第13話 招かれざる客
──すべてには困難がつきものだ。
「やだあ、こんなとこいたあ! ダーリン!
」
掠れた甘ったれ声。
オレはうんざりした。
今1番聞きたくない声。
そもそも聞きたいのは悠華さんの声だけだ。
「
心底嫌そうな顔をしてやった。
そこにいたのは、ガッツリと黒いゴスロリに全身真っ黒な喪服と見紛うばかりの装備を固めた見た目綺麗系長身美女。
「ダーリンつれないー! ……てかあ、誰その女」
汚い目で悠華さんを見るな。
「お前なんかに関係ないだろ」
「なんでえ? あたし、彼女じゃん! 」
「付き合った覚えなんかない。消えてよ」
「ひっどぉいー! 」
オレに擦り寄ろうとするのを避ける。
「……男の娘? 」
悠華さんが首を傾げる。
「女装の知り合いなだけです。ごめんなさい。ちょっと移動しましょう」
遊里を無視して悠華さんの手首を掴む。
「え? でも、薫くんに用があるんじゃないの? 」
「オレはないからいいんです」
早く遊里から離れたかった。
アレはマズイ。俺のストーカー。
「ちょっと! だから、何なの?! その女!
」
「彼女に何かしたら……許さないからな」
悠華さんに見えないように威嚇した。
流石に怯んだようだ。口を閉ざした。
「許さない? 許さないのはこっちだよ……。なんで、なんであたしじゃないんだよ、こんなに好きなのに……」
呟きが聞こえた。手遅れかもしれない。
オレは女装仲間として、友だちだと思っていた。──告白されたとき、しっかり断った。
だけど、彼は諦めるつもりがないらしく、何度も告白してきた。その度に断った。
気持ちはわからなくもない。本気で好きなら諦めたくない気持ち。
それは──オレが悠華さんを想う気持ちと変わりはないから。
でもアレはマズイ。実績がある、傷害罪の。
オレの近くにいた女性から男性まで、数人が重軽傷を負った。ニュースにもなった。
──2年前某月。
秋葉原で女装氏と女装氏好きの集まるオフ会で。オレに皆、興味津々で。
それを見ていた遊里が、罵詈雑言をドスの聞いた声で叫び散らした。何人かびっくりして、気分を害して帰ってしまった。
諌めようとして残った十数名。
遊里は誰の話も聞かず、オレに近づくなと喚き散らした。
「僕はあなたを友だちとしか思えないって言ったでしょ?! 」
ギリギリで参加したらしく、遊里が来るなんて知らなかった。いるのを見て青ざめた。
最初は普通にオフ会を楽しんでいたのに。
「ふざけないで! あたしはもう彼女なの!
ダーリン、あたしだけを見て! こんなヤツらから連れ出そうと思って来たんだから!
」
最初から、最初からそのつもりでそこにいたのだ。
性同一性障害。
声までは完全に変えられず、男らしさが残る女声。叫べば地が出る。
注射を打つつもりは無いらしい。
「か、薫ちゃんは逃げて! 遊里ちゃん、ちょっと何か、危ない! 」
「でも……! 」
他の女装氏に無理矢理手を引かれ、その場から引き離されようとした。
「誘拐しないで! ダーリン! ダーリン!
」
レースのバッグに手を入れる。出てきたのは包丁。男の力で周りを威嚇と牽制なんてものではなく、刺して道を開けようとする。オレに向かってくる。
叫び声と呻き声、泣き声が響く。
血が飛び散り、地獄絵図が広がる。
腕を刺された者、酷いとお腹を割かれている者。
腕から、お腹から、足から、目から血を流す。
無差別に切りつけていく。
真っ黒なゴスロリ、真っ白な肌に返り血を浴びながら、顔を歪ませている。
ただ邪魔だと言わんばかりに。
「やめろ! 遊里! おまえなんか大嫌いだ! 」
地で叫ぶ。その一言で遊里は止まった。
膝をつき、涙を流し、焦点の定まらない瞳を彷徨わせ、ブツブツと聞こえない声で何かを呟き始めた。
それを逃さず、軽傷のメンバーが警察に通報し、取り押さえた。
抵抗はしなかった。オレの一言で──完全に精神が崩壊した、そう思う。
警察が来る前にオレは帰らされた。
だから、野次馬やニュースを見ただけの人は誰も原因がオレだなんて知らない。
幸い、死亡者は出なかった。
……彼は独房に入った、はずだった。
なんでおまえがここに……いるんだよ!
