第17話 伸びる魔の手
──カタカタカタカタカタ。
暗い部屋の中、卓上パソコンのキーボードを叩く音だけが響く。
パソコンの光に照らされ、不気味に浮かび上がる無表情の顔。
その光に薄ぼんやりと浮かび上がる部屋の床に、無造作に投げられた黒い塊。
「許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない」
感情のこもらない声で呟き続ける。
「あたしのが可愛いあたしのが可愛いあたしのが可愛いあたしのが可愛いあたしのが可愛いあたしのが可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い」
爪を噛み始め、ガリガリと音が鳴る。
通常の爪より硬質な音がして、パキッと割れる。
つけ爪だったようだ。
下から剥き出しになる血の滲む指のテーピング。
「渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない渡さない」
──ミシッ。
近くの壁に拳をめり込ませる。
よく見れば、パソコンの薄明かりに照らされて、無数のボコボコ痕がある。
芸術などではない、歪んでいる。
心の歪みと一緒に。
「消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ」
画面に食い入るように見つめる。
「なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで! 」
──ガン!
パソコンを叩く。
見ているのは匿名の掲示板。
書き込みをして投稿する。
閲覧しようとするとない。
何度もリロードし、何度も書き込む。
その作業が四桁に差しかかろうとしていた。
いい加減、おかしかった。
電波も通信も正常。
ならば、誰かの妨害。
「ひどいひどいひどいひどいひどいひどいひどいひどいひどいひどいひどいひどいひどいひどいひどいひどいひどいひどいひどいひどいひどいひどいひどいひどいひどいひどいひどいひどいひどいひどいひどいひどいひどいひどいひどいひどいひどいひどいひどいひどいひどいひどいひどいひどいひどいひどいひどいひどいひどいひどいひどいひどいひどいひどいひどいひどいひどいひどいひどいひどいひどいひどいひどいひどいひどいひどい」
分かっていた。誰がこんなことをするかなんて。
付け焼き刃の情報収集能力はたかが知れている。
名前がわかればそれでいい。
しかし、それも上手くいかない。
邪魔をするほどあの女がいいのか。
「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね……うっ」
文字でも打っていたら、目が回った。
送信しても送信しても送信しても送信しても、どうやっているのか、投稿されない。
「……あまり大きく動いたら、また身動き取れなくなる。なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで、なんで! あたし何も悪くないのに! あたしの何がいけないの?! 」
──ガンッ! ガリッ!
パソコンを叩いた位置が悪かったのか、右手のひらをばっくりと抉っていた。
痛みに震えることも無く、ボタボタ落ちる血を眺める。
誰もいない部屋で、止めどなく流れる血を扇情的に舐め、喉を鳴らし、貪る。
恍惚な表情で。白い顔が血に染まるのも構わず。
「……ダーリンの血は甘いんだろうなあ。ああ、早く一つになりたいいい」
叶わない願い。熱に浮かさるように。
「目を覚まさせてあげなきゃ。あたしの元に帰ってきて、ダーリン……」
ばっくりと割れた手のひらは、傷ほどではなかったらしく、溢れるのをやめた。
左手で暗闇をまさぐり、よれよれの包帯を引き寄せる。ぐるぐると適当に巻いていく。
白い部分など殆ど見当たらないほどに、乾いた血の朱が包帯を染めている。
更に傷から滲む新しい朱が重ね塗りを始めた。
気にもとめず、パソコンやキーボードについた血を舐めとっていく。
粗方終わると、また無表情になり、キーボードを叩き始める。
「……あの女がいなくなればダーリンは帰ってくるはずなのよ。あの女が邪魔なの、あの女が悪いの、あの女が惑わせたの。あの女はどう取り入ったのかしら? あたしのダーリンを。あたしの方が女らしいわ。あたしの方があたしの方があたしの方があたしの方があたしの方があたしの方があたしの方があたしの方があたしの方があたしの方があたしの方があたしの方があたしの方があたしの方があたしの方があたしの方が! 」
検索:『
「なんでありきたりのことしかわからないの? 怪しいわ。なら──ダーリンがいないときに乗り込んであの魔女の本性暴いてやる……殺してやる」
律儀にパソコンの電源を切り、部屋の明かりをつける。
パソコンが置いてある机の上以外、意外とキレイだった。
黒い塊はつけていたウィッグ。
脱いだ姿は長めの短髪。薄いサテン生地のシミーズを身につけただけのなだらかな体躯。
紫で統一された部屋のベッドには、着ていた黒のゴスロリセットが無造作に置かれていた。
「あらやだ♡ 」
シミーズの下の方。少し盛り上がり、シミが出来ている。
「興奮しすぎちゃった♡ 」
扉を開け、別の扉の閉まる音がした。
シャワーの音。一緒に聞こえてくる微かな喘ぎ声。
女になりたくて、でも男を捨てられない。
好きなのは男。
それが、彼を壊してしまったのかもしれない。
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