エピローグ

「藍姉ちゃん、また遊びに来てね!」

 わたしをそう見送ったのはアリサちゃんだ。彼女は当面の間、旭川市の山内さんのもとに身を寄せることになっていた。

「うん、また来るよ」

 わたしは手を振って少女とお婆さんと別れる。

 初めて会ってから十日以上経っているが、アリサちゃん、かなり年頃の少女らしい笑い方をするようになったな。

 歩き出したわたしの目に映るのは、無人タクシーと市原先輩。

 研究所から解放された能力者たちは元居た場所に戻される。わたしたちは無人タクシーで北見市まで送られて、そこで降ろされることになっていた。ここから北に向かわず直接北見に向かうなら、すぐではないけれどそこそこの時間で行ける。

「あー、報奨金ももらったし、オレも一緒に旅しようかな」

 道中、先輩がそんなことを言い出す。

 報奨金はわたしは辞退し、ほかの保菌者に分配してもらった。先輩も十年は贅沢ができる程度の金額をもらったはず。

「わたしはかまいませんけど、何か旅の目標ってあるんですか、先輩?」

「そうだなあ……金も無限にあるわけじゃないし、能力を生かした職を探す旅とか?」

 堅実なんだか適当なんだか……。

「探すというか、作り出すことになりそうな」

「そう、そのための発想を得るための旅をするんだよ。そのためには能力者が近くにいた方が閃きそうだし。ということなんで、手伝ってくれるかい?」

「はあ……なるほど。少しならお手伝いしてもいいですよ。特に拒否するほどの理由もないですね」

 一応男女二人旅だし、そうなると何か考えておかなければ。先輩の波及力操作はわたしの能力を無効化できそうだからなあ。

 やがてタクシーは北見市の駅前でわたしたちを下ろして去って行った。さすがにもう、アンティーク市場は影も形もない。

「さて、どうしようか」

 と先輩は少し拍子抜けした風に言う。

 なんだか変な感じ。

 離れたときとはアンティーク市場を除けば変わりない街並みだけれど、となりにいる人物は違う。

 マルフィスとは研究所に着いた日に分かれて以降、二、三日はちらりと姿を見かける程度のことはあったが、後は一度も顔を合わせていない。

 なんだか、あの二人旅の日々はもう、夢でも見ていたかのような……結構、遠い昔の出来事のようにすら思える。あの日々もこの先振り返ったときには、いい思い出になっていくんだろうか。

 ただ、今は少し寂しい。

 それを振り切るようにわたしは足を踏み出す。

「とりあえず……もう昼食時間も過ぎてますし、どこかでご飯にしますか」

「そうだねえ」

 返事が返り、歩き出した直後。

 何かが肩を押しつけてくる。べつに混んでいるわけではないのに誰がなんのために、と目をやると、別れたときのままの姿のマルフィスが後ろから、わたしと先輩の間に身体をねじ込もうとしているところだった。

「マルフィス……? なんで?」

 立ち止まって問うと、彼は心外そうな顔をする。

「なんでって、まだ三ヶ月経ってないからね。外界にいた時間はその中には含まないから。それに」

 と、彼は市原先輩の顔をチラリと不満そうに見上げ、

「二人だけで旅なんて、ダメ、絶対」

 何かの古い標語で見たような台詞を口にする。

「なんだい、オレが藍と二人旅はダメかい?」

「理由はわからないけど、ダメなの!」

 笑いながら訊く先輩に、マルフィスは少しムキになって言う。先輩の方は反応を楽しんでいそうだ。

「それに、藍は僕の案内人をやってくれるって約束したんだからね。僕の旅はまだ終わっていないんだから、藍の仕事もまだ残っているんだよ」

 それは確かに。まだ三ヶ月は経っていない。わたしのマルフィスの案内人という役目はまだ終わっていなかった。

「まあ、いいんじゃないか、三人旅で」

 わたしは軽く言った。

 なぜか二人は少しの間反論したそうな様子だったが、そもそも反対する理由もないだろう。

「ま、いっか」

「仕方がないね」

 結局、そんな結論を出す。

 わたしの人生、わたしの命はわたしのもの。わたしはわたしのためだけに生きる。

 そう思っていたわたしがマルフィスの案内人をやろうとか、先輩の職探しを手伝おうとか、そんなことを考えながら旅をすることになるのは旅立ちのときの心境を思い返すと不思議なものだけれど。

 今は、誰かのために生きるのもいいかもしれないとすら思えてきている。

 ――こうして、今度は三人旅が始まった。



                                       〈了〉

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バブルヘルズ 宇多川 流 @Lui_Utakawa

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