第6話 災害、再来(1)

 朝は八時に起きるという取り決めをしたのだけれど、各駅停車の数が少なく、出発がそれより早かったので、わたしたちは七時に起きた。できればアイガモ料理も食べたかったが時間もないし、正直、昨日の肉が胃に残っている感が……。合鴨丼を持ち帰れるところはどこか、まで調べたんだけどな。

 しかし軽い朝食を買いに寄ったコンビニで、〈地元産アイガモを使用したさっぱり冷やし中華〉なるものを見つける。ああ、これは――と、半分まだ寝ていたマルフィスも目を見開いていた。

 八時前の列車に乗り、そこで朝食をとる。カフェラテに冷やし中華はちょっと合わないかもしれないが、充分美味しい。

「この肉も柔らかくて美味しいねえ」

 美味しいものを食べているときのマルフィスの笑顔は実に幸せそうで、見ている側まで嬉しくなる。べつにわたしが作った料理じゃないけど。

 旭川まで一時間ほど。その間に少しうたた寝する。列車が妹背牛町、深川市を抜けていく。滝川市もそうだけれど、道の駅が繁盛しているところが多いようだ。しかし、鉄道の駅からは遠いところが多く、今回の旅ではお預けだ。

 深川市を抜けるあたりから長めのトンネルに入る。そのあとも何度かトンネルを出入りしつつ、相変わらず石狩川と近づいたり離れたりしながら、レールは旭川市街地に突入した。

「ここも大きな都市だね」

 すでに駅が近づくころ、窓の外を眺めてマルフィスが感想を述べた。

 駅前にいくつもデパートが並び、高いビルも見える。ここも道内ではかなり都会だ。

 列車を降り、駅で〈ご自由にお取りください〉とあった地図のついたパンフレットをもらう。さすがに行き来する人の姿は多く、ちょっと周囲の視線が気になる。

 が、マルフィスは気にせず浮き浮きな様子で、

「ここに来ていくところは決まってるよね?」

 と切り出した。

 ……ああ、そうか。動物園の予約が入っているのだった。

 無人タクシーを駅前で拾い、旭山動物園へ。けっこう距離があるな。窓から街並みを眺めながら、わたしは長居さんの話していた少女のことを思い出していた。もう少し詳しく聞いてきてもよかったかもしれない。

「あまり混んでいないといいね」

「平日だから、土日よりはマシだろうけれど」

 働く人が限られている現代、曜日でそこまで激変はしないが。わたしのようなヒマなのもいるわけで。

 動物園前で降りる。やはり人は多く、家族連れの姿が目立つ。その中にはこちらから逃げる仕草をする者もいるが、そう多くはない。皆、動物に夢中だ。

 気にしなければいい、マルフィスのように。動物に集中しよう。この旅で、わたしは少しだけ考え方を変えた。そうやって園内を回ると、不思議と外野は気にならなくなる。動物、それに動物に「かわいい!」だの「あの牙凄い」だのと反応するマルフィスを見ているだけで充分面白かった。

 それとマルフィスは、サバンナなどの視察を担当する仲間がいることを思い出し羨ましがっていた。野生の動物を直接見る機会は多いだろうが、治安の悪い場所を視察するのはとても大変だろうけれども。

