第3話 彼はネトストでした
──早朝に目が覚めた。
いつもならもう少し惰眠を貪るが、お風呂にも入らずにいたから起きてシャワーを浴びた。
……怖かった。
起きたらあんなことは夢で、何事もない、
何の変哲もない日常だと信じたかった。
でも、目が覚めたら、鮮明に思い出す。
黒田に躊躇なく、箸の先端を向けた。
止めなければ本当に刺していたかもしれない。それほどまでに、迷いなんて微塵も感じなかった。
無理矢理連れ出さなければ……。
考えただけでも恐ろしい。
センスのいい服装、ブランド物の財布、ブラックカード。
ものすごい金持ちなんだろう。
いきなり会計をしたのは何故?
……考えたくないけど、私を連れ出そうとした?
キレイで、何の不自由もなさそうな感じなのに何故? 何故、私?
ご褒美と言う言い回し。
まるで……まるで……病んでいるような……。
俗に言う、ヤンデレだろうか。
ヤンデレって、監禁したり、手足縛って目隠ししたり、手足切り落としてどこにもいけないようにしたり、目を抉られたり。
そんなアニメのシーンが思い起こされる。
酷いとお腹を切り裂いて、内臓に埋もれながら『温かい……』と内部の温もりを堪能したりする……。
現実にそこまでした人は知らない。
私は彼と話したことなんてない。
ましてや、会ったことなんてない。
彼は誰?
鏑木薫なんて名前は初めて聞いた。
熱いシャワーを浴びても、頭はスッキリしなかった。
タオル姿のまま、軽くタオルで拭いただけの髪がポタポタと雫を落とすのも気にも止めず、ベッドに崩れるように寄り掛かる。
名前を知っている。
顔を知っている。
会社を知っている。
……ハッとした。
(まさか……ここも? )
寒気がした。
私は彼の名前と容姿しか知らない。
今彼は何処に?
一昨日出会ったのも偶然ではなく、昨日現れたように必然だったなら──?
私は外に出たくなくなった。
まだ事件には至らないが、迷いのない薫くんのことだ。いつかやりそうで怖い。
━━……♪*゚
ビクッとした。
着信。……黒田佑久の名前が表示される。
あの瞬間まで、誰よりも信用していた人。
今は怖い。勿論彼は被害者だ。
巻き添え以前に、私は恋愛恐怖症だったから。
恋愛はしてきた。それなりに。
ここ数年は、黒田が理由で別れていた。
黒田とランチしたり、アフター5したり、営業ではよくペアを組んだりしていて、大概黒田といる。
それを見た彼氏が浮気を疑った喧嘩別れが多かった。
男女間の友情のありなし。私は有。
黒田には言ってないけれど、言われていい気分はしないだろう。
今は黒田に会いたくない。話すのも怖い。
━━ピー……。現在電話に出られません。ご要件のある方は発信音の後にメッセージをお残し下さい。ピー……。
『あー……、黒田です。おはよう、奏以。昨日はごめん。あんな本格的にヤバそうなヤツだったなんて。守るどころか、助けられちまったな。……出ないってことは、そう、だよな。わかった、俺が適当に言っとくから暫く休め。でも、本気だから……──』
━━プツッ、ツーツーツー。
録音時間が過ぎたらしく、最後は途切れたようだ。
そうか、会社。体は条件反射で動くけれど、頭が拒否していた。
また待ち伏せされたら?
私は何もされていない。
だからって、簡単に人を殺せそうな人に極力会いたくない。
それが人間の本能ってものだろう。
━━ピコン。
無機質な電子音で目を覚ます。
いつの間にか寝ていたらしい。
まだ日差しは強い。
私は時間を確認しようと、目の前のスマホを取る。
何気なく、ロックを外す。
通知をスライドして確認した私の目に、恐怖が宿る。
「?! 」
スマホを取り落とした。
KaoruK『おはようございます、悠華さん』
KaoruK『まだおうち出てないみたいですけど、時間大丈夫ですか? 』
通知は──TwitterのDMだった。
まるで日常会話のように。
通知だけ見れば既読はつかない。
開くのが怖い。
━━ピコン。
KaoruK『逃げられると傷ついちゃいますよ。流石に強引だったなって反省しています。ごめんなさい。』
素直に謝られると、一瞬、悪い子ではないのかなと思ってしまう。
けれど、黒田に箸を向けたときの姿がフラッシュバックする。
ブルっと身震いした。
━━ピコン。
KaoruK『これがオレだって気がついてくれたんですよね? 聞こえちゃいました。盗み聞きするつもりはなかったんです。終わるまで待とうって思ってて、……言われるまで気がつきませんでしたよ。ストーカーなんですね、こういうの。ただオレは、オレのこと知って欲しい一心だったんです』
『純粋故に常識外のことをする』。
どこかで見た気がする。
━━ピコン。
KaoruK『まだ希望を捨てたくなかったんです。……なのにあの男が悠華さんに告白なんかするから許せなくて。貴女の好きで固めてアプローチしたオレが劣ってるようには思えなかったけど、話したことも無いオレは外見から入るしかないじゃないですか。』
私はビクッとした。
Twitterで繋がっているんだから、リツイートやいいねを見れば予測が立つことだ。
……私の為に、あの格好で会いに来たってこと?
私はDMを開かないように慎重にTwitterを起動した。
フォローから彼のページ。
私のように個人情報になりうるものは非公開。性別さえも。
自撮り写真がズラリと並ぶ。
見た記憶がある。
いいねのハートが赤い。
私の事だ、透かさず押すだろう。
何千というフォロワー、何千というリツイートといいね。
私はその中の一人に過ぎない。
少しスライドしてみるものの、何も分からなかった。
その間にも、ピコンピコンと通知音がしていた。
彼は必死に私の好感度を上げたいのだろうが、恐怖が勝ってしまう。
追い詰められている気分になる。
KaoruK『返事、くれないんですね。昨日無茶させたからシャワー浴びてまた寝ちゃってます? 湯冷めしないように髪乾かしてくださいね』
KaoruK『あ、こういうのダメですよね。ごめんなさい。だけど、諦めたくないんです。貴女ならオレを……、いえなんでもないです。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。だからだから、嫌わないで』
ふっつりと音が止んだ。
シャワーを浴びていたことを知っていた?
そのことに背筋に冷たいものが走った。
だからって、私は……彼を突き放せるほど残酷にもなれない。
怖いならブロックすればいい。
そうすれば連絡は来ない。
でもそうすると、玄関の前に居座ってしまうかもしれない。私が顔を見せるまで。
それは怖いし、可哀想だし。
きっとああなってしまったのには理由があるのかもしれない。
手を差し伸べて上げたい気持ちはある。
でもそれは、私の場合は受け入れなければならなくなるだろう。
軽はずみにそんなことはしてはならない。
自分が嫌だし、彼にも失礼だ。
きっと私がお願いしたら聞いてしまいそうだし、更に依存されてしまうかもしれない。
……そう、病んでる人の多くは依存症を持っている。
私には危険なスイッチだ。
だから、ここにいよう。
彼の方がバイタリティありそうだけど。
若いし。
私は若くはない。
だから、負ける時は……死を選ばなきゃ。
彼に殺させないために、自ら死のう。
━━不穏なのに、やけにクリアにそう思った。
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