第9話 女装の理由

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次に目が覚めたとき、私は

暴力的な彼は、3人だとニュースでやっていた。

今は留置所にいるはずだ。

ストーカーの彼は、したとニュースでやっていた。


うちに入ったのは、亜也子か蛯名ちゃんかもしれない。

心配して戻って来てくれた可能性をかいていた。


薫くんだって、私になにかしたわけでもない。確かに執着し過ぎて怖いけれど。

ちょっと失礼だったかもしれないと思い始めていた。

黒田にしたことは恐怖に感じた。

でも、

彼なら、話したら大丈夫かな。


私の中に人を信じたい気持ちが残っていることにびっくりしたけれど。


思い切ってカーテンを開ける。

眩しい。

日が高いから、もうお昼かもしれない。


久しぶりにゴミを片付け、掃除し、お昼を作った。

豚肉とトマトのチーズリゾット。

私が作るとなんちゃってになるけれど。


着替えて、化粧をして、勇気をだして外に出た。

アパートの階段を降りる甲高い音が、いつもより大きく聞こえてすくみそうになる。

だけど、止まらずに降りた。


……ビクッとする。

いるだろうなとは思っていた。

でも、いざいると少し怖い。


何故か黒いブルゾンパーカーのフードを被り、タバコを加えながらスマホを弄る姿が、カッコイイと思った。

片足を壁につけ、片手をブルゾンパーカーのポケットに入れている。

そんな何気ない姿が自然で、キレイだった。

服装が違うだけでこんなにも印象が違う。


……彼は違う。違って欲しいと思った理由。

それは、しないところと、ところ。

居酒屋にいたのはびっくりしたけれど、もう一度話したかったからと言われたら、その日急に決まった飲み会の場合はノーカンにしてもいいかなって思う。


彼──薫くん──は、私に気がついていない。


あれから電源がつけたままでいるのに、DMを送りつけて来なかった。

やろうと思えば、メールアドレスや電話番号だって手に入るはずだ。


「……薫くん」


少し掠れ気味の微かな声。

しかし、それで十分だった。

ビクッとしてこちらを見る彼の瞳は、驚愕に見開かれて、加えていたタバコが落ちた。

私は何気ない仕草で1歩前にでて、それをキャッチする。


「ポイ捨てはダメだよ」


自然に話し掛ける。


「どうして……、あ! 熱くないです……か? 」


ライン部分を掴んでいるのを見て、固まった。


「あ……れ? もしかして、悠華ともかさん、タバコ吸うんですか? 」

「仕事してるときは吸わないけどね」


女性のタバコを否定しているわけでは無さそうだ。

キャッチした形がまさにそれで。

通常ならば無理な動作かもしれない。

体が動けば、動体視力で動ける。

しかし、はたとなった。

思わず掴んだけど、どうしよう?


そんな私を他所に、キレイな顔を近づけ、タバコを加えた。

反射的に指を離す。

唇が触れるか触れないかのスレスレで。

まだ火のついているそれを吸い直し、すっとタバコの箱を取り出し、こちらに向けて器用に一本浮かせてタバコを差し出す。

一連の動作までもがスマートだった。

そんな姿にトクンと心臓がなった気がする。


「ありがとう。……今はいいよ。えっと……」


本来の目的を伝えることに臆していまう。

そうこうしている間に


「はい」


真っ直ぐ、優しく見つめる薫くんに、少し赤くなった頬を隠すように後ろをむく。


「……お腹、空いてない? 」

「え? 」

「だから、お腹……」


くるりと向き直る。


「つ、作りすぎちゃったから、好き嫌いとか、なければ……」

「……はい。お腹、空いてます。好き嫌い何か関係ないですよ」


柔らかい笑顔だった。

居酒屋のときの、心酔するようなものではなく。


「ア、アレルギーとか」

しかありません」


ちょっと意地悪な笑顔。

キレイなだけに一々見惚れてしまう。

俯く。顔や胸の中が熱い。顔を上げられない。

心無しか、鼓動が早い。

まるで……ないない!

きっとすっごく年下で、価値観も合わないに決まってる。


……そんなの、虚勢でしかない。分かっていても認めたくなかった。


だけど、凶行を忘れてしまうくらい、笑顔優しくて。






「……美味しいです。悠華ともかさんの手料理なら、失敗しても食べたいですよ」

「こーら、褒め殺しても料理は最低限しか出来ないの」


食べ方もキレイで、豚肉とトマトのチーズリゾット──らしきもの──を平らげていく。


「オレには普通なんです。好きな人が作ってくれたものは特別じゃないですか」

「はあ……、私より女子っぽいこと言えちゃうのズルい」


会話が止まる。

ハッとした。声に出ていた。

女装してたとはいえ、男の子に失礼だった。


「あ、あの……」

「普通の女性って、そうではないんですか?

「わ、私は可愛い感じじゃないから」

「オレには充分、可愛らしいですよ。まあ、そうですね。女装するにあたって、色々調べたんです。ファッション誌やメイク雑誌とか、女性向けの漫画や小説までありとあらゆるものを。全部ではないでしょうけど」


なんだろうか。感がパない。


「……じゅ、充分なんじゃないかな」


目が彷徨う。女として情けなかったり、哀しかったり。

確かに出会い頭、私は本当にかと思ったもの。

完璧女子を演じ、素体でも男らしいとか、やっぱりすごいとしか。

女として負けてる気がして、またしても凹んだ。

あの時はバカにしてると思ったけれど、熱心なだけなのかも。

あ、昔流行ったオトメンとかいう……。


ますます、私を好きになる理由がわからない。


「……何で、私なの? 」


やっと聞きたいことが口から出た。

食べ終わり、スプーンを置く。


「ご馳走様でした。美味しかったです」

「お、お粗末さまです」


笑顔がズルい。


「……一目惚れって言うと、流石に嘘になりますけど、って思ったんです。最初はそれだけでした。気になったらすぐDMしてくる女性や男性が多くて……──みんな、ばかり見てました。を見てくれようとしなくて。性別を知ったら、半数くらい返事帰ってこなかったり、卑猥なやり取りを要求されたり、ね」


伏し目がちに語る、憂いを帯びた姿もキレイだった。ちゃんとしたとこのお坊ちゃんかもしれない。

聞いていない訳では無いけれど、そんな人が大半だと知っても、何だか遠い世界のようだった。


「女装してるから男が好きなのかとか、下着を聞かれたり。女装仲間に様々な人がいるからそういう人もいるのは知っていますけど、オレはそうではないし。んです」


そうしたら、さっきの発言は失言のような気がして恥ずかしくなった。


「このナリは、生まれ持ったものなので。とかいうと、嫌味って言われてしまいますが、大概の男はちゃんと男って見てもらいたいと思うんです。……小さい頃からバカにされていましたし」


勝手に完璧人間だと思っていた。

誰しも悩みくらいあるというのに。

自分のことばかりで恥ずかしくなった。


「キッカケは小学生のとき、同性のクラスメイトに『おまえ女みたいだな』とからかわれたからなんです。分かっていなくて、だったら女の子の服を着ればいいのかと着てきたら先生に指摘され、そこでわかったんです。今は当たり前の時代になりましたけど」


確かに昔は固定概念が強かったように思う。


「ただのキッカケですから。だから、。感謝してもいいくらいです」


私より切り替え上手で羨ましかった。

彼は同情を必要としないだろう。


「……悠華さん、聞いていてしませんでしたよね? 」

「え……あ、うん。でも、やっぱり失礼なこと言っちゃった。ごめんね」


薫くんは瞳を見開き、口元を抑えた。


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