 無人タクシーで動物園を出るころには、けっこういい時間になっている。

「旭川ラーメン、と思ったけど札幌でも食べたような。飽きそうかな?」

「でも、ラーメンは色んな味付けがあるんだろう?」

 そう、塩・醤油・味噌にトンコツ、カレーラーメンなんてのもあるし。

「ここなら醤油が定番かな。パンフにあるような店は混みそうだけれど」

 美味しいにこしたことはないが、べつにこの旅、究極の美味を追い求めるグルメツアーとかではない。

「デパートに入っている店でも充分美味しいよ。駅前でもいいんじゃないか」

 ということで、駅前に引き返してデパートを巡り、昼食によさそうなラーメン屋を見つける。少し昼には早い時間なので、それほど混んではいない。

「そうやって食べる楽しみを知ってしまうと、帰ったときに困りそうだね」

 彼はすっかり慣れた様子でラーメンをすする。

「ううん、僕は本来の身体に記憶を溜めているんだよ。そして情報を持ち帰る。味という情報もね。それはいつでも体験できるんだ。実に効率的だろう?」

 視察という割に何か記録している様子もないし、レポートを送っているようにも見えないし――と思っていたのだが、便利だなあ。

 しかし味覚を記録するには一度はこの身体で体験しなくてはと、彼はしっかりデザートの杏仁豆腐も注文して味わったのだった。


 腹ごなしに少し歩こうと、街を歩いてみることにする。

 各駅停車の稚内行は少なく、昼を過ぎるとまた明日の昼まで待たなければならないが、動物園とラーメンだけというのも忙しない。いや、本当は長居さんの話が気になっていたのかもしれない。

 そして、小路のひとつに通りかかったとき、新しい看板の取り付け作業を目撃することとなる。

「あれはどうしたんです?」

 下で作業を見上げていた、近くの雑貨屋の店員らしい四〇代くらいの女性に尋ねてみる。

「あれね、老朽化していて先月落下したの。だから新しくしたわけ」

「へえ、人の上に落下しなくてよかったですね」

 もしや、と思ったわたしは、そう水を向けてみる。

「それがね、人の上に落下したんだよ。毎日夕方になるとここを散歩するお婆ちゃんがいるんだけど、そこに丁度落ちて。通りがかった女子高生か女子中学生が助けようとして二人とも下敷きになりかけたけど、まったく触れてもいないのに看板が真っ二つに折れたのよ」

 やはり、ここが例の場所か。

「その女子中学生か女子高生というのは、地元の人かどうかわかります?」

 中学生か高校生かもわからないなら無理かな、と思いつつきいてみる。

「いや、私服だったしわからないねえ。外見が十代半ばくらいだったから多分、中学生か高校生ってくらいで、あたしの見たことのある顔ではなかったね」

 そして、少女はすぐに走り去り、バスに乗って行ってしまった、というのは以前長居さんに聞いた通り。

「おばあさんも怪我もなく、毎日ここを通るよ。今日も通るんじゃないかな」

 もっと詳しく聞くと、五時くらいに通るとのこと。

 わたしは礼を言い、その雑貨屋でひとつ買い物をしてから離れた。お礼のつもりなので何でもよかったのだけれど。カップにもなりそうな小さなホーロー鍋を見つけて買った。マルフィスは筆入れにもなりそうなポーチを。

 特に意味はないかもしれないが、五時前には戻ってお婆さんを探すつもりだった。

「だいぶ時間があるね。どこかで時間を潰そう」

「この先に美術館があるみたいだから、そこに行こうか」

 あと五時間近くある。そのまま歩いて美術館に向かった。美術館なんて初めてだ――入館すると新鮮な気持ちで美術品を眺める。ここではわたしもマルフィスと同じ条件かもしれない。

 美術館を出ると近くの公園で一休みし、スイーツを食べる計画を立てる。WITTであまり遠くない範囲を調べて、アイスやソフトクリーム、それに和菓子のお店は抜いた。わたしもマルフィスもケーキの気分だったのである。

「これ、良さそうじゃないか?」

 ベンチのとなりからわたしの手首の画面を覗いていた彼は、とあるお店の紹介を指さした。

 そこではどうやらデザートプレートなるものがあるようだ。何種類かのスイーツに飲み物もついて値段もお安め。ちょっと遠いけれど、タクシーならさっさと行って帰れるだろう。

 公園を出て少し大きめの通りでタクシーを捕まえ、駅より南東へ。

 そこは菓子工房が併設されている場所で、ケーキや焼き菓子ができあがっていく様子が見学できた。ガラス張りの向こうから、香ばしい甘い匂いが漂ってくる。そして、マルフィスはクリームが練られている銀色の筒状の鍋に目を奪われていた。

