第4話 弾かれた者たちの旅立ち(4)

 しばらくブラブラしよう、と歩いているうちに、最近できたらしいパンケーキ店を見つけた。しかし、ラーメンが食べられなくなる――と危惧したが、持ち帰りが可能らしい。マルフィスは嬉々として〈ハワイアンパンケーキ〉なるものをひとつ注文した。

「あとで、おやつに半分ずつ食べるとしよう」

 やっぱり食に関して貪欲だな、彼は。

「そんなに食べて太らないのかい?」

 パンケーキ店の前で、わたしは彼が手に提げた紙袋を指さす。

「地球人とは身体の作りが違うんだよ、作りが」

 彼はぽんぽん、と腹を軽く叩く。少しも腹は出ていないし、どちらかと言えば華奢な身体つきだけれども。

「便利な身体だこと。胃の中に何か飼ってるのかな」

「いや、それだと胃の中に入る量が減るし。太らないだけでお腹いっぱいにはなるから」

「まだラーメンが入る隙間はあるだろうね」

 食事どきにはまだちょっと早いが、混まなくていいか、と一二時前に駅前デパートのラーメン店に入る。彼があっさり系がいいと言ったので、塩ラーメンが美味しいらしいお店を選んだ。

「はい、お待ち」

 店員はちゃきちゃきしていて、繁盛しているだけに、外界人だろうが何だろうが無関係のようだ。ほかの客の視線はたまに気になるが、気にするのはわたしだけで、マルフィスは意に介さない。

 彼は最初、〈すする〉という動作に少し苦労していた。でも、見よう見真似ですぐにコツをつかむ。

 これでみんなの仲間入り、という様子で嬉しそうにラーメンをすする様子を見て、店員も笑顔を見せていた。

 けっこう歩いたしお腹もいっぱいになったし、少し眠気がやってくるくらいだけれど、寝ている場合でもない。と、向かいの席に目をやると、ラーメンを食べ終えたマルフィスは観光地図を眺めている。

 あまり『三ヶ月以内に回らなければ』と思い過ぎて旅の楽しみをないがしろにするのも本末転倒か……といっても、わたしはともかく、彼にとってはこの旅は仕事なわけで。

「どこか行きたいところはある?」

 しかし、そうは見えない行動が実はマルフィスにとっては視察の一環なのかもしれないし、考えるだけ無駄だ。何かあれば彼が言うだろう。

「いやぁ……行って見たい、と思い始めるときりがないね。例えば動物園とか」

「ああ……無人タクシーでも捕まえて行けばそんなにかからないね。ただ、旭川の動物園も有名だから、そっちを見る手もあるけれど」

「そうなんだ。あとは、いずれ神社やお寺、教会にも寄ってみたいなとか、山の上や滝も見たいなとかね」

 彼の役目としては、宗教施設を見るというのも重要かも。それに景色や街並みもこの地球の様子や人々の生活を語る上で必要だろう。

「有名なお寺や神社のある街もいずれ通りそうな気がする。山の上は……この付近で高いところと言えば、JRタワーの展望台かな」

 山の上、が大雪山の山頂みたいな意味だとするなら、さすがに同行は遠慮したいところ。

「上からの街並みは見てみたいな。時間はあるの?」

「ああ、充分だよ」

 急げば一二時くらいの列車に間に合うのだけれど、そこまでせっかちに動いても仕方がない、と思い返したところだ。

 すぐ近くのJRタワーに登り、わたしたちは展望台から景色を眺めた。やっぱりここは都会だなあ、というのが視覚的にはっきり実感できる。高いビルに彼方まで続く街並み、連なる自動車に立体交差する道路。

