第11話 災害、再来(6)

 時刻は二〇時前。わたしたちはついに、乗ってきた列車の終点の稚内に降り立った。

 タコしゃぶはあっさりしてそうだから朝食でもいいんじゃないかな――ということで、夕食は肉にした。歩いて行ける範囲に店があるらしいので歩く道すがら、マルフィスが顔を上げる。

「明日の十時に、宗谷岬の近くの宗谷港で待ち合わせだって。そこから船に乗って海上まで行き、一番近くのシェルターゲートに飛行することになる」

「ああ、かまわないよ」

 シェルターの外へ出ることに実感が湧いたか、少しだけ胸が躍るような感覚を抱く。バブルヘルズの直接の被害がなかった大半の場所は、内側と景色は大した違わないだろうけれど。

 シェルター内より放射線濃度は高いだろうが、わたしには問題はない。

「見えた、あそこだ」

 マルフィスの声で我に返る。彼が指さすのは、看板の明かりが輝く一軒の店。ネットで調べて見つけたステーキ店だ。

 混んでいるかな、と思ったけれどもすでに二〇時過ぎ。賑わってはいるが席がないほどではない。

「宿を予約したんだけれど、この近くだと古い無人ホテル……というか、古民家を改装した無人旅館みたいなところしか空いてなかったよ。それで大丈夫?」

 ステーキセットを注文して待つ間、わたしはWITTで宿を予約していた。さすがに時間が遅過ぎたか、今から二人で泊まれそうなところは限られていた。

「え、なにそれ。むしろ面白そうじゃない?」

「面白そうかい? あまり評判がよくなさそうなんだけれども」

 ちょっと検索してみたところ、夜に目が覚めたら障子に人影が映っていたとか、ずっと見られている気がするとか、朝に昨夜はなかった手あかが窓にたくさんついていたとか……そういうホラーな噂の多いところらしい。

「ユーレイ……っていうやつ?」

 話を聞いていた相手も恐る恐るといった様子で動きを止める。

 幽霊なんて、この世にいない! というタイプならよかったのだろうけれど、わたしはそうではない。だって、超能力も宇宙人も普通に存在しているし。

「それは見てみたい気もするし、うーん……」

「座敷童ならいいんだけどねえ」

 ネットの評判を見ていると、どうやら歓迎していい系統のものではなさそうだ。

「トイレは街にいる間に済ませて、朝までしっかり眠るようにしておこうね。夜中に目が覚めないようにもっと疲れた方がいいかもしれないね」

「べつに、怖くなんてないけど……うん、ちょっと散歩してからチェックインしよう」

 そんな風に対策を話し合っていると、料理が運ばれてくる。宗谷牛のステーキとライス、サラダに飲み物のセット。肉汁から出る湯気が美味しそうな匂いを漂わせる。

 人間の五大欲求とは恐ろしい。宿のことは頭から消え去り、すっかり食欲に染まる。

「いただきます」

 それぞれに声をかけ、フォークとナイフを握る。塩と胡椒だけのシンプルな味付けのステーキを切ると、ジュワッと熱された鉄器の上に肉汁が染み出し音を立てる。

 肉の塊を口に入れると、噛みしめるほど旨味が広がる。甘党だろうが辛党だろうが、この〈旨味〉を口にしている間だけは、この味の終わりが来ないことを願うかもしれない。

 それに、柔らかいけれど厚みがあるのが歯応えになっていて、肉食べてるなあ、という実感になる。

「美味しいねえ。牛に感謝しないとね」

「ほんと、命をいただくってことは本当は大変なことだからね。早く肉のコピーができるようになるといいのに」

 SF映画に出てくるような、周囲の原子から食べ物ができるような技術。でも原子から食べ物ができるということは食べ物以外の物も作れるわけで、それは実は物凄い技術だと目にした覚えがある。

 実際にそれが実現したらしたで、遺伝子組み換え作物のごとく、当面は疎まれそうだけれども。

「コピーは聞いたことがないね。人が移動できるようなワープもまだ実現していないよ」

 マルフィスの文明でもそんなものか。現実世界の科学の進歩は、大体の部分で物語の中のそれよりも遅い。

 まあ、思いもよらない部分で進歩が早いところもあるが。例えば、最初のバブルヘルズの前に軽くて丈夫で革新的な建材が開発されたりとか。それがなければシェルターは実現しなかった。

「まあ僕の中ではコピーできるんだけれどね」

 そうだ、彼は体験を記録したりコピーしたりできるのだった、人間も卵掛けご飯を食べながらステーキを食べる体験を五感にインストールできるようになれば便利……卵掛けご飯だって美味しいが。