「あの中に指を突っ込んでつまみ食いしたくなるね」

 甘党なら誰もが考えそうなことだ。

「味見をする仕事の募集とかないものかな」

「ここに就職するつもりかい?」

「僕にもっと時間があればね……」

 至極残念そうに言い、肩を落とす。三ヶ月という期限がなければ本当にやりそうだ。

 予定外に時間を潰すことができた。工場見学を充分楽しんでからカフェに向かう。

 ここには何種類かデザートプレートがあって、わたしはコーヒーとチョコレートケーキのついてくるものを、マルフィスは紅茶とチーズケーキがついてくるものを選ぶ。

 内容は、ケーキとソフトクリームと焼き菓子に飲み物。どれも見た目にも美味しそう。

「いただきます」

 マルフィスが一声言ってケーキをすくう。周囲の客の視線がいくらかこちらを向いた。人々の目に映るのは、ケーキを口にして幸せそうに「はあ」と息を吐く、美男子の笑顔。すると皆、彼の正体はどうでもよくなって目の前のスイーツにスプーンやフォークをのばす。

 実に食べ物のCM向きの人材だ。

 わたしもチョコレートケーキを味わう。濃厚ながらしつこくない好みの味。ソフトクリームも口の中をさっぱりさせてくれて、このデザートプレートの中でいい働きをしている。バターの利いた香ばしいフィナンシェともよく合う。

