたいっていうのが増えて、自然と外に出ようと思ったというか」

 やはり、知りたいっていうのが主な理由らしい。体験を再生するだけじゃ嫌っていうのは、もっと知りたいことがあるからそれじゃ不充分、ってことだろうし。

「もちろん、外の世界そのものへの興味もあったけどね。自分で物を食べるのはどういう感覚か、味にはどんな種類があるのかとか」

 結局、戻るところはそこか。

「次の道の駅のホタテご飯も楽しみだね」

 タクシーに乗っているだけでも不思議と少しはお腹が減る。こうして話をしているだけでも少しは余分にカロリーを消費しているらしい。その間にも、もう目的の道の駅はすぐそこまで迫っている。

 タクシーは駐車場に入り、建物の玄関前に停まってドアを開ける。

 来るときに見えたが、駐車場には観光バスも何台か泊まり、そこそこ賑わっているようだ。たまたまそういう時間帯なのかもしれないが。

 タクシーを見送ったわたしたちはとりあえずホタテ弁当を探してみるが、あいにくの売り切れ。

「むう……残念。逃したとなると、食べてみたくなるね」

 本当に残念そうに肩を落とすマルフィス。

 ソフトクリームも気になったけれど、それを食べるには少し寒い。

「ホタテご飯やホタテカレーもあるみたいだけれど、さすがに今は入らないね。お土産を買って時間を潰そうか」

 たぶん、タイミングが悪かったのだろう。今は昼過ぎくらいで、お昼前後にここに寄った観光客はお弁当を買ってバスなりに戻りたいところだろうし。

 まあ、お土産を買って夜の食事にすることも可能だろう。チーズホタテやウニホタテの瓶詰など、名産が使われた物は多数ある。わたしはウニホタテの瓶詰を買った。これと白米とみそ汁に漬物だけでも、充分豪華な食事になるんじゃないだろうか。

 買い物を終えた時点でまだ二時前。近くの停留所に来る次のバスは三時過ぎだ。何か時間を潰す手段を考えなければ。

 とりあえず道の駅の外に出て、木のベンチに腰を下ろす。

 そこから見える道の駅の玄関に続く道を、観光客が次々と出入りする。

 不意に、その中の一組が気になった。紙コップ入りのジュースとフライドポテトを手に出てきた女性と、彼女と談笑しながらエコバッグを肩にかけて歩く女性。そのエコバッグから、重い瓶がずり落ちそうになっているのだ。

 話しかけようかと立ち上がる。

 そのとき、母親らしき女性に手を引かれた幼児がそこにすれ違う。

 とん、と軽く幼児と女性の足が触れ、あ、と女性が慌てて見下ろした瞬間、瓶がエコバッグの端からずり落ちた。見上げた幼児の頭上に。

 とっさに、わたしは宙に投げ出されたその瓶を吸い寄せた。パシッと小気味よい音が鳴る。弾き飛ばすとか、幼児の上に空気の壁を作るような動作でもよかったかもしれないけれど、それでは瓶が割れてしまう。元通りの姿で返せるようにという、親切心のつもりだった。

 一瞬後、幼児は驚いたのか泣き出す。

「大丈夫?」

 こちらを見ていた者は驚き、幼児の母親は足を止めて我が子を心配する。しかしどうやら、怪我はなく済ませたようだ。

 瓶を落とした女性も驚き、幼児が無事と知って安心する。幼児の泣き声で周囲の人の視線もこちらに集まり、外で作業をしていた施設のスタッフも気にしていた。

 しかし、どうやら無事にことは収まりそうだ――そう思って、わたしは瓶を返そうと、彼女に歩み寄る。

 バシャッ。

 冷たい、と感じた瞬間は、何が起きたかわからなかった。

 手で顔をぬぐい、見えたのは紙コップを右手に必死の形相を向けている女性。瓶を落とした女性と談笑していた相手だ。

 紙コップの中のジュースを掛けられたらしい。やっと思考が追いつく。

「な、何するの!」

 となりからマルフィスの愕然とした声。

 その声に負けない大声で、彼女は叫んだ。

「保菌者よ! こんなおかしな超能力を持ってるなんて保菌者に違いないし、保菌者は裏切り者なの! 近づかないで!」

 真っ向から悪意をぶつけられて、心の中にどす黒いものがこみあげてくる。こういうことばを浴びせられるのも初めてではないし、わたしはショックを受けたり悲しんだりする性格でもない。

