第20話:悪霊と少女

「あっちだ!」

「分かった」


 エルナの匂いを辿って進み始めたウルが、途中で何かに気付いて駆け出す。

 すぐ後ろを追いかけていたミランも遠見で、それを確認する。

 微かに森の奥、木々の隙間から漏れ出ている光。

 おそらくウィルオウィスプのそれだろう。


「エルナ!」


 大声でその光に寄り添われるように歩いていた、緑色の髪を揺らす少女に呼びかける。

 だが、声を掛けられた少女は振り返ろうともせずに、先へと進んでいく。


「聞こえていないのかな?」

「わからん、だがもう悠長にしている時間は無さそうだ」


 少女とウル達の間を阻むかのように、木の影から影へと何かが移動する。

 はっきりと肉眼で捉えることは出来なかったが、視界が揺らぐような感覚と共に光球とエルナの姿が歪む。

 すぐにその姿は元に戻ったが、また何かが横切る。

 そして同じように、彼女たちの姿が霞む。


「こいつは」

「ゴースト?」


 いきなり駆け出したウルとミランから少し遅れて、ユクトとアベルも合流するのと同時に一陣の風が彼等を通り過ぎる。

 まるでなにかに当てられたかのように、彼等の心に不安や怯え、憎しみが湧き上がる。

 大切な何かを失ったかのような虚無感が、その心に去来する。

 

「うっ……なんだ? 悲しみ」


 ユクトが目の端から自然と流れ落ちる涙をぬぐい、何もない空間を睨み付ける。

 

「う……うぅ……いや、やだ……行かないで! 連れて行かないでよ!」


 その横で地べたに蹲って、頭を押さえてイヤイヤと首を振るミラン。


「くそっ……気分がわりー」


 一方のアベルはそこまでの影響が無かったらしく、嫌そうな表情を浮かべつつも剣を構える。

 斜め前に立つウルも同様に、鼻の頭に皺を寄せて低い声で唸る。


「ミラン!」

「いや……いやなの! ここどこ? エルナ?」


 錯乱気味のミランに駆け寄ったユクトの手を振りほどいて、彼女は立ち上がると森のその場にユラユラと揺れ始める。

 

「エルナ?」


 それからゆっくりと森の闇に向かって歩き始めた彼女を、力づくでユクトが引き留める。

 

