第21話 視線を感じる
──あたしは完璧だ。
でも、何故かしら。
最近視線を感じるの。
あたしにストーカー?
嫌だわ、ダーリン! あんな女よりあたしを守ってよ!
監視の目は誤魔化せているはず。
あたし、品行方正だから、呼び出しの連絡も一週間に一回程度。
多少動いてもバレないはずなの。
だけど──見られてる。誰なの?
あたしの美貌に目が眩んだバカな男かしら?
……振り返って見る。
誰もいない、と思う。
電柱なんて人がいたらはみ出るものだし、足音も聞こえない。
慎重になり過ぎて、過敏になってしまっているだけかしら?
……もしかしたら、ダーリンが謝るために近づいてきてたりして。
どうしよう。許してあげようかな。
あたしたち、付き合っているんだもの。
同棲しているんだもの。やり直せるわ。
そう思って周りをみてみるけれど、どこにも見当たらなくて。
やきもきした。
まだあの女といるの?あたしといてよ。
あたしならダーリンを幸せにできるのに。
あんな女、鮭の群れにいたら真っ先に傷だらけになって、川を遡れずに死んでしまうタイプじゃない?
あたしは違う、違うんだから!
ダーリン(伴侶オス)の傍から離れず、流れに乗りながら、ダーリンの子ども(卵)をお腹に宿すの!
うふふ、考えただけで感じちゃう……。
体を快感に震わせ、帰路に着こうとした。
けれど、消えない気配。
妄想だけで元気になってしまったものを、更に妄想で処理すべく、足早に移動する。
「……何? 何なの? 」
──見えない視線の主に怯える。
ダーリンなら回りくどいことしないわ。
──ストーカーはストーカーの心理がわかる。無意識に、無自覚に。
「だれなの?! ねえ! 」
力には自信があるの。女らしくって思ってたけど、そこはやっぱり男で嫌になっちゃう。
だけど、自分の身くらい自分で守れなきゃだもの。
──振り返り、身構えるが、誰も出てこない。
「何なのよ! もう! 」
──確かに感じる視線。見えない恐怖。
「やだやだやだ! 」
──半分パニックになりながら、自宅へと帰路を急ぐ。
「ハァ、ハァ、ハァ……」
──マンションのセキュリティを指紋認証で開け、自動ドアが開けきらないうちに駆け込んだ。閉まるのが遅く感じる。閉まると深い溜息をついた。
「ハァー……」
──透明な自動ドアを睨みつけるが、誰もいない。
「……気の所為、じゃないはず」
──確信を持って言うが、上手く言葉にできないでいた。
「……こちらで構いません」
「
真っ白なリムジンから、ツインテール美少女が降り立つ。
運転席から素早く降りて、恭しく介添えをする執事服のイケメン。
「……佐藤、おまえは先に帰りなさい。ボクは、自力で帰ります」
「毎度毎度それで迷子になり、呼び出しをされるのはどこのどなたですか? 」
「うるさいですよ。今日こそは一人で帰ってみせます」
ツインテールがふわりと舞い、眠そうな瞳には眼鏡が添えられている。
「わかりました。くれぐれも、お目立ちになりませんよう」
「分かっています」
人気アイドル『mitsuru』。
小中高生や二十代を中心に、熱烈なファンが数十万人いる。
興味が無い人でも名前くらいは知っている、知名度抜群のアイドルだ。
ステージに立っていない時は、145センチの身長からか、あまり視認されない
今までよく発見されなかったと佐藤はヒヤヒヤものである。
更に神薙コンチェルン次期総帥にして──神薙家長男である。
本作三人目にして、最後の男の娘。
歌って踊れる、頭脳明晰のミニチュアハイスペック。
持ち前の頭脳で家族さえも口説き伏せた強者。現在、下はついているが、女子高生として生活。唯一胸に注射した、お胸のある男の娘である。
しかし、いつもリムジン移動している弊害か、方向音痴だ。
「……おバカさんで助かりましたよ。遊里ちゃん」
佐藤を追い払い、1人呟く。
遊里を遠巻きに観察していたのは、真弦だった。
