第29話 彼は心に寄り添いたい人でした

「……佐藤和宏って本当に? 」


意外なところから声がした。


「佐藤? 」

「ええ、他人かと思ったんですよ。在り来りな名前ですし、探せば何人かいそうですよね。でも、皆さん出版社にお勤めですからね。作家にはおいしいシチュエーションです。私が八つのときに父が蒸発したんです」

「あの、すみません。佐藤和宏ってペンネームですよ? 本名は中西建造じゃなかったでしたっけ? 」

「そうそう、それ」


佐藤が黙る。よくいそうな名前だ。間違えても仕方ない。そんな返事を待った。


「中西って……、父の旧姓です」

「ああ、確か佐藤の母君に婿入りしたんでしたか」

「それです。だから、本当は、中西和宏です」

「それって、本人じゃなくても何だか関わってそうですよね。兄弟説とか! 」

「サスペンスにあったな。兄弟になりすまして、兄弟殺して兄弟になりきるやつ。最後には捕まるけど」

「すみません。そこまでは……。調べておきましょう」

「神薙の力をもってすれば容易いですね」

「ほら、お金でた」


黙っていた遊里に突っ込まれる。


「遊里ちゃん、大人しくしてましたね」

「あたし、関係ないもん。ま、薫に頼まれたら、相手を身動き取れなくはしてあげてもいいわよ」

「しかし、桜町でしたっけ? どこかで聞いた気がするんですよね」




そんなやり取りの中、震えが止まらない悠華を労わるように寄り添う薫。


「悠華さん」

「……」

「正直、華代さんに嫉妬しましたが、悪いのは強要した方ですよね」


頻りに話しかけていく。

親友の心配をしながらもパニックに陥って、目立たないように静かにしている。

こんなことをどれだけやってきたのだろう。

そんな強がりな悠華に胸が苦しくなる。


「オレは、どこまでもあなたの味方です。誰を敵に回しても、あなたを守りますよ」

「わ、わたし、は……」


過呼吸になりながら、何かを訴える。


「知っています。『私はそんなことしてもらうような人じゃない』、ですよね」


悠華は声にならず、小さくパクパクと金魚のように動かしている。


「もう一人で苦しまないでください。オレが傍にいますから。一緒に華代さんも助けますよ。ゆっくりでいいから、自分にご褒美を与えてあげませんか? 」


薫が悠華の手を握る。

……ゆっくりと、それが握り返された。




多次元過負荷マルチディメンタルオーバーロード狂気的感情マニア前章[完]』

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多次元過負荷《マルチディメンタルオーバーロード》の狂気的感情《マニア》 姫宮未調 @idumi34

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