「保菌者が裏切り者だというのは妄想だ!」

 マルフィスの怒声はもちろん初めて聞いたのだった。

「それに、藍は保菌者じゃなくて革命者だ」

 革命者、と聞いて明らかに相手は動揺した。わたしは革命者の登録証を持っているが、現段階でそれは証明されていないし、よく見ればマルフィスは外界人なので、『外界人の言うことなんて信用できるか!』となりそうなものだが、よく見ることができるほど彼女は冷静ではなかった。

 それに、単純に能力者は保菌者だけではないという事実をすっかり忘れていて、それを思い出したのがショックだったのだろう。

「革命者なの……わ、わたし、てっきり保菌者だとばかり……」

 周囲の視線が集中し、施設のスタッフも駆け付けてきていた。その周囲の状況が理解できる程度には冷静になったらしく、彼女はうろたえる。

 たぶん、後の立場や周囲の印象を考えれば、ここは従順でか弱い被害者を演じた方が得なんだろうけど。

 わたしはぐっとどす黒いものを抑えつけ、

「さっさと失せなさい、差別主義者」

 感情のない声で言う。

 抑えてもこんなものかと思われそうだが、寸前まで口から出かかったことばはもっと汚いものだ。一人のときのわたしは本来、非常に柄が悪い。

 まあ、警察を呼ばなかっただけ優しいと思ってほしい。

 瓶を落とした相手に渡すとこちらの女性は何度も頭を下げて謝ってくれたし、幼児の母親も礼を言ってくれた。温泉料金を出そうかとも言われるが、お金に困っているわけではないので辞退した。

 あの女性は施設のスタッフにも注意を受け縮こまっている。でも、このときにはもう、わたしは頭の感触の方が気になって仕方がなかった。タオルで必死に拭き取るが、ただの水と違ってジュースは少しでも残るとベタベタして仕方がない。

「近くに温泉があるみたいだから、そこに行ってみる?」

 少し周囲の目を気にしながらのマルフィス。何人かは、彼が外界人であることに気がついただろう。実はこの道の駅にも温泉があるのだが、さすがにこの状況ではここから離れた場所がいい。

 バスの到着まで一応一時間以上はある。長居はできないけれど、とりあえず温泉に行って髪を洗う程度のことはできそうだ。

「そうだね、さっと入って戻ればいい時間にもなるだろうし」

「うん……ごめん、さっき余計なことを言ったかも。藍が本当に革命者か確かめようという人が現われたりするかもしれないし」

 温泉の看板が見える方向へ歩き始めたところで、なぜか彼が謝る。

「いや、ああなったらもう仕方がないよ」

 今も視線は感じる。ほかの観光客らのざわめきと、背中に浴びせられる無数の視線。さすがについてこようとする者はいないようだが。

 そういえば、ネット上ではどうなってるんだろう。外界に出てから今までの間、ネットの噂話も調べる機会がなかった。

 まあ、すべては温泉の後だ。思わず顔をしかめてそう結論付ける。ベタベタするだけでなく、甘ったるい匂いがきつい。

 温泉は歩いてすぐそこだった。さっさと入り、湯舟には身体を温める程度に済ませ、あとは髪を洗って乾かすのに費やした。しっかり乾かさないと、外の風に当たっていたら風邪をひいてしまう。

 温泉施設を出たころには、WITTの時間表示は二時四七分をさしていた。

 歩いてすぐそこの道の駅に戻る。この一時間足らずの間に客はもう入れ替わっていて、あの騒動について知っているのはもうスタッフくらいになっているようだ。

 もう三〇分足らずでバスが来る。

「ちょっと待っていようか」

「ねえ、温泉入ったからお腹が空かない?」

 ここぞとばかりにマルフィスは提案した。

 まさか、いくら温泉で胃の中に余裕ができたからと言ってホタテご飯やホタテカレー、ホタテラーメンはないだろうと思うが……と、彼が指さしたのは、〈ホタテ串焼き〉ののぼり。