「……調べて正解でした。絶対に薫ちゃんの前に現れると分かっていましたから」
遊里のいるマンションの前に立つ真弦。
眼鏡越しの瞳は蒼く、冷たい。
彼の瞳の裏には──二年前の惨劇が鮮明に蘇る。
あの中に真弦もいた。
遊里とは同い年。親近感もあり、それなりに仲はよかった。
神薙家と逢鈴家は、ジャンルは違えども格式ある家柄同士。昔から交流はあった。
正直、女装イベントで会うまでは、お互いのことをあまり知らなかった。
少し違うのは、遊里は心は女性であり、真弦は中性であることだ。因みに薫は男性だけれども。
真弦が今、この場にいることには意味があった。
二度と繰り返させないことは元より、病んだ根本を刈り取る裁断をするためだ。
……そう、遊里が妄想に取り憑かれたのは、家族に否定されたから。
遊里の家族に理解させ、勘当を解かせる。
そのためには、新たな事件を起こさせないというのは当たり前の話。
荒んだ心のケアをしなければならない。
だから、現状を把握しに来たのだ。
「頭は悪くないんですが、ね」
小さな頃はキレイな顔の割に、主張しようという気迫がなく、いつも家族の影に隠れて大人しくしていた記憶がある。
真弦は真逆で、昔から態度がデカかった。
よく遊里に話し掛けたのだが、中々口を開かないので飽きて記憶が薄かった。
だからなのか、名前だけは覚えていて、変貌ぶりに驚いた。
同じ土俵にいる嬉しさから、やっと仲良くなれた幼馴染のような気分だった。
けれど、様子がおかしかった。
……鏑木薫。彼に傾倒する
「あなたを明るくしてくれたのは有難いと思いますが……」
無表情な顔を少し
愛情に飢えた人間ほど、人の好意に過剰反応してしまう。
拒否反応を示して警戒する人もいれば、勘違いして固執や執着してしまう人もいる。
遊里が後者。承認欲求も人一倍強い。
否定されることを拒み、否定を都合のいい解釈をして回避する。
一見すると合理主義だが、記憶を自分の都合に合わせて改竄し、修正してしまうので意味合いが変わってくる。
いき過ぎた自己防衛とでも言うべき事柄だ。
そうまでしなければ自我がたもてない、とも取れてしまう。
このような状態は、ヒステリックな人に多い。
否定されると、自分は悪くないと相手を必要以上の罵詈雑言で責め立て、自分を正当化するのだ。
大概が、根底では認めている場合が多い。
自分より悪い人を突き出し、そちらに目を向けさせ、それ以上の追求を無意識に避ける。
或いはシャットダウンして聞かない。
叫んだり怒鳴ったりして、相手を諦めさせる。
大小あれど、かなりの比率でこのようなタイプがいる。
暴力に訴える人もいる。
危険思考とまとめるべきか、否か。
特に遊里は、既に傷害事件を起こしているほどの危険レベルなのだ。
「ボクも……──あなたがそこまで拗らせていると気がつけなかった落ち度があります」
彼をそこまで発展させてしまったことは、家族の責任である。
それを彼の家族は放棄した。今一度、認識してもらわねばならない。何せ、まだ彼は未成年なのだから。
成人してからならば、自己責任も伴うけれど。
寄り添えない人がいるのも否定してはならないが、家族はそれを担う義務が発生する。
理不尽だろうがなんだろうが。
どんな育ち方をしたかまでは、真弦にはわからない。
親睦があっても、声をかけた身であっても。
本人の口から、家族の口から現状を聞かなければならない。
「それを考えたら、ボクは幸せすぎるほど幸せに育ちすぎたのかもしれませんね」
さて、とスマホを取り出す。
呼ばれたときには、流石に出ていけなかった。今呼び出したら、相乗効果が発生しかねない。
「どうしましょうか……。ボクとしたことが、少し性急すぎたかもしれません。しかし……──ことは迅速に行わなければならないのですが」
──マンションを見上げ、思案に暮れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます