第24話 腑に落ちない
当たり障りのない談笑を、食事とともにし、流れで解散となる。
このままカラオケに雪崩込むぞ、よし2件目だ、なんてメンツでもない。
「え? 悠華さんを送らせてください」
しれっと言う元ストーカー。
「何言ってるんですか。和解したとはいえ、あなたには前科がありますよ」
蛯名に冷たい視線を向けられる。
傷害未遂、誘拐だけでも豚箱にいれることが可能だ。
しかし、彼らは知らない。
不法侵入まで侵していようとは。
統計的に、ストーカーの罪認識度は低い。
悪い事をした、という概念は存在するものの、それが法で罰せられるレベルがまでは個人差が大きい。
どこからどこまでがストーカーなのかでも見識が分かれるところだ。
『ストーカー規制法』
法律の規制対象となるのはつきまといなど、「特定の者に対する恋愛感情その他の好意の感情又はそれが満たされなかったことに対する怨恨の感情を充足する」ことを目的にする行為に限られる。
とされているが、パッと見、言い方を難しくしているだけで、つきまといとは関連が薄いように感じる。
つきまとってる段階は、まだ伝えてない場合も含まれる。
遊里のように拒否されたことを拒絶している場合も当てはまらない。
薫の場合、不法侵入という概念はなく、勝手に人様のおうちに許可なくあがるのは失礼だ、レベル。
しかし、彼らはまだ可愛いと言える。
遊里は妄想恋愛を作り上げても、自宅を同棲場所として定義づけたことにより、矛盾回避策を無意識に取っている。
いいことかといえば、よくはない。
しかし、ニュースなどにあげられるほどのストーカーは、ひどい矛盾にさえ気が付かないのだ。
自宅から相手の家に、留守を見計らっていく。勝手に合鍵を作ったり、針金やヘアピンなどを使って侵入する。
この時点で脳内齟齬が発生している。
不法侵入ではなく、自分は恋人だから入っていいという、謎の認識展開をしている。
我が家のように入り、我が家のように物色する。
中には罪悪感からか、恐る恐る警戒しながら窃盗を働く者もいる。
ストーカーの定義は多岐にわたる。
自宅・学校・職場などでのつきまとい・待ち伏せ・押しかけなども含まれる。
行動調査をしたり、返信もないのにメール(DM)を送る行為も当てはまる。
これは身体の安全、住居等の平穏若しくは名誉が害され、又は行動の自由が著しく害される不安を覚えさせるような場合のみ適用される。
薫は完全にアウトだということがわかる。
しかし、悠華が訴えない性格だったために事なきを得てしまっている。
精神的負担は目には見えないために、近年になって、ストーカー規制法ができた。
DVなど暴力が主だっていることは、今でも変わらない。
……すべて受けてきた彼女の精神状態は未だにわからない。
被害者が何もしなければ、何も言わなければ成立しないあやふやなものなのである。
「あたしがいるから大丈夫よ」
「私なんて、黒田さんに送られなきゃならないんですよ」
「おい、ほんの数日前まで俺に憧れていたのは誰だ? 」
「気の迷いだったって言ってるじゃないですか? なんですか? ほんの数日で私に乗り換えようとしてたんですか? ちょっと引いちゃいますね」
「おまえ、口が減らねえな! 」
「黒田さんは語彙力がないですね。それでよく記事が書けますよね。記事は作文じゃないんですよ? 」
「からかいからディスりになってるぞ?!