「街並みは、あなたの惑星とは違う? それとも似たようなもの?」

 ふとそんなことが気になった。

 この何気ない質問に、マルフィスは少し悩む素振りを見せる。

「うーん、説明が難しい。あまり、建物という概念がなくてね……それこそ、バブルのような部屋をそれぞれ持っていて、必要があれば部屋を融合させたりする感じだな」

 どうやら、想像以上に文明の在り方が違うらしい。

 でも地球でも、移動する家とか人数や用途に応じて変形する車が流通していることだし、行きつく先は似たようなものなのかも。

「じゃあ、街並みって感じではないんだ」

「そう。〈心の故郷〉みたいな感覚はあっても、それは物質的なものではないし」

 寂しいような気もするが、それが彼らにとっての普通だ。

「見て触れる街、っていうのもいいもんだねえ。景色にも個性があって」

「都会はみんな似たようなものかもしれないよ」

「どんな美味しいものがあったかで区別できるし」

 と悪戯っぽく笑う彼の右手には、パンケーキ店の紙袋が揺れている。

 展望台を後にして駅に戻る前に、わたしはお土産店でいくつかおやつを買った。クッキーにガムにチョコレート菓子、羊かんとミックスナッツ。できるだけ賞味期限の長いものを。それと飲み物。

 そうして、午後一時過ぎ発の列車に乗り込んだ。岩見沢行きの快速列車なのだけれど、そういう時間帯なのか意外と客の姿は少ない。身体に馴染んできたガタンゴトンという震動を感じながら、窓の外を眺める。

 遠ざかる札幌の街並み。江別市に入って束の間、石狩川を横目にしながら、やがて岩見沢市へ。空調が動いているのか車内はそうでもないが、外は日差しがきつそう。川の水面もまぶしいほど日光を照り返している。

 クッキーを軽く摘まみながら景色を眺めているうちに、岩見沢駅に着く。乗り換え列車の出発まで二〇分くらいしかない。

「せめて、駅の周りでも歩いてみようか」

 というわたしに同意して、マルフィスも駅舎を出る。

 丁度バスが出るところだった。わたしたちの旅は鉄道で、とは言ったものの、そうは言ってられない場合にはバスも考えるべきだろう。以前も言ったけれど案外、鉄道のカバーする範囲が限られている。一度廃止された路線も無人列車が実用化されたあたりで復活したりしたものの、レールがない地方にはなかなかのびない。

「あれ、何やってるんだろ」

 マルフィスの声がわたしの思考を引き戻した。

 視線を辿ってみる。すると、一人の若い女性が道路脇の側溝の上に這いつくばり、必死にコンクリートの蓋の穴を覗き込もうとしているのだ。

 ――何かを探している?

 なんとなく、そちらに近づいてみる。

 すると、女性がよろめきながら立ち上がった。心ここに在らず、というった様子で危なっかしいなあ――と思っているそばから、停止した車を追い越したバイクが女性の方に向かってくる。ふらついて白線をはみ出したことに、彼女もバイクのライダーも気づいていない。

 わたしは走る。マルフィスも走るけれど、わたしは途中で能力を使い、一気に目標物に近づく。そして手をのばした。

 すると文字通り、女性は吸い寄せられる。

「きゃあっ!」

 女性と、通行人の悲鳴が重なる。

 バイクはどうにか女性の真後ろを通過していった。いきなり手を引かれて目を丸くした彼女は、背後のエンジン音で我に返ったようで、一拍おいてその場にへたり込む。

 わたしは手を放した。周囲の、そして目の前の彼女の驚きの目が気に障る。こういう直後に何が起きるかなんて、何度も経験してきたことだ。

 さっさと立ち去るに限る、と背中を向けたとき。

 パチパチパチ。

 目の前で、マルフィスが笑顔で手を叩いていた。

「へえ、凄い能力だよね。と言ってもどんな能力なのか見ただけじゃよくわからないけれど、何をしたの?」

「一言で言うと……体表に触れている空気の圧力を変える力、かな」

 毒気を抜かれて、わたしは素直に答える。周囲の人々も、ただ唖然と見守るだけ。

 わたしの能力は正確に言うと、体表に触れている空気一メートル四方くらいの圧力を操る力。〈空圧操作〉と呼ばれることもあった。空気を圧縮して何かを吸い寄せたり、逆に膨張させて遠ざけたりもできる。操れるのは近くだけとはいえ、間接的に離れた場所にも影響を与えることも可能。

 高速移動したり、やろうと思えば空を飛んだりもできる、なかなか応用の利く力だった。

「あなた、何を探していたんですか?」

 いつもと違う反応を得たもののついでだ。半ば放心している様子の彼女にきく。

 相手は声をかけられると我に返ったらしい。

「ああ。それが……婚約指輪を落としてしまって。見つからなければ彼に何と言ったらいいか。しかも彼のご両親は厳しい人たちなので……ああもう」

 よほど追い詰められているのか、髪が乱れるのもかまわず頭を抱える。

 ――まあ、これももののついでだ。

 わたしは側溝の蓋の穴に指を突っ込む。正直、ゴミまで集まっていくるるのでやりたくはないんだが……指先の周囲の空気を圧縮し、周りの物をかき集めた。

 土埃やタバコの箱の一部、虫の死骸などと混じって、それは指先に挟まった。銀色の滑らかな輝き。

「あ……ありがとうございます!」

 土埃を叩き落として差し出すと、彼女は目に涙すら浮かべて喜ぶ。

 慣れない反応だ。ちょっと照れ臭い。

「あの、なにかお礼をさせてください! わたしの人生を救ってくれたんです、ぜひ!」

「いや、でも……」

 言いかけたところで、コートの裾が引っ張られる。

「藍、列車、行っちゃったよ」

 マルフィスが言うと計ったかのように、汽笛の音が鳴り響いた。


 女性は長居裕美と名のり、駅の近くに止めてあった自分の車で、どこへでも連れて行ってくれると言ってくれた。と言っても、わたしたちに残された時間は一時間半くらい。

 とりあえず近くの公園に向かう。本当は長居さんは自分の家に呼びたかったらしいが、それはさすがに気が休まらなかったり迷惑そうだったり。婚約者がいるのに若い男性と出入りしているところを見られるのもまずそうだし。

 公園の木製のベンチで、マルフィスがパンケーキを食べようと提案する。が、フォークがひとつ足りない。

「大丈夫、わたしはこれがあるから」

 と、わたしはデザート用の小さいプラスチック製フォークを取り出した。何かのときに余ったのをコートのポケットに入れていたらしいものだ。

「わたしがそれを使いますから!」

 と長居さんが譲らなかったので彼女にそのフォークを渡す。わたしはパンケーキ店で渡されたフォークを使い、極力均等になるように切り分けた。ハワイアンパンケーキはココナッツミルクを使ったソースがトロピカルなフルーツを散りばめた上にかかっていて、けっこうな大きさがある。三等分でも充分だ。

「すみません、わたしまでいただいちゃって」

「いや、これ大き過ぎるし、三人で食べた方が丁度いい。むしろこれでも大きいくらい」

 マルフィスは言って、切り分けられたパンケーキを口に運ぶ。

 単体ではかなり甘めのココナッツソースもフルーツの酸味とマッチしていて、パンケーキそのものも冷めている割にはふわふわだ。あの店は生き残りそうだなあ。

「物のお返しはかさばりますよね……行きたいところ、あります?」

 食べ終えるとそう問われるが、この町の事前情報を得てこなかったのですぐには出てこない。むしろ今まで時間を気にしながら動いてきたから、こういうのんびりした時間もいい機会かもしれない。

 のんびり過ごす、というところで〈温泉〉なんて単語が頭に浮かんだりもしたが、ちょっと時間が足りないか。

 マルフィスはどう考えているのかと目をやると、彼は散歩に連れられている犬を熱心に見ていた。視察対象の生物って、べつに人間だけどは限らないものな。

「そういえば、聞いたことありますか? 旭川のあたりで不思議な能力を使う女の子がいたっていう話」

 不意に長居さんがそう切り出す。

 いや、それは初耳だった。ネットにもそんな噂話はなかったはず。

「不思議な力って保菌者のこと? それともわたしと同族?」

「それはわからないけど……どこかのお店の看板が落下して、その下にいたお婆ちゃんを女の子が守ったとか。落下した看板が折れて、下敷きになったはずのお婆ちゃんと駆け付けた女の子は無傷だったらしいです」

