第4話 彼は嫉妬深い人でした
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「黒田くん」
「はい、部長」
「奏以くんから連絡ない? もう1週間だよ? 」
「……ないですが、確認しておきます」
黒田が伝達をしたことで、部長は黒田と奏以の仲を疑ってはいないものの、連絡係としては認識しているようだった。
連絡していないわけではない。
気を回した日の夕方から、悠華のスマホに繋がらない。電源を切っているのかもしれない。
黒田は後悔していた。
居酒屋に入った時は気が付かなかったが、悠華と話している際、悠華の一つ向こうにアイツがいたのだ。
話を聞き出すまで何も知らなかったから警戒などするわけもなく、芸能人かモデルがお忍びで来ているんだろうくらいにしか思わなかった。
一瞬、女かと思うくらい柔らかいラインで、あの位置からでも分かるくらいキレイな顔立ちをしていて、足はスラッと長く、体型から男だということはわかった。
色素の薄い髪と大きな瞳が、男でもドキリとするほど魅力的で、こんなヤツいるんだなと眺めたほどだ。
すぐ悠華に視線を移したから忘れていた。
黒田は悠華が気になってから、早く伝えたかった。一緒になる機会はあれど、中々チャンスがない。
話を聞いて、今だと告白をした。……それが悪化を招いた。
告白した瞬間、悠華が瞳を見開いたのを確認する間もなく、あの男が一瞬で間に入り込み、黒田の眼球に箸の先端を向けた。1ミリほどしか距離はなく、下手に動けばめり込む。
悠華が止めなければ、本気で刺していたかもしれない。
あの時、告白を止めてもっと注意すべきだったと、今更考えても遅かった。
あの悠華の怯えた瞳。
動けないでいる黒田より怖かったはずだ。
何故悠華はあの場で動けたのか。
黒田は知らなかった。悠華がどんな恋愛をしてきたのかを。
「……黒田さん」
考え事をしながら歩く黒田は、給湯室から手だけで手招きされた。
顔を覗かせると、蛯名がいた。
無言で一つマグカップを渡される。
「蛯名? 」
受け取りながら首を傾げた。
「……奏以さんとあの日、何があったんですか? 」
茶髪の天然パーマの可愛い三年目。
悠華に懐いていることは知っていた。
「え? 」
「私、お二人が飲みに行く約束されているの、聞いちゃったんです。私が知っているのは奏以さんもご存知です」
そのことを知っているのならば、話さねばならないと覚悟を決めた。
「……そっか、蛯名は知ってたか。確かに飲みに行った。アイツが浮かない顔してたから、気晴らしと話くらい聞いてやろうと思ってさ」
「ああ、そういうことだったんですね」
何故かホッとした顔をしていた。
「黒田さんが奏以さんを放って置けないの、分かる気がします。浮かない顔されていたのは気がつけませんでしたけど」
蛯名は見た目こそ、ゆるふわ系でイマドキ女子のようだが、出来る子だ。
「黒田さんのこと、少し気になっていたんです。だから、奏以さんが羨ましいなって思ってました。でも……──奏以さんが男性だったら、奏以さん好きになってたかも、なんて」
「え? 何だよ、それ。俺がコクられてフラれてない? 」
2人で小さく笑い合う。
「そう思ったら、バリバリ仕事されてる2人に憧れてたんだなって気がつけたんですよ」
勝手にスッキリした顔をしていた。
「で、何があったんですか? 今までこんなに休まれること、なかったですよね?
