第25話 納得と理解の齟齬
「……納得しろとは言いません。理解はしてください。人間はなかなか納得できない性質を持っています。誰しも、大小あれど、自分の見識世界を持っているものです。それに見合わない、しかも否定してしまうような事柄に出会うと納得なんてできません。しかし、そういう考え方もあるのだという理解はできるはずです」
遊里は俯き、何も言わない。
難しい言い方は避けてみたが、どこまで聞いているかわからない。
拒否して塞いでいる可能性もある。
「人は精神状態により、話をシャットアウトしてしまうことがあります。これを、心に余裕が無いといいます。遊里ちゃんはその傾向が非常に強い。否定されていると感じてしまうと強く反発し、反抗的になってしまうでしょう? 相手を受け入れる準備が一向にできない。欠点と言えるでしょう。しかし、裏を返せば、一途で余所見をしない真面目な子なんです。そう思えるからこそ、ボクはあなたを見捨てられません」
叫んだとき以外、無表情で語る真弦。
彼は表情豊かでないことがレッテルになり、誤解を受けてきた。
それを払拭するために、アイドルという真逆の活動を始めた。女性が羨むほどの美少女顔であったことも一要因だった。
本当は、男らしい顔立ちであればと葛藤した。だがそんなことは整形でもしない限り無理だし、小柄な女性並に低身長が拍車を掛けた。
いっそのこと、女の子になりたい。性転換も考えた。けれどイマイチ踏み切れず、中途半端な自分に嫌気も差した。
だから、外見ではアイドルでのし上がり、補った。プライベートでは中身を磨くことにした。
否定しない。
その信念を自分にも、他人にも適用した。
他人にはそれを強要しない。あくまで自分がそういう対応を、デフォルトとして行動できるようにと。
できた人間としての自分をプロデュースした。
結果、どちらともない存在になった。
いわゆる、中性。現代では、ユニセックスと呼ばれる部類に入るのではないか。
LGBTのどれもしっくり来ない。
たぶん、恋愛という概念がない。
だから──遊里の一途に想える豊かな感情の変化に、静かな嫉妬をしているのかもしれない。
「……遊里ちゃん、ボクは君が羨ましい。誰かを想える情熱が。ボクにはないものだから」
なにがキッカケになったのか。
真弦は覚えていない。
小さい頃、一度旅行に行った。観光地でもなかったので、まったく覚えていない。そこで何かあった気がする。
あの頃はそれなりに大きい方だった。
著しく成長が止まるほどの何かがあったはず。
人間の
はっきり覚えている場合もあるが、覚えていないと自己暗示して見えない状態にしてしまうケースもある。
意識的に押し込めるか、無意識に防衛反応が起きるかは、千差万別で、見極めがつかない。
それが悪循環を及ぼすか、反動となり項を成すかも想定できない。
人間とは個である。人の数だけ考え方や個性があるからだ。どう転ぶかはその人次第。
他人を巻き込んでしまう場合もあれば、抱え込んでしまう場合もある。
環境、性格、付き合う人たち、すべてが人格形成に関わってくる。良くも悪くも本人次第ではあっても。
強く生きろなんて言ってはならない。
人の心は弱くて当たり前だ。
不安のない人間はいない。
「遊里ちゃん……」
「あたし……」
続けようとした真弦の言葉を遮り、遊里が口を開いた。
「遊里ちゃん? 」
「あたし、重いの? 」
頭二つ分大きな遊里を見上げ、真弦は首を振った。
「ボクはそれを、純粋と認識しています。薫ちゃんは、遊里ちゃんを友だちとして大事にしていたんですよ? 」
「うん……、あたし壊しちゃった。あたしだけ見て欲しくなって」
「薫ちゃんは、あなたの置かれてる状況を知りませんでした。しかし、女装氏とは偏見がつきもの。理由は
頷く。
否定しないことは、相手の心を開かせるには重要で、それには嘘があってはならない。
騙すつもりでその行為をした場合、いづれ回り回って本人に知れることになる。根回ししない限りは。
けれど、嘘はバレて然るべき。絶対はない。
親身がどれほど大切か。だが、すべてを肯定してもいけない。
慰めるだけでは、相手は停滞してしまう。
優しい言葉ばかりでは、相手が甘えを覚えてしまう。
優しくいうことと、優しくすることは、似て非なる。
「ボクが付き添いましょう。一人では警戒しかされ兼ねません」
歩み寄ることは、腹を据えて話すこと。
遊里には前科がある。真弦には、遊里に負い目がある。
『か、薫ちゃんは逃げて! 遊里ちゃん、ちょっと何か、危ない! 』
真弦の中で、毎日のように
あの状況下では仕方なかったとは言え、幼馴染を否定したと思っても仕方ない。