 へえ、わたしと同じような空気を操るような能力か、それとも身体を石のように固くする、看板を打ち砕く凄い筋力増量とか……色々な能力が考えられる。

「女の子はすぐにその場を立ち去って、バスに乗り込んで行ってしまったという話ですよ」

 バスに乗って、ということは近くに住んでいるとは限らない。単にその場を逃げるためにバスに乗った地元の者という可能性ももちろんあるが。

「保菌者ってどれくらいいる?」

 パンケーキ店の袋を綺麗にたたんで、鞄にしまい込みながらマルフィスが尋ねる。

「統計じゃ百人近くだってね。誰にも相談していない者は数の外だろうけれど」

 保菌者の多くは医師に相談して判明したり、身体能力測定など運動能力を発揮する場などで判明することが多い。でも、人知れず、という者の方が実際は多いだろうな。

「そんなにいるなら、物凄い能力を持った人もいるかもしれないね。藍のも充分凄いけれども」

 まるで、魔法のような能力だ――そう言われたときは、不自由な義務教育時代の能力訓練でも少し嬉しかったのを思い出す。

 しかし確かに、わたしより凄い能力の持ち主もいるらしい。空気ではなく空間そのものを操れる者、時間すら超越する能力者が。

 一説によると、常識を超えるレベルの能力者が誕生したのはバブルヘルが影響しているのではないかとされている。

「天候を操れるような能力者もいるんだってね」

 と、晴れた空を見上げる。雲ひとつない青空は目に痛いくらいだ。

「天候が荒れると交通に影響があったりするから晴れているのはいいけど、あまり暑過ぎないと嬉しいね」

「ああ、でも予報だと、明後日には雨が降りそうよ」

 そうだった。天気予報はチェックしていたつもりだけれど、まだ先だからと思ってあまり気にしないでいた。

「そういえば雨具は用意していないね」

 鉄道移動だしあまり雨に当たる機会はないかもしれないが、折り畳み傘くらいは持っていてもいいかもしれない。

「あ、わたしに買わせてください、それくらいは」

 長居さんが勢い込んで言う。その勢いは断れるものじゃなかった。

 彼女の車で大型スーパーに行き、そこでコンパクトな折り畳み傘を二つ選ぶ。わたしは半透明な黒無地の物、マルフィスは紺色の内側に星が散りばめられた柄の物を買ってもらった。

 そして駅まで送ってもらうと、けっこういい時間になる。

「あの……一枚、記念にいいですか?」

 車を降りたところで彼女がその両手に取り出したのは、デジタルカメラだ。ウェアブル端末にカメラ機能も付いているので、今時カメラを持ち歩く人は珍しい。

 しかし、写真を一枚撮るだけならいいけど……。

「もしその写真をネットなんかにあげられたら、ちょっと困ったことになるんだけどなあ」

「いえ、絶対アップしたりはしません。約束します。ただ、出会ったことを忘れたくないだけなんです」

 アップしないという保証はないけれど、そこまで言われて疑う理由があるわけでもなく。

 マルフィスはというと、

「いいんじゃないか、べつに」

 と、あまり深く考えてなさそうな。顔が広く知られるようなことがあれば、彼の仕事にも影響がありそうだが。

 しかし、むやみに人を疑うのもよくない。

「そうだね。撮るだけなら」

 と念を押して承諾する。

 わたしたちも、旅先の思い出を少しくらい写真に収めてもいいかもしれない。今のところすでに旅先として来たことのあるような場所だし、撮るには特別感がないか――と思っていたけれど、マルフィスと一緒に訪れるのは最初で最後かもしれないし。

 長居さんは時間差撮影でデジタルカメラをセットし、三人並んでパチリ、と一枚。

「ありがとうございました。道中、気をつけて!」

「ああ、そちらももう指輪をなくさないよう気をつけて」

「傘、ありがとうね」

 三時の列車がそろそろ入ってくる。

 駅前で手を振って別れ、わたしたちはプラットホームに向かった。

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