第10話 華代の告白

━━黒田、蛯名、華代の三名は、蛯名のマンションに来ていた。


……ザァー。


沈黙が流れていた。

華代はシャワーを借り、蛯名はキッチン。

黒田は1人、所在無さげにダイニングのイスに腰掛けていた。


華代を連れ去ったのは、であることは聞き出した。

危害を加えるつもりはなかったことも。

だから、ということだ。


「蛯名……」

「何ですか? 」

「おまえ、よくこんなすごいマンション住めたな」


盛大な溜息が反響した。


「こんな時にお金の話とか、デリカシーないんですねえ」

「突っ込むな。落ち着かねえの! 」

「あれえ? 女性経験豊富な人の発言とは思えませんねえ」


一度握られた主導権は覆せない。

そもそも言葉で勝つことは不可能、ならばなるようになれ。黒田は流れに任せるタイプだった。


「おまえに隠すようなことじゃねえから言うけど……──今まで彼女のうちというか、女性のうちに


気まずい空気が流れた。


「……ぶ」


空気を破ったのは……──。


「華代さん、私我慢したのにズルいです」

「おい! うるせえよ! 」

「えー? 情けなくってえ! あははは! 黒田は肉食だと思ってたのに、実は草食だったなんて! 」

「笑いたきゃ笑え! 彼女の手料理とか、お部屋デートとかいうシチュなんか経験ねえよ! イタリアンやフレンチとかの高級ディナー要求されて、ラブホ直行だったわ! 」


2人は笑い続けた。


「てことは、黒田さんの自宅にも連れていったことないんですねえ」

「ねえよ! 誘っても来ねえよ! 」

「……もしかして、彼女から連絡するまで待たされたり? 」

「そうだよ! 」


2人は顔を見合わせた。


「それって……──付き合ってたんですか?

「は? それを付き合うって言うんじゃねえの? 」

「……便利に使われてただけでしょ? まあ、そんな女ばかりだったら、悠華ともかがものすごくキラキラして見えたでしょうね」

「理想の女性って感じですから。可愛いのにサバサバしていて、分け隔てなく対応出来て、それでいて誰に対しても完璧にサポート出来てしまう。……私生活もサポートされたくなっちゃいますよねえ」


ニヤニヤと黒田を見る。


「うっせえよ! 人の恋路を馬鹿にするんじゃねえ! 」


しかし、急に真顔になる。


「……黒田、それはね。悠華の表面しかみていないってことよ」

「分かってる……。今回のアイツの怯え方見て、力になろうとしたやり方間違ったって気がついた。でも、アイツが抱えてるもん知らなくて、どうしたらいいかわかんねえんだよ」


力なく項垂れる。


「……その言い方って……──華代さん何か知ってるんですか? 」

って? 」

「私、奏以さんの知ってるんですよ」

「え? 実はあ、あたしも……」


沈黙がまた流れた。今回は重い。


「おい、スマホの件もだけど、何か? 」

「はい」

「ええ」


華代と蛯名が顔を見合わせる。

ここまで来たら話さなければならない。

お互いの話をすり合わせたい。

……どちらから話すか。


「華代さんからどうぞ」

「え? 蛯名ちゃんから言ってよ」


かなり深刻な、繊細なことなだけに尻込みしてしまう。


「じゃあ、時系列で行こうや。どっちが早い時期だ? 」


助け舟を、まさかの黒田から出された。

腐っても編集人。纏めることは得意だ。


「……あたしは

「私がのときです」

「よし、華代の方が年上だから華代からだな」


2人は頷いた。


「……分かった。まず、あたしが今仕事の話からしないといけないんだけど」

の件ですか? 」

「え? 」

「部長が話してくれたんだよ。華代を立てる為にも、資料提出してほしいからってさ」

「そういうこと……」

「……示談跳ね除けたのは、嘘を書けないって。奏以さんも何か関わっているんですね? 」

「……ええ」

「相当根強そうだな」

「私は、知りたいです。黒田さんは無理しないでいいですよ」

「今更何言ってやがる。逃げねえぞ」


何も知らない。だからって引きたくない。

好きな気持ちに偽りはない。

今まで流がされていたかもしれない。

悠華にはそんな軽い気持ちでいたくない。

すべて受け止めようと決意した。


「……佐藤に関しては、部長にも、にも言ったわ。あたしに非があったら弱みにして味方につけたかったみたいだけど。佐藤は嘘を書かせようとした。インタビュー前に色々情報は入るでしょ。明らかに嘘ばかり。真実を載せるか、ギャラなしで載せないか。選ばせてやったの。それをアイツが、『迷惑料としてギャラは貰う。記事は載せるな』って勝手なこと言うから。こっちは何の非もないわ。そうしたら、ギャラ欲しさと手のひら返して『言った通りを載せろ』って訴えるなんておかしいでしょ? 薫くんもそれじゃどうしようもないって、諦めたみたいね」

「部長、ざっくりだったな」

「ある事件がそれなんですよね? 」


華代は頷く。


「……アイツ、佐藤和宏こと中西建造は……──二十年前のの犯人。一度に1人ずつ攫っては帰すと言う謎の誘拐犯だった。攫う時間も帰す時間もバラバラ。1ヶ月で十人誘拐された。それからぱったり。子どもたちはおぼえてないの一点張り。新聞は載せてもニュースでは報道されなかった。──そのすぐあとだったのよ、佐藤和宏って児童文学作家が現れたのは。……追ってた知り合いがいて、接触出来たの。匿名ならって、当時攫われた人にね。出されちゃ作家生命おしまいじゃない? だから、選択肢をあげた」


真相に2人は青ざめる。

小説家になるだけなら訪問して聞くだけでいいはずだ。


「……てかさ、その佐藤先生の作品、読んだことねえんだけど、どんなん書いてるんだ?

にはもの。でも、に描かれていたわ」

「それって……──」

「そこは確証を提示する。だから、ハッタリでもかましてとしたの」


何から、ということは言わなくても察する。

だが、それではが生じるのだ。


「……不思議に思うわよね。された中にんだから。これは……──誰にも言ってないわ。会った時、アイツは当たり前よ。あたし、したんだもの。……そう、だったの」


重い、重い沈黙が流れた。


「アイツはね? だったのよ。周りより幼かった悠華とあたしのこともと勘違いしたの。あたしたち、鍵っ子だったからことはなかった。……だった。悠華は塞ぎ込んじゃって、あたしは虎視眈々とチャンスを待った。チャンスよね? あたしだけならいい。だけど、悠華まで巻き込めない。守りたかったの……」


ふわりと蛯名が華代を抱きしめた。

幼少期、思春期のトラウマは、大人になっても消えることは無い。

いや、大人になってからだって、おなじだ。


「……本当は、の女の子からは聞けたの。確認したくて話たら、泣きながら話してくれた」


華代は蛯名の胸で泣きながら、すべてを吐き出した。

黒田は俯き、拳を握りしめ、怒りに打ち震えていた。こんな話を聞いて怒りを覚えないやつはいない。すぐにでも佐藤を殴りつけ、独房に入れたい。


「……この話、薫くんにはしていないんですね? 」

「していないわ。整形したことは知っていたみたいだけど、事件の被害者ということも話していないから理由もわからないはずよ」


……知ってしまったら、に佐藤を殺しに行く。誰もが確信した。


だが……──それは逆になのではないかという、考えも生み出していた。


皆、侵食が始まっていたとも気が付かずに──。



人は誰しも、が潜んでいる。

気が付かないままでいられる人もいれば、気がついても平常心を保てる人もいる。

しかし、彼らは、それぞれの場所で、しまっていた。

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