 せめて記憶に焼き付けるように、しっかり味わって食べよう。

「ごちそうさまでした」

 時間をかけて食べきったころには、もう二一時近い。けっこうガッツリ食べたあとなので、しっかり腹ごなしの運動もしなければ。

 店を出て、港を横目に歩く。街はもう夜の表情だけど、あまり夜の世界には近づかないように気をつけなければ。それ以上に、こんな暗い中で終末教の信者にでも襲われると面倒だ。わたしたちはできるだけ街灯の下を歩き、明るい場所を目ざした。人目が多ければ下手なことはできないだろう。

 街中を歩いていると、時間潰しに持ってこいなものを見つける。

「ゲームセンターだって。寄って行こうか」

 ダンスゲームでもあればいい運動になるかと思ったのだが……。

 ゲームセンター内はどのコーナーも人が多い。若者から老人まで。現代はみんな、基本的に時間を持て余しているもなあ。

 UFOキャッチャーの辺りは少し空いていた。しかし、成功すると物が増える系のゲームは注意が必要だ。荷物が増えることを考えるなら、何か実用的なものが取れるゲームがいい。

 ちょっと探すと、こういうものもいくつか見つかる。キーホルダーの小さなライト、キャラクター物のポーチ、小さな文具、腕時計やWITTのデコレーションシールなどなど。

「よし、あれを取るよ」

 と気合を入れてマルフィスが指さしたのは、猫を模した動物の形をしたポーチだ。フリース素材を使っているらしく、手触りが良さそうだ。

 マルフィスの初めての挑戦は、アームが別のポーチに阻まれ、目的の物には触れられずに終わった。

「も、もう一回……」

 読み取り口にカードをかざし、彼は再度挑戦する。支払いはカードやWITTなどをかざすだけで完了するが、昔ながらの硬貨も使える。

 せっかくなので、わたしは持ち歩いている硬貨を使ってみることにした。わたしが遊ぶのはマルフィスが向かっているのとは別の機体で、WITTに装着可能な小型ペンライトとかいうもの。ライトの色には何種類かあり、青か紫が取れれば嬉しい。

 ――結局、三〇〇円くらい使っただろうか。それだけ使って緑と紫のペンライトが取れた。細く小さなその景品は、割合取りやすい方だ。

 そして、内心わたしはすぐに取れたことにほっとしていた。何しろ、わたしの能力は物を吸い付けるのにもってこいな能力なわけで……。あまり長く取れないでいると、悪いとはわかっていても、能力を使いたくなってしまうかも。

「藍、取れたよ」

 声をかけられ振り向くと、マルフィスの手には彼が目標としていた猫のポーチが掲げられている。

「いくら使った?」

「えっと、それはナイショ」

 これは、けっこう散財したな。

 お金に困っていないからできる遊びかもしれない。自制が利く人なら違うんだろうけれど。そう感想を抱きながら、緑のペンライトをマルフィスに渡す。特に使い道はないかもしれないが、それでも彼は喜んでくれたようだ、たぶん。

 そのまま帰ろうかと思ったものの、たまたまなのかそういう時間帯なのか、来たときには若い姿で混んでいた音楽ゲームの方が空いているのを見つける。ダンスゲームの列も消えていた。せっかくなのでワンプレイ。

 わたしもマルフィスも初体験。しかし、二人とも反射神経やリズム感には恵まれているのか、初めてにしてはまずますの出来。

「もう一回!」

 という彼の声にも押され、二回目。まだ二回なら大丈夫だけれど、さすがのダンスゲーム、全身の筋肉を使うしなかなか体力を削られる。前にどこかで読んだが、ダンスゲームのガチ勢はタオルにスポーツドリンク持参で、しっかりスポーツジム仕様の服装で来るとか。

 二回目のダンスゲームは、少しだけ一回目より上くらいのポイントで終了。そんな、すぐに劇的に上手くはならないか。

「いやー、疲れた。これはぐっすり寝られそう」

「ほんと、いい運動になったね」

 同意しながら、ハンカチで汗を拭き髪を整える。長居する気はなかったからだけれども、お世辞にもダンス向きの格好ではなかった。

 ゲームセンター内の公衆トイレを借りてから旅館に向かう。歩いて行けない距離ではないけれど、無人タクシーを道端で止めて乗り込む。だいぶ夜も更けてきたし、旅館周辺はこの時間には人通りもほぼなくなるそうだし。

 道中、コンビニで買い物をしつつタクシーで移動すること、十分未満。月明りもない静かな道路の奥にその建物はあった。松の木に囲まれた古民家風の宿は縁側に面した庭があり、小さな水音と鹿威しの音がする。