 おやつとしては若干重めだけれど、ここで名物をひとつも食べずに行くのも味気ない。ご飯ものよりは軽いし、いいアイデアかもしれない。

 大きなホタテが二つ竹串に刺された串焼きを手に、わたしたちはバス停の見えやすいベンチに座って食べ始める。アツアツのホタテは今のこの気温の下では余計に美味しく感じられたかもしれない。

「貝って、ひとつで色んな食感が楽しめるねえ」

 マルフィスの感想はやっぱり、食べなれている人間とは視点が少し違うな。

 食べ終えたころ、見覚えのある顔が近づいて来た。見覚えがあると言っても初めて見たのはつい先ほどで、売店の白いエプロンを着けたおじさんだ。

 おじさんは両手にした紙コップを差し出した。どうやらホットココアのようだ。

 紙コップを見て一瞬ギクリとしたのは内緒。入れたてのココアなんてぶっかけられた日には火傷もしかけないことを考えれば、ベトベトでもジュースでまだマシだったのかも。

「奢りとも思わないで、受け取って。いやーさっきは大変だったね。まあ、若いのにはああいう周りに流されやすいのもいるからね」

「慣れてますから」

 おじさんは向かいのベンチに座る。

「大変だな、超能力者っていうのも。……ちょっとききたいことがあるんだけど」

 ココアを受け取ると、彼はそう切り出す。冷えた手に紙コップの温もりが心地いい。

「聞いたことないかい? 北見に凄い超能力の持ち主がいるって話」

 どこかで見たぞ、このパターン。

 詳しく聞くと、おじさんの甥っ子が北見市に住んでいるのだけれど、その甥の小学生の息子が友達と一緒に泣きながら死んだペットのお墓を作っていたところ、通りすがりの若い男性が空に虹をかけて慰めたとか。

 それだけではない。おじさんが甥から聞いた話では、ほかにもいくつか噂話があるという。泣いている幼稚園児に、ウサギの形をした雲を作って見せたとか、日照り続きで困っていた農家の畑を通りかかった若者が雨を呼んでくれたとか。

 どれも割と最近の話らしい。

「天候を操る能力者……? でも、登録している能力者ならすでに研究所でチェックしているはずだから、対バブルヘルズで役に立つかは微妙かもしれないけれど」

 マルフィスの言うように、強力な能力者でも対バブルヘルズに向いていなければそれの役には立たず、ジェルジさんのチェックからも洩れる。

「その様子だと初耳か。でも、対バブルヘルズって?」

「今、バブルヘルズ対策を研究している研究所で、対抗手段のひとつとして、役に立つ能力を探しているところなんです」

 べつに言ってもいいだろう。わたしは素直に説明した。

 おじさんは少し驚いた顔をする。

「へえ、そんなことができる能力者もいる可能性があるんだね?」

「ひとつの能力じゃ無理でも、能力を組み合わせるとできる可能性があるとか」

「そうなんだ。じゃあ、オレも信用できる相手にそういう能力者に心当たりがないかきいてみるよ」

 言われて、ふと脳裏に浮かぶ思考がある。

 能力者によるバブルヘルズ対策が可能かもしれない、その能力者を探していると公表した方が能力者のためにも対バブルヘルズのためにもなるのでは?

 でも、さんざん差別されてきた能力者が自ら名乗り出るとは思えないし、特定されたら終末教の殺し屋がやってくる可能性がある。大々的に探すのは難しいかも。

「もし有効な情報があったら、バブルヘルズ対策課に連絡するとおそらく研究所に伝わると思いますよ」

 初対面の相手だし、さすがに直接の連絡先を教える気になれない。

 連絡、で思い出した。旭川の山内さんに黒神さんのことは伝わっているのだろうか。教え子は亡くなっていたという、悲しいお知らせになってしまうけれど。でも、いつかはアリサちゃんと顔を合わせてほしいな。

「あ、藍、バス」

 マルフィスの声で我に返る。

 視線を前方にやると、バスが信号で停まっている。

「すいません、行かないと。ココアありがとうございます!」

「気をつけてねー」

 見送られながら、わたしたちは走った。すっかり時間を忘れていた。

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