未だに、罪悪感が消えない。膨らんだ胸の奥、キリキリと痛む。
「……ごめんね、遊里ちゃん」
「え? 」
表情の変わらない顔が翳る。
「いくら謝っても、ボクの罪は消えません。あなたを更にパニックにさせてしまったんですから」
罪償い。それは、仲介役を担うこと。
だからといって、なくなることはない罪の意識。
「……ああ、あれ。真弦だったんだ」
「はい……」
立場が変わる。
「もう、いいよ。怒ってない。周りが見えてなかったのはあたしだった。ダーリンしか見えてなくて、周りがすべて敵に見えてた。真弦のことさえも。謝るのはあたしもよ。ごめんなさい、一人じゃなかったのにね。ダーリンを好きになったら、真弦の存在を押し込めてしまった。変わらずにいてくれたのに。こんなワガママで、自分勝手で、攻撃的なあたしを見捨てなかったのは真弦だけだったのに」
二人にも歩み寄りは必要だった。
すれ違っていた。必死に話し掛けても、遊里は聞ける状態にはなかなかなれなくて。
真弦は内心、焦りを隠せなかった。
このまま、遊里が変わろうとしないで頑なに貫いてしまったら、第二の事件が起きてしまうのではないかと。
そんなことはさせたくなかった。
遊里は十分傷ついた。何かしたかった。
「あーあ、あたし、真弦のこと好きになればよかったかしら」
「それはどうなんでしょうね」
「わかってるわよ。あなたにそんな甲斐性はないってこと。どちらにも寄れないものね。知ってるから……」
男に産まれながら、男らしくはない。
遊里のように、乙女を貫くほど女に執着もない。
周りの純女や純男を観察したり、遊里のような女装氏や逆に男装氏を観察したりした。
中身を伴った彼らは、見た目に見合った性別に感じた。
真弦はどうだろう。
……どちらにもなれなかった。どちらにも傾倒できなかった。
別に男であることに違和感も不満もないけれど、性的なことが特にわからない。
概念や認識などはわかるが、まったくといっていいほど生理現象が欠落していた。
これは異常だ。それはわかる。
「遊里ちゃんに気を使わせてしまうなんて、ボクもまだまだですね」
「行動は真摯で紳士なんだけどね」
「ダジャレですか? おじさんになるには早いですよ」
「あたしはおばさんになるんですう」
「そんなこといって、一割は男性が残っていること知ってますよ」
「真弦の意地悪」
「元来、ボクは意地悪なんです。知っているじゃないですか」
「ぶう」
久しぶりに笑い合う。
言葉にはしない。それが親友なのだと思う。
「で? ボクが来るまでに何かやらかしてませんか? 薫ちゃんに会ってしまったんですよね? 」
「あ……」
忘れていた。
「はあ……。何をしたか、洗いざらい話しなさい」
覗き見からの、悠華宅に侵入したこと。
そして……。
「バカですか?! 不法侵入した上に盗聴器を仕掛けたなんて! バレたら塀に逆戻り案件ですよ?! どれだけ無計画で無鉄砲なんですか……」
「だって、あの女の化けの皮剥がしてやりたかったんだもん」
「言い訳は入りません! やるなら身辺調査からでしょう? 身近な人に話を聞くくらいならまだ咎められません。というか、鍵開けなんてどこで覚えたんですか? 」
額に手をあて、よろめきそうになるのを堪えた。
「そんなの、イマドキネット漁れば……」
「わかりますよ! なんてもの見てるんですか?! ……終わったら覚悟してください。常識を叩き込んであげますから」
下から感情のこもらない瞳で見られる。
遊里は思わずぶるっとした。
「……ご、ごめんなさい」
今は和解に加えて、弁解するための計画まで考えなくてはならなくて、真弦は頭を抱えるしかなかった。
「遊里ちゃんは昔から考えなしなんです。大人しかった小さい頃からね。大人が怖くて隠れる場所を探して、布団のある押し入れに入ったはいいですけど、雪崩が起きることを想定しなかった。埋もれて、顔面蒼白になってバタバタしていたあなたを助けたのは誰だと思ってるんです? 」
「う……、真弦」
「ですよね。ボクが通りかからなかったら、意識を失って大騒ぎになるところでした。……自覚してください。あなたは後先を考えなさすぎだと、ね」
「……はい」
真弦自身も忘れていた。記憶から消えそうなほどに大人しかったのに。
深層では忘れ得ぬ、遊里の行動原理。
人となりを、感覚では覚えていたということになる。
今こうして、対峙してわかる。
明るくなったとはいえ、遊里は遊里なのだと。
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