 玄関をくぐると案内板があり、無人の受付にWITTをかざしてチェックインすると、予約した〈緑の間〉の場所を確認して廊下を歩きだす。キイキイ音を立てる廊下は縁側につながっており、障子が並ぶ。見たところほかに客はいない。

「ず、ずいぶん静かだね」

 マルフィスは静寂を崩すまいというかのように、小声で言う。虫の音も鳥のさえずりも聞こえない。ちょっと異世界感がある。

「ほかの生き物もみんな寝てるんじゃないかな。ほらここだ」

 ことさら大きな声で言い、〈緑の間〉の障子を引き開ける。正直、この開ける瞬間というのはかなり勇気が要った。

 部屋に見えるのは畳まれた布団が二つと、端に避けられた卓にテレビ。座布団も隅に積まれ、小さな冷蔵庫や電気ポットも見えた。

 とりあえず電気を点け、荷物を置いて布団を敷く。

「天気予報でもやっているかな」

 布団の上に座ったマルフィスがリモコンを手にし、電源ボタンを押した。

 ザー。

 古めかしいテレビの画面に映し出されたのは灰色の砂嵐。

 彼はカチリ、と思わずスイッチを切る。

「な……なんか。怖い……いや、怖くはないけど不気味」

 砂嵐にまつわる都市伝説のようなものも色々と目にしたことがあるが、今は言わないでおこう。

「チャンネル変えてみたら?」

 そうアドバイスすると、彼は再びスイッチを入れてすぐにチャンネルを変える。すると、見慣れた天気予報が映し出されてほっと一息。

 それにしても、砂嵐なんて今どき滅多に目にしないんだけれども。よほど古いテレビなのか。

 明日以降は少しずつ、天気は回復していくらしい。とはいえ、わたしたちは外界に出てしまうのだけれども。ただ、明日の波風は気になるか。幸い、それほど風はないみたいだ。

 天気を確認した後に部屋の壁に掛けられた振り子時計を見ると、もう〇時近い。テレビを消し、電機は豆電球に。

「おやすみなさい」

 挨拶を最後に、周囲は異様な静けさに包まれる。ふすまひとつで鹿威しの音も届かず、振り子時計の音も意外に小さいんだな。

 ふと、障子の外に目をやる。特に影が映るわけでもないが、慌てて目をそらす。

 目を閉じると否が応にも思い出してしまうのは、ネットの口コミサイトで見た階段の数々。いっそ知らないままならマシだったかもしれないものを……慎重な性格ゆえ、ある程度は事前に調べておかないと気が済まない。

 近くで、マルフィスが身じろぎする音がする。普通なら耳障りかもしれない音に、少し安心感を覚える。

「ね、藍」

 音だけでなく続く声。

「もう少しそばに行ってもいい?」

「いいよ。マルフィスは幽霊みたいなものなのに、幽霊は怖いんだね」

 そう、彼は物質的な身体を持たないのが本当の種族だ。幽霊なんかより、よほど人間とはかけ離れているじゃないか。

「いやべつに、怖いってわけじゃないけど……でも幽霊は僕の種族と生まれも存在の仕方も違うし、赤の他人だし、未知の存在だよ。危険な相手かもしれないじゃないか」

 布団にくるまりながら、目だけをこちらにのぞかせる。

「そりゃあ、僕の本体をたまたま見られる人間がいるとしたら、幽霊のように怖いものかもしれないけどな」

 人は目に見える危険より、目に見えない危険を恐れる。それは彼も変わらないのかもしれない。

 彼は自分の布団を引きずり、すぐそばまで来た。体温が感じられそうなくらい。

 今度こそ眠れそう。

 と思い、うとうとし始めたとき、天井からゴソゴソ音がする。わたしは目を開くまいと誓った。

「なにかいるの……?」

 小さく動く気配。

「ネズミか蛇でしょう、きっと。こういう古い家にはよくあること」

 我ながら、自分に言い聞かせているかのようだ。

 しばらくして、天井の方からの音は落ち着いた。しかし今度は、何かがひたひたと縁側を歩いているような足音が聞こえてくる。

 ――きっと、動物か何かが迷い込んだのだろう。

「藍……ねえ、こうしていていい?」

 声をひそめて、マルフィスはわたしの袖口にしがみついた。

 まるで、怪談を怖がる子どもそのもの。正直、可愛らしく思う。

「いいよ。ほら、こうしても」

 わたしは彼の手を握った。肌の温もりを感じていた方がきっと安心するだろう。何よりわたしが安心するのだ。そんなことはもちろん口には出さないけれど。

「うん、ありがとう。今度こそ……おやすみ」

「ああ、おやすみ」

 色々な音が聞こえていた気がするが、もう気にならない。

 手に伝わる体温を拠りどころにしながら、わたしはついに眠った。

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