 わたしは甘党というほど甘党じゃなかったはずだが、『甘い物を食べて幸せになる気持ち』が身に染みてきている現在、好みが昔と変わっているかもしれない。

 優雅で濃厚な三時のおやつの時間を心置きなく過ごし、お土産コーナーの焼き菓子をいくつか買った後、店を出る。

 しかし、まだまだ五時までには時間があるな。

「先にホテルを決めてしまおうかな……たまには無人ホテルじゃないところにしようと思ってさ」

 ほかに客がいて、例えば外界人を嫌うような者がいてもちゃんとしたところならおかしなことにはならないだろう。

「そういうところは混みそうだし、値が張りそうだけれど大丈夫かな」

「そうだね。早めに予約した方がいいね」

 手首のWITTを操作し、ホテルを検索。さらには予約できるかどうかを調べるが、最初に当たった駅に近いところは〈満室〉の表示が並んでいた。次に当たったところも同様。

 ――わたしたちが良く使っている無人ホテルはいつも空いているものな。皆、人の顔が見えるところの方がいいということか。

 ちょっと妥協して、駅から少し離れたホテル。ここはツインの部屋がひとつ空いていた。

「二人でもわたしはいいけど……マルフィスはどう?」

 さすがに若い男女に見える二人で二人部屋はどうなんだろう、と少し迷ってきいてみる。答は予想できていたけれど。

「べつにかまわないよ」

 考えてみれば、二人で泊まってなんの不都合があろう? マルフィスはたぶん、人間の性差もよく理解していないくらいじゃないか。

 二人部屋を予約して、無人タクシーを呼ぶ。ホテルはスイーツ店探しをしていた公園の近くにあり、そちらに戻ることになる。

 そろそろチェックイン開始時間だ。タクシーでホテルに着くと、丁度いい時間になっていた。

「ここは温泉つきだから、ゆっくり湯につかれるね」

 部屋を確認して荷物を置く。

「それは楽しみ。茹で上がらない時間で出るっていうタイミングに悩みそうだけど」

「体感してみればわかるんじゃないかな、たぶん」

 のぼせないか若干心配である。

 時刻は午後三時過ぎ。わたしはお菓子をつままみながら読書とネットサーフィン。マルフィスはベッドに転がってお昼寝。

 とても実はすごく年上であろうとは思えないあどけない寝顔を横目に手首の端末で調べ物をしていると、気になる文章が目に留まる。

 『昨日、札幌で外界人らしい姿を見た。若かった』と。

 検索しても引っかかるのはそれくらいで、反応も特にないらしい。しかし、確実に見て発信する者はいる。ここからあまり発展しないといいが。

 旭川の看板落下事件については、特に書き込みはなかった。

 一時間ほどホテルで時間を潰し、歩いてあの看板落下現場へ戻る。着いたときには丁度よさそうな時間だ。

 バス待ち用のベンチに座り、あとは気長に待つことにする。

「触ることもなく看板を真っ二つにするなんて、どんな能力なんだろうね」

 マルフィスは暇つぶしにと、わたしが開いたお菓子をつままみながら、期待に目を輝かせる。

「わたしが知っている限りじゃ、革命者はわたしより地味な能力の持ち主が多いらしいけど、保菌者の中には空間や時間を操るような能力者もいるらしい。空間が操れるなら触らなくても壊せるだろうし、熱や金属そのものを操れる能力でも可能だろうね」

 熱なら、熱線で焼き切って。金属なら金属を変質あるいは形状を変化させて。どうにしろ、それを一瞬でこなすにはそれなりの腕が必要そうだ。最近能力を得たような者ではない。

「とにかく、それを目の前で見ていたお婆ちゃんに話を聞けば、どんな能力なのかのアタリもつくかと」

「話、聞けるといいねえ」

 そうだ。どんな性格の人物なのかもわからないし、散歩が日課のお婆ちゃんってところから気の良さそうなイメージを勝手に作っていたけれど、気難しい無口な人物だったり、外界人嫌いかもしれない。

 ――まあ、外界人を嫌っているのはもう少し若い層に思えるけれど。

「話しやすい相手だといいけど」

 しかし、心配しても仕方がない。札幌の土産物店で買ったチョコレート菓子をひとつつまむ。土産物として売りに出されるだけあって、その辺の安物とは違う深い味わい。いや、安い物も充分美味しいけれども。