バッチリメイクのキャリアウーマン。
大概一人で仕事をこなしている。
今日も営業回りで、殆ど会社にいた試しがない。
悠華を気に入っているらしく、数年置きにキャリア転職をしていた彼女はずっとここにいる。
「……誰にも言うなよ? 」
「二人で飲みに行く話、私しか知りませんよ? 」
顔を近づけ合い、更に小さな声で会話を始めた。
「アイツさ、ストーカーにあってるんだ」
「?! ……私たち以外に奏以さんの魅力に魅了された人が? 」
「おまえ、本気で言ってる? 」
「当たり前です。奏以さんは気がついてないですけど、黒田さんが奏以さん好きなのバレバレですよ」
「?! 」
暫し沈黙が流れる。
吹っ切れた女は怖い。
「……コクったんだけど、フラれるの確定かな」
心無しか、黒田が小さく見えた。
「ストーカーいる話聞いてコクるとか、デリカシーないですね。俺が守ってやるって意味で言ったんでしょうけど、逆効果だと思います」
バッサリと切り捨てられる。
「あ……」
蛯名が黒田の後ろを見て固まっている。
「ん? 」
振り向くと……──、怖い顔をした華代が立っていた。
「げ……」
「げ、とは何? 黒田? あたしの悠華にストーカー? あんたの告白の言い分はあとで聞いてあげる。……どんなヤツよ? 」
面倒なヤツに聞かれたと溜息をつく。
黒田は知る限り、悠華から聞いた話と、自分が見た事実を二人に伝えた。
「……前々から生息されていたのは知っていましたが、奏以さんもそういうものがお好きでしたし」
「そうね、可愛いものが好きなのよね。悠華自身は着ないけど」
「……待って、俺を差し置いて話進めないでくれる? 知らないんだけど? 」
黒田は知らなかった。サバサバしている悠華ばかりを見ていた。
「あんたみたいな男にはわからないわよ。目の保養には最高よね。……でも、個人情報をどうやって引き出したかよね」
「それに相互って言っても、Twitterってかなりの人がやってますし、黒田さんの話だけでも大概の人がフォローしてそうです。最低でも4桁は下らないでしょうね」
女子の分析能力は恐ろしいものがある。
「その中から悠華だけをランダムで選んだにしては……──ピンポイント過ぎないかしら」
「調べるには高度な解析ツールが必要ですよね。あ、ブラックカード持ってたんでしたっけ。良いとこの坊ちゃんかもしれないから、情報屋とか使ったかも。奏以さんが選ばれた理由はちょっとわからないですね」
女子はヒートアップしていた。
黒田1人では思いつかないことばかりだ。
「……黒田、うちを何屋だと思ってるの?
」
「へ? 雑誌屋じゃねえの? 」
「仕方ないですよ。黒田さんはスポーツ専門ですから」
ここは中堅の編集部。
所謂パパラッチ業務はしていない。
しっかりアポイントメントを取り、取材を個々で進めて記事にするお堅い場所だ。
だから信用第一でやっている。
その為、その信用から色々な情報をいち早く教えてくれる業者も多い。
「薫くんって言っていただけじゃ、絞るの大変ですね。本名なんでしょうけれど」
「キレイな子に好かれるのは至福ではあるけど、ちょっと危ない子みたいだものね」
「……ちょっと待ってくれ。それも大事だけど、部長が安否確認してほしいって」
二人が一斉に黒田を見る。
「……繋がらねえんだよ、電源切ってるみたいで。話し合いも大事だけどさ」
「メール返ってこないから気にはなってたけど、そういうこと」
「大変じゃないですか! 」
黒田は意を決して、二人の肩を掴む。
「……頼む。アイツんちに行って見てきてくれ」
「……既読にならない。家からも出てこない。もう1週間。……──?! 先に調べるべきだった。……電源切れてる」
ガンっと壁を叩くと、重い金属音がした。
指の爪をガリガリ噛み始める。
「悠華さんは……普通の女性、だよね? 調べさせたものには何も」
スマホをホーム画面にし、ファイルをタップする。瞳を見開き、物凄い勢いでタップをし続けた。
そこには、家族、職歴、学歴、友人関係など、凡そ一般では公開されないような内容が書かれている。
早すぎて確認は出来ない。
彼の瞳は、速読の域を超えていた。
「?! 」
何かを感じ、振り向く。
「……女? 」
いつの間にか、夕焼けが射していた。
死角へと移動し、スマホの画面を消す。
息を殺して訪問者を観察する。
「そういえば、私、伺うの初めてです」
「私も、なのよね。部屋には入ったことないから」
茶髪の天然パーマのゆるふわ系イマドキ美少女と、バッチリメイクの黒髪ストレートの美人。
……悠華の会社のリストに載っている二人。
「悠華さんに会いに来た? あの男が手配したの? ……ズルいなあ。我慢してるのに」
ガリガリと爪を噛み続けながら、二人を見送る。
「……邪魔するなら、オレから悠華さんを引き離そうとするなら……──容赦しないから」
ギラギラと二人の背中を見つめながら──。
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