」
「落とし所しかないからじゃないですか」
二人のコントも、これから恒例行事になりそうだ。
テンポの良いやり取りを止める者はいない。
「誰かこいつの口塞いでくれよ……、さすがに心折れそうになる」
「いい大人がそんな程度でなんだと言うんですか」
「おまえは容赦がねえんだよ! 」
「男性なんですから耐えてください。むしろ、女性に罵られるのはご褒美じゃないんですか? 」
「悠華さんならご褒美ですね」
「なんつうとこで入ってきてんだよ?! 広げんなよ?! 」
茶番劇は、薫が爆弾発言したことにより、悠華が困惑顔をしたので終止符が打たれた。
「……で、黒田さんに聞くのもどうかと思いますが、どう思います? 」
「いきなりじゃわかんねえよ。しかも、俺に恨みでもあんのか」
主語を言えと言うことを諦めた返答を返す。
悠華と華代、薫と分かれた二人。
「特に私怨はありません。さすがに失念していました。華代さんと
「ディスりかよ。あ? 華代? あいつがどうしたよ? 逢鈴? ああ、アレか」
名前を出されてもピンとこない。
育ちもあってか、突飛もない視点から見解を繰り出してきた蛯名。
今回もまた、気になることがあるのだろう。
「ええ、華代さんはさすがに性的な表現を避けるのは至極当然といえば当然なのですが……」
「歯切れ悪いな。何なんだよ? 」
「……奏以さんと一緒だったとおっしゃっていたことが引っ掛かっていまして」
「友だちなんだから一緒にいてもおかしくねえだろ」
「それはそうなんですが……」
「なんだよ? 」
変わらず歩きスマホをする、歩くマナー違反美少女は、またしても画面をつきつけてくる。
「……佐藤の本? 」
「はい、フィクションですが、『幼百合学のススメ』というのが気になっていまして」
「百合学? 」
「まさか、百合を知らないんですか? 」
「……知らねえ」
「今日日の若者が百合や薔薇を知らないんですね」
「うっせ、オタク用語か何かだろ」
「え? ……正解です」
「バカにしやがって」
黒田の知識はスポーツ全般だが、単語ならいくらか他ジャンルもわからないではない。腐っても記者だ。
「百合はGL、薔薇はBLとも言われています。二十年以上前にはすでに存在はありましたが、名称としてはそれよりあとに後付けで作られた感じだと思われます。GLはガールズラブ、BLはボーイズラブ。同性愛の名称です」
「同性愛? 」
「はい。大昔からそういう愛のカタチはありましたが、近年2次元、アニメーションの世界でも話題になって認識が広がりました。現在では、LGBTという分類が生まれました。レズビアン・ゲイ・バイセクシャル・トランスジェンダーの頭文字から取られました。トランスジェンダーは少し違う感じですけれど」
レズビアンは百合やGL、ゲイは薔薇やBL、バイセクシャルは性に縛られない恋愛対象として広く知られている。
トランスジェンダーは性同一性として、生まれた性別と必ずしも一致しないことと言われているが、恋愛対象としては限定はされていないため、バイセクシャルと似通っている面がある。
「分かりやすい例が、鏑木さんの言っていた鏑木さんのストーカーくんですね。彼はトランスジェンダーとして心は女性です。恋愛対象は男性、と言っていいのかは怪しいですけれど」
「鏑木が好きなら男じゃねえの? 」
「見た目、美少女ですからね。家族に否定されている点から考えて、執着の対象が恋愛の対象の可能性があります」
「たまたまアイツだっただけで、相手が女だったら女を好きになった? 」
蛯名は頷く。
「精神状態によりけりですが、私たちのように性別に違和感のない、むしろそれを当たり前のように感じている立場でもそれは起こりうるというという話です」
「……気持ち悪いぞ」
「それ、彼らにはものすごく失礼な発言ですよ。デリカシーないですね、さすがです」
「すかさずディスるな。俺だったら男は無理だって話だ」
蛯名は口を閉じると、人差し指を唇にあて、少し思案顔になる。
「……こうしましょう。鏑木さんのような美少女顔の男性、若しくは逢鈴さんのような美女顔の男性で性格はお淑やかなタイプなら、騙されませんか? 」
「は? 」
「あんな女性より女性らしい顔立ち、スタイルは貴重ですよ? 」
「騙されろって言うのかよ」
「いえ、性的な対象としてありかなしかのお話です。性的でなくとも、恋愛にはプラトニックというものがありますから」
「おまえがこええよ……」
「私は否定しないスタイルなんです。むしろ肯定に近いですね。わかりやすくいえば、人間として一括りに考えています」
要するに、人間が人間を想うことは当たり前なのだから、そこに性別の概念のありなしを求めるのは野暮だと言いたいのだ。
「おまえはあり、ってことか? アイツらが女であっても」
「質問を質問で返すなんて失礼にもほどがありますよ」
「おまえが言うな、失礼のオンパだろ」
「酷いですう、パワハラモラハラですう」
「このやろ! 」
傍から見たら、カップルのじゃれ合いにしか見えないやり取り。
ビジネスだけで認めあっていた二人。
腹を割り、先輩後輩の隔たりはあるものの、友人に近い関係になった。
けれど、超えてはならない一線は誰よりも理解している。他の誰よりも。
見た目爽やかイケメンで、お人好しで誰よりも普通な面を持つ黒田。
見た目イマドキゆるふわ女子で、インテリで誰よりも達観した面を持つ蛯名。
真逆だからこそ、刺激になる。
本人たちはただただお互いが面倒な人間だと思っている。
人間なんて複雑で面倒な生き物であることに変わりはないのに。
それは当たり前すぎて、誰もが見落としていること。
語る程でもない、他愛もない、それが一番重要であることにも気がつけない。
だからこそ、人間とは愚かしいほどに愛惜しい生き物だと思う。
「蛯名先生のご高説はかなり勉強になります。んで? 何が言いたいんだよ? 」
「あら、褒められている気がしませんね。でも、ありがとうございます。はい、今までのは仮定するための地盤固めでした。黒田さんの知らない世界でしょうから」
「おまえも知識だけだろ」
「確かに話を聞いても、体験はしていませんね。結論を言いましょう。私の見解は、あの事件で百合強要され、華代さんはレズビアンになった可能性があります」
黒田がフリーズした。
「おい、それって……」
「……ええ、この本があるところからの推測に過ぎませんが、ないとは言えません。二人は──そういう行為を求められた可能性が高いです」
「く……」
「まあ、黒田さんには辛いですよね。好きな人がそんな経験があるなんてことが本当ならば」
「……ああ、本当ならば佐藤をボコりたい。許されるなら殺したいくらいだ」
真顔になる蛯名。
「ねえ、黒田さん」
「あ? 」
「黒田さんは普通の人の目線だから話せましたが、これを鏑木さんに話したらどうなるでしょうか……」
二度目のフリーズ。
「……華代も危ない? 」
「すべて可能性ですが、女性を傷つけないことに固執している鏑木さんではあります。物理には訴えないだけという可能性がありますよね」
「そこは他人だからわかんねえな」
「ええ、私たち、協力関係にあっても知らないことだらけです。私と黒田さんでもあるのに、彼ならなおさらですよ」
人間とはすべて分かり合える人なんていない。妥協を重ねて共有し、共存しているにすぎない。信用も信頼も、その中で成り立つ。
人間とは本来、誤解しやすい生き物であり、近い感性間で理解をしたつもりでいる。
それでも、誰かを信じたくてもがいている。
自分が嫌い、人が嫌いとは言っても、心の底では人間という生き物に執着しているのではないだろうか。
執着のない人間は、すべてにおいてない。
悲観的に思われがちだが、開放的でもあるわけだ。何にも囚われないと同意義でもあるのだから。
「ここで可能性や仮定ばかり話していても、前進しませんけどね。私たちは、個人を知っても、その背景である育った環境を知りません。個人の口から聞いても、それがすべてではないのです。だから、だからこそ今回は、それを知る必要がすこしあるかもしれません」
「……華代の? 」
「華代さんもですが、必要のある人は、奏以さんや鏑木さん、逢鈴さんもですね。逢鈴さんは出会ってすらないですが、会わないで済む人ではないでしょうし。……かなり面倒そうですから、クッションになってくれる人が欲しいところです」
「頭痛えな……」
「考えているのは私です。黒田さんは理解から入ってもらわなければならないので」
「遠回しに落とすのやめろ」
「無知を認めてください。いくらでも享受しますから」
溜め息とともに、冷めた目を向ける。
「そんな態度で享受されたくねえよ! 」
「だって、あまりに知らなすぎですよ。もうちょっとくらい知っていて欲しいです。次会うときまでにいろいろ調べて、最低限の基礎知識つけてきてください」
「はいはい、復習は大事っすよね。蛯名先生」
かかわるべくして関わった。
しかし、面倒には変わりなくて。
複雑な人間の縮図の中で、足掻く決意をしたのだった。
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