少しでも離さなければ。
「すみません」
一言告げてから、悠華さんをお姫様抱っこする。……したいとは思っていたけど、こんなシチュエーションじゃない。
「え? え? 」
慌てる彼女に説明もままならないまま、オレは駆け出した。
「ダーリン?! ちょっと! 」
気がついて走ってくるが、オレに追いつけるはずもなく、すぐに見えなくなる。
あの場所が悠華さんのアパートだと気がつかれてないといいけど。
「ねえ! 薫くん! どうしたの?! ねえったら! 」
戸惑って赤くなる悠華さんが可愛くて、思わず頬が緩む。
「もう少し先に行きます。アイツは──悠華さんが会ってはならない人種とだけ伝えておきます」
どこをどう走ったか、民家や古いアパートが立ち並ぶ一角に、小さな公園が見えてきた。
そこへ駆け込む。幸い、閑散としている道を無意識に選んだので、人っ子一人いない。
「すみませんでした。……アイツはオレのストーカーなんですよ」
悠華さんをベンチに下ろしながら。
「ス、ストーカー……」
悠華さんが青ざめた。
ふとまた、オレは冷めた目をしてしまう。
悠華さんもストーカーに会っていたんだ。
オレ以外にも。
オレみたいにはさせない。
オレはもうストーカーしない。真正面から彼女を見たいから。
「オレが……──オレが絶対に守りますから」
地面に膝をつき、震える悠華さんの手を握った。
小さな、繊細で綺麗な手。
このぬくもりを守り抜く。
本気で好きだから……。
外温と少し血の気が引いたせいで、下がった体温を戻したくて、握る手に力を入れた。
……あんなタイミングで来るなんて、バットタイミングだ。
これからだっていうのに。
未成年だからと観察保護がついた執行猶予にでもなったんだろうか。
15年入るとばかり思っていた。
結果までは気持ち悪くて見ていなかったことを後悔する。
もう二度と会わないと思っていたから。
「大丈夫、大丈夫。……オレも人のことは言えないかもしれない。でも、貴女が嫌がることは絶対しないと約束します。したら、叱ってください」
「え? うん」
「……怖がらせたくはないですが、アイツは怪我人を多数出しています。きっと貴女に危害を加えようとするでしょう。だから、全力で貴女を守ります。……なので、オレから離れないでくださいね。本当は──もっとゆっくり、悠華さんのスピードに合わせたいんですけど。ごめんなさい、巻き込んで」
悠華さんへの申し訳なさと苛立ちが襲う。
アイツが現れなければ、こんなことには、と。
「だ、大丈夫だよ。気に病まないで。私、大人だし」
笑顔がぎこちなかった。
こんな時まで他者を気遣う。
大人なんて理由にならないことくらいわかっているはずだ。
なんで? なんでそうまでして……。
胸が締めつけられた。
いっそのこと、オレの部屋に連れて行って部屋から出さなければいいだろうか?
こんなに人がいいなら連れていくのも容易だ。誘導する言葉なんて選び放題。
そうしたら、オレは悠華さんとずっと一緒だ。
優しくしてあげよう。甘やかしてあげよう。
トラウマから解放してあげよう。
オレだけを見てもらえる。オレだけの悠華さんに出来る。
悠華さんにあの服たちを着てもらおうかな。
きっと似合うよ。お揃いにして、2人で着るんだ。
姉妹みたい? 違うよ、見た目レズカップルとか最高じゃない。
そう思ったところで我に返った。
違う、それじゃダメだ。
女装は好きだけど、男らしいところを見せたい。
騙したくない。信用されたい。信頼されたい。
「貴女は女性で、オレの好きな人です。だから、気に病んでいるわけではなく、貴女のためにやれることがあるのが……嬉しいんですよ」
悦びです、と言おうとして留まった。
言葉は選ばないと。
──遊里は何かしてくるに決まっている。
オレが怖がらせている場合じゃない。
オレが守るんだ。
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