「あ」

 そうこうしているうちにマルフィスが口を開け、彼の視線を追うと、雑貨屋の向こうから白髪のお婆さんが歩いてくるところだった。姿勢も正しく足腰もしっかりした歩きだ。

 あちらも近づくと、こちらの存在に気づいた様子。

「あの、ちょっとお話をうかがいたいのですが、今よろしいですか?」

 立ち上がり、少し緊張して声をかける。すると相手は立ち止まって、笑顔をこちらに向けた。

「あら、かまわないよ。何をききたいの?」

 よかった、とっつきにくいタイプではなさそうだ。

「最近、あそこの看板が落下したときにあなたはあの下にいたんですよね。そのときのことをぜひ、詳しくお聞きしたいと」

「ああ、あのときの……ところで、そっちの子は外界人よね?」

 と、真っ向からきかれた経験は今までなく、わたしはちょっとギクリとした。当人は相変わらず平然としているが。

「そう、僕は外界人だよ。会ったことあるの、お婆ちゃん」

「いえ、でも話には聞いたことあるからね。じゃあ、わたしの家でお茶でも飲みながら話しましょう。立ち話もなんだし」

 と、軽い足取りで歩き出す。外界人と確認しての誘いに不穏なものを感じなくもないが、それにしては嬉しそうな様子はいったい。

 家は近くにあった。表札には〈山内〉と掛けられている。それなりに年季を重ねたと見える、木造一階建ての日本家屋だ。小さな庭があり、松の木や草花が植えられていた。

 ほかに人の気配はなく、居間に入ると、お茶とお煎餅が用意された。

「以前も質問されたことがあるの。地元の新聞記者だったかしら……『あなたを助けようとした女の子はご存知ですか?』とか、『どんな格好をしていましたか?』とか」

 しかし、まったく顔見知りではなく、住所を示すような手掛かりもなかったという。

「あれから一度も会っていないし、探しようもないわね」

「看板が真っ二つに折れたとき、何かありませんでした? 何が起きたか詳しくわかれば、看板を折った能力を推測することはできると思うのですが」

 とわたしが聞くと、お婆さんは一度目を丸くしてから笑う。

「その能力ならわかっているよ。これね」

 手のひらに割り箸を載せる。そして数秒後、それが一気に真ん中から二つに折れた。切り口はほぼ平ら。

 ――そうか、そうだったのか。

 わたしたちはてっきり、立ち去った少女の方が能力者だと思っていた。しかし、そうとは限らなくて当たり前である。

 まあ、能力者だと知られたくなくて少女が逃げたという方が、能力を目にして怖くなって逃げた、の方より自然に思えていたのかもしれないが――後者もよくあることなのを、少なくともわたしは知り尽くしていたはずなのに。

「凄いね。それ、どんな能力なんだ?」

 少し驚いたものの、マルフィスの表情はすぐに興味津々に変わった。

「これはね、手のひらの中央から見えない糸のような刃を出せるみたい。けっこう便利なのよ、これ。ハサミが近くになくても平気だし、包丁や果物ナイフの代わりも務まるの」

 ――凄く……生活に活用しやすい能力だな。

 わたしも、多少は日常生活で能力を使うことはあるが。重い物を持つときとか、歩いていて足が疲れてきたときとか、人目がない中で速く走りたいときなどに便利。

「あんなに大きな物を切ったのは初めてだったけど、上手くいって良かったわ。この能力、ノコギリの代わりにもなりそうね」

 金属すら真っ二つなんだから、日常的な大抵の物は切れそうだ。

「でも、どうしてそれをわたしたちに教えてくれるんですか?」

 今まで聞かれなかっただけ、と返ってくるかもしれない。と思っていたけれど。

「実はね、わたしもききたいことがあるの。外界人に」

 と、彼女は切り出した。

「わたしは昔、教師をしていたのだけれど、そのときの教え子に黒神くんっていう優秀な子がいたの」

 有名大学を出た彼は科学者になり、やがて、科学的に外界人と保菌者に関連がないことを証明した。それをきっかけに彼は『外界人のお抱え科学者』などとバッシングを受け、その娘が保菌者だと判明したことでさらに風当たりが強まり、シェルターの外の研究所に逃げるように移転したという。

 聞いているうちに思い出した。この話、わたしも何度も見聞きした。五年以上も前の話だったか。

「シェルターの外から来たなら、何か知らないかと思ってね。無事に暮らしているといいんだけれど」

 シェルターの外にも居住区がある。外界人と、彼らと協力してバブルヘルへの対抗策を研究する学者が主な住人だ。

「僕のいた研究所にはいなかったな。仲間にもきいてみるよ」

 マルフィスは耳たぶの球体を指先で触り、虚空に視線をやる。そこに何かが見えるわけではないが。

 一分くらいして、彼は首を振った。

「今連絡できたみんなも、記憶にないみたい。ただ、棄てられた街に住み着いて独自に研究を続ける人間の噂があるとか」

 どうしてもシェルターの内側に入れなかった町がいくつかある。そこは〈棄てられた町〉と呼ばれた。シェルター外はバブルヘル通過により放射線濃度が上がったものの、何年も経過するとだいぶ落ち着いてはいる。

「そう……無事ならいいけどね」

「見つかったら知らせるよ。僕はどこにいても連絡できるから」

 やはり、彼はテレパシーのような通信が使えるらしい。

「それはありがたいね……あなたたち、泊まるところは決まっているの?」

 親切に宿の世話までしてくれそうなところだったが、ホテルの名前を言うと、『あそこはいいところよね、お風呂も広くて眺めもいいし』とお墨付きをもらった。

「ありがとうね、お婆ちゃん」

「こちらこそ。気をつけてね」

 山内さん宅を出たころには、少しずつ周囲が夕日に染まっていた。

「ホテルに戻ろっか」

「うん」

 べつに何もしてないが、疲れたというか、なぜかやり切った感があった。

 それに、眺めもいいというお風呂も早く見てみたいし。わたしは半分無意識のうちに足早に街並みを歩き出した。

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