「離して!」

「くそっ、ウル!」

「あそこだ!」


 そのやり取りを横目で見ていたアベルがウルに確認すると、彼は1本の木の影を指さす。

 現状ゴーストに対する手立ては持っていないが、それでも何かしらの効果を見込んでその辺りに剣で斬りかかる。


『キャアアアアアアアアア!』

「いやあああああああああ!」


 と同時に聞こえてくる、女性のような鳥のような甲高い叫び声。

 そして、それに呼応するようにミランが髪を振り乱してその場に座りこんで、空を見上げて叫ぶ。


「流石に聖水なんか用意してねーぞ!」

「あっても、ミランの気付けくらいにしかならん。奴は強い」

「なんで、いまそれを言うんだよ!」


 対抗手段を持っていないことを嘆くアベルに、ウルが追い打ちをかける。

 びっくりした表情を浮かべたアベルが凄い勢いでウルを見るが、彼は目の前のゆらぎに視線を合わせたまま牙を剥く。


「気休めだけど、こんなのならあるよ」

「塩……って、まあベターだけどさ」


 ユクトが腰に付けた皮の袋から取り出したのは、真っ白な塩。


「せめて魔よけの護符くらいあれば」


 魔よけの呪符とは言うが、これも特に効果的かと言われるといささか疑問が残る。

 この世界のゴーストは感情と魔力、そして魂の残滓で形勢されている。

 存在を留めるのに不足した魂の部分を、感情と魔力で補っている。

 故に、魔よけの護符というものが、対抗手段として作られいる。

 その実情は魔力を通さない工夫がされた、ただの紙や布だったりするが。

 確かな効果もある、お守りなのだ。


 だが、そんなものは誰も持っていない。

 それに対して塩というのは邪を祓うとされているが、その理由は知られていない。

 魂、もしくは感情の部分に軽微な影響を与える程度の認識だ。

 そしてそんなものでも頼りたくなってしまいそうになるが、現実的にゴーストをどうにかしないと現状は打破できない。


「エクソシストなんて、居る訳も無いし……呪い師や祈祷師なんてのもいやしねーぞ」


 アベルのつぶやきに、ユクトが反応する。

 呪い師や祈祷師は鎮魂の儀を行うことが出来る。

 それは、自身の魔力を使って、ゴーストの魔力を中和し。

 感情に呼びかけ、荒ぶる心を静め。

 魂の残滓に輝きを与え、浄化と昇華を行う儀式。


 そして彼はそれを幼い頃に何度か、すぐそばで見て来たことがある。

 そう、彼の母親は呪い師のジョブ適性を持っていた。

 そのため彼がまだ小さなころは、彼女の仕事に付いて行くこともあり、物語の代わりに話を聞かされたこともあった。


 やり方自体はおぼろげながら知っている。

 だが、彼にはそれを使う為のスキルがない。

 道具も。


 母親のジョブに起因したジョブ適性だったらと、歯噛みする思いで目の前のミランを眺める。

 いや道具はある。

 簡単な破邪ならそれだけで出来たはずだ。


 憑かれた直後、もしくは当てられた状態だけなら。


 彼は幼いころにみた母親のそれを、見よう見まねで再現する。


「ミラン!」

「んぐっ」


 ユクトは掌に塩を乗せてミランの元に駆け寄ると、大口を開けて叫んでいる彼女の口にそれを突っ込む。

 そして掌でおでこを抑えて上を向かせると、両肩を掴んで力を込めて一度彼女の身体を激しく揺らす。


「ゲホッ! ゲホッ……ユクト?」


 直後彼女の喉元が大きく動いたかと思うと、激しくせき込み目の前のユクトに気が付く。

 彼女の目はいつも通りに戻っていたが、すぐに顔を顰める。


「うげぇ……しょっぱい」

「良かった……」


 口に目いっぱい塩を突っ込まれたのだ。

 当然、そのような反応になる。

 だが、彼女が正気を取り戻したことで、彼がホッとした表情を浮かべ溜息を吐く。


「おお、塩すげー」


 アベルが感心したように叫んでいたが、すぐにウルが唸り声をあげて彼の意識を引き戻す。

 ミランの錯乱状態は解除されたが、状況は何も変わっていない。

 有効な攻撃手段を持たない相手を前に、どう乗り切るか。


「ユクト、ほかになにかしらないか?」

「ごめん、あとはスキルがないと」


 ウルが何かを期待しかのようにユクトに問いかけるが、彼は申し訳なさそうに首を振って剣を抜き彼等の横に並ぶ。


「私のハウリングは霊体に干渉できる。つかえないか?」

「うーん、それは分からないよ。ただ魔法生命体だから魔法があればなんとか、だけどウル使えないよね?」

「むう」


 残念そうにウルが小さく唸る。

 本当に残念なことに、彼等の唯一の魔法職は現在行方不明だ。

 いや、もうすぐ傍には居るのだが、またも視界から姿は見失ってしまっている。


「ごめん、落ち着いた。てか、あれなに?」

「何か分からないけど、今回の事件に関係してそうなことだけは分かる」


 彼等の元に、水で塩を口から洗い流したミランも参加する。

 彼女が徐々に集まって、女性の身体を形作ったそれを指さして少し怯えた表情で問いかける。

 それに対して、ユクトが簡単に答えている。


「ウル、さっきの話だけど、ウルのハウリングで霊に干渉出来るんだよね?」

「ん」

「おい……来るぞ! どうしたらいい?」


 ユクトがウルに彼のハウリングについて尋ねていると、アベルが声を震わせながら警戒する。

 アベルもゴーストなんか相手にしたことはない。

 そして物理特化のファイターにとって、これほど相性の悪い相手もいない。


「ウル、話しかけてみて。単語で良いから……子供とか、ジルとか」

「ん」


 緊張気味のアベルを気にした様子もなく、ユクトがウルに指示をだす。

 簡単に返事を返したウルが、女性に声を掛ける。


「子供」


 反応はない。


「ジル」


 その言葉に、ピクリと女性が揺れる。

 そして顔の部分がはっきりと露わになる。

 頬はこけ、口は耳まで裂けている。

 そして、目は窪んでいて眼窩には何もない。


『ナゼジャマヲスル……ジル……ジルハドコ?』


 一瞬だけ感情に知性が伴ったのか、言葉らしい言葉を発する。

 だが、それも一瞬のこと。


『ジルジルジルジルジルジル……ジルヲ! ジルワ? ジル! ジルヲダセ! ジルヲダセェーーーーーー!』


 すぐに壊れたように子供の名前を連呼すると、大声で叫ぶ。

 と同時に暴風が巻き起こり、落ち葉と共に石の礫や木の枝などが飛び交う。


「うわあああああ!」

「ちょっ、きゃああああ!」

「くっ、ウル!」


 すぐにウルが彼等を庇うように前に立つと、両手を交差させる。


「ユクトどうすればいい? てごたえはある」


 ウルは自分の声に反応があったことで、何かの手立てがあるのではないかとユクトに声を掛ける。

 礫を正面で受けながら。


「ジルは居るって伝えて!」

「ん! ジルならしってる」


 ユクトに言われたままに応えたウルの言葉に、女性が固まる。

 そして風が止み、宙を舞っていた色々なものがボトボトと地面に落ちる。


『ドコ? ジルハドコ?』


 女性は周囲をキョロキョロと見渡しているが、その視界に写るものはない。

 

「これから会いに行くって伝えて」

「このさきだ。わたしのむすめといる」

『ツレテ……ツレテッテ……』

「分かった」


 少しだけ落ち着きを取り戻した女性を相手に、ウルが優しい声色で応えて歩き始める。

 エルナの匂いを辿って。

 その先にいるウィルオウィスプがジルだと信じて。


「ユクトォ……」


 情けない声をあげているのはミランではなく、アベルだ。

 本気