第28話 見解の齟齬理解
──蛯名・黒田・真弦を伴い、遊里を自宅に入れる。
今時、オートロックではないアパートに、女性一人で住んでいること自体が問題だ。
だから鍵をいくらかけようとも、開けたままでどうぞお入りくださいと言っているのとおなじだった。
悠華の給料ならば、蛯名ほどではないにしろ、最低限エントランスつきのマンションくらいの家賃は払えるはず。
……そうしないのは、いつ完全に壊れてもいいように。
そこまでいかなくても、仕事ができないレベルまで達した場合のために回復期間不自由しないように、周りに迷惑をかけないために。
『やっぱりあんたには無理だったのよ』と母親が迎えに来てしまわないようにするために。
親とは、子どもがいくつになっても扱いはかわらない。
小さいころは、あのときはと昔話をさしも昨日のことのように話すのだ。
それが楽しいエピソードならいい。
悠華に対して持ち出されるエピソードは、笑い話でも照れて恥ずかしがるような話でもない。
〇〇さんちの〇〇ちゃん、いつも〇〇点だったじゃない?
できがいい娘、あたしもほしかったわ。
あんたなんか〇〇点ばかりで恥ずかしい。
あたしの子ならもっとできて当たり前でしょ?ふざけてないでちゃんとして
なにもできないくせに、いいわけはするわけ?
おまえは口閉じておきなさい。うるさい。
あたしの所為にするんじゃないわよ。おまえが全部悪いんでしょ。
うるさい、近所迷惑だから口閉じなさい。
おまえがいるから、あたしが恥かくのよ。
なんで言う通りにできないのよ。
できないなら大人しくしてなさいよ。
おまえはうちからでるんじゃない。
恥ずかしいから人と話さないで。
お願いだから、人とかかわらないで。
悪運ぜんぶおまえが持ってるみたいね。
おまえはあたしの言うことを聞いていれば間違わないのよ。
なんでできないの、やらないの。
あんたに相手を否定する権利なんてあると思ってるの?
死にたい? だったら死ねば。
小さいころから言われ続けた言葉は呪いだった。
離れた今でも、ランダムでかかってくる。
声を聞くたびにフラッシュバックする。
大人になれば、言葉のあやだったり、その場の勢いやイライラしてたからとか人間らしい理由がわかってくる。
だからいざ怪我をすると、血相を変えてくれた。
そして、変わった子だったのは覚えている。
しかし、子どものころに感じた感覚は抜けてはくれない。
突き放されたり、いらない子扱いされたりされたことばかりが残る。
嬉しい、楽しい記憶なんて僅かで。
それでも母親が大好きで、喜ばせようとしていた。
子どもは親を選べない、親は子どもを選べない。
それは、子どもは親を嫌いになりきれない、親は子どもを見捨てきれない。
ではないだろうか。
「お邪魔します」
それぞれそう言いながら上がっていく。
悠華はこんなたくさんの人を上げたことがない、と言うか人を滅多に上げない。
「あ……」
遊里が真っ先に開けたのが寝室だった。
閉め切った部屋。フィギュアがあちこちにディスプレイされている。
皆おなじ髪色、髪型の違うキャラクター。
一気に恥ずかしくなる。
「ホント、趣味悪い部屋ー」
「遊里ちゃんは口閉じてください」
「可愛いは正義ですよう」
「……奏以の意外な一面が、いや、これも悪くない」
口々に感想が述べられていく。
顔から火がでそうになる。
「オタクは日本の財産であるべきですよ」
「わかりますう。萌えや燃えって尊いですよねえ」
「なにそれー、自分磨けばいいじゃない。あたしの努力はアニメじゃ表現できないわよ」
「……おまえら、日本語話してくれ」
三人は立ったまま、遊里が体を曲げてベッドの下に手を入れていた。
そこでは悠華は気がつかないだろう。
「見せてください」
外して取り出した遊里の手から、盗聴器を取り上げる。
遊里は抵抗することはなかった。
「……どんな性能かなって思いましたけど、特殊なとこに行かなくても買えそうなヤツですね」
「遊里ちゃんの知識ではそんなものでしょう」
おなじ調子で他二つも外していった。
その間、悠華は薫にDMしていた。
Tomo:『蛯名ちゃんと黒田と帰ってきたら、遊里くんと真弦くんに会って。遊里くんが勢いでつけてしまった盗聴器外しにうちにいます』
Kaoru:『! すぐいきます! 』
Tomo:『怒らないであげてね。謝ってくれたから』
──\ピンポーン/
だから、外し終わると同時にチャイムがなった。
「はい」
「悠華さん、こんばんわ。お邪魔します。遊里! 真弦! 」
今回は赤の和ロリで固めていた。
悠華に優しく微笑み、上がると咎めるように名前を呼ぶ。
「か、薫くん……」
「あ、ダーリン」
「お久しぶりです。薫ちゃん」
おろおろする悠華を尻目に、二人は何気なく奥から現れた。
「……勢いでも盗聴器は犯罪だぞ。豚箱戻りたかったか? 」
綺麗な顔で睨む。
「ストーップ! 大丈夫ですよう。これ、おもちゃなんで。盗聴器だけどいわゆる録音機材です。ぬいぐるみとかに仕込む系のあれですが、高いやつなら長時間いけますけど、これプレゼント用で短い録音しかできません。しかも手動です。ちなまに私ならちょちょいと繋げて遠隔操作で盗聴器に仕立てあげられます」
「変な補足つけんな! 」
「できなくないことをお伝えせねばと思いまして」
「余計なんだよ! いつも! 」
「いつもの余計は、黒田さん弄りパートですから違いますよお」
「余計だってわかってんじゃねえか」
「おっと、迂闊でしたあ。……なんて」
舌をぺろっと出す。
手には小さな黒い四角いものが三つ。
「このままじゃあるだけで見せかけにしかなりませんよ」
「それでも、許されることじゃありませんから」
遊里を睨みつける。
「……ダーリンごめんなさい」
「それと、オレは遊里の彼氏じゃないから」
「……わかっているわ。あなたに寄りかかりたい気持ちが暴走したんだって」
「だったら、言い方変えて」
「……薫? 」
「うん、オレは変わらず遊里の友だちではいたいからね」
嫌ってなんていなかった。
大嫌いという言葉は裏腹だった。
そんなことをするヤツは嫌いだ、という。
冷静であれば気づけた。
取り乱した遊里には考えがいたらなかった。
些細なすれ違いは、溝を深めるから。
「これってもしかして──最悪回避できちゃってます? 」
「そうですね。遊里ちゃんは身体が大きいだけでこどもですから、薫ちゃんが大人の対応してくれたお陰で上手くいきました」
今日知り合ったばかりの二人がハイタッチをする。
「おまえら、仲良くなりすぎだろ」
溜息が零れる。
……しかし、大事なことを忘れている。
落ち着くのを待っていたかのように、黒田のスマホが鳴った。
「はい。え? え?! なんでそんなことになってんですか? はい、取り敢えず戻ります」
切るとずいっと蛯名が乗り出す。
「どうしたんですか? 」
「……華代が、佐藤を逆に訴えるって騒ぎ始めたらしい。取り敢えず、悪いが奏以、蛯名行くぞ」
「あ、うん。……亜也子」
三人には帰ってもらうことにした。
「何かあったら呼んでください。すぐに飛んでいきます」
「たしかに空からでも現れそうですねえ」
「怖いからやめろ」
「ボクも関わっていますから、お力になれることがありましたら」
「真弦は大概解決できそうね、お金で」
「ボクを悪人にしないでください」
そんなやり取りをしながら社に戻ろうとする。
「待ってください。……ボクです。車を回してください」
「え? 」
「急がれるなら車がいいですよ。六人くらい余裕です」
「……ぼっちゃんすげえ」
「黒田さんと大違いですね」
「一々突っかかってくんな! 」
すぐに車は来た。アパートには不釣り合いなリムジンが。
「迷子先が簡素なアパート前ってどうされたんで……」
「佐藤、ここはこの可憐な女性がお住みの場所ですよ」
リムジンから降りてきた執事佐藤が固まる。
「マジモンのイケメン! 黒田さん、性格あれだったら仲間ですよ! 」
「興奮しながらしれっとディスるな! 」
爽やかな笑顔に変わり、悠華の手をとる。
「失礼しました。麗しいお嬢様」
「無駄にイケメン面振りまいてないでください。蛯名さん、行先の指示をお願いします」
「はーい! 」
「こちらの女性も可愛らしいですね」
「マジですかあ? ありがとうございますう。杉富出版までお願いしまーす」
「かしこまりました」
車内で部長からの催促のLINEを受け取る。
「『早く来てよ! あんな華代くん見たことないよ! 佐藤先生も人が変わったみたいに叫んじゃってこわいよ! 』」
「……話してもらったのが原因ですか? 」
「いや、あんときは大丈夫そうだった。あるとしたら──佐藤の方だろ」
神妙な空気になっていた。
「亜也子の担当の? 」
悠華だけ知らなかった。
「すみません。オレの方でも調べたんですが、『佐藤和宏こと中西建造は、二十年前の桜町幼児誘拐事件の犯人』だと聞いたんです。実際調べてみたら、事件にならないまでも定期的に同等の案件が前後してあったようです。発覚したのが二十年前なのでもっと前からの可能性がありますが、そのあとも表にでないだけであったらしいですよ。……え?
」
悠華が震えながら薫の服の袖を掴んでいた。
「どう、いうこと? それって……」
「すみません、伺いました。あなたも被害に会われたと。淡々と語るべきではなかったですね。配慮を怠りました」
「私はいいの、亜也子は──整形しなきゃならないくらいの
こんなときまで悠華は自分より親友を心配していた。
「……こんなときにすみません。華代さんはハッキリされなかったんですが、お二人は──レズ行為を強要されたのではないですか? 」
重い沈黙が流れた。
悠華の返事を待つ。
「……うん」
薫は机をガンっと叩く。
複雑な感情が渦巻く。
過去だからと割り切れない。
好きな人のことだから。
それきり悠華は口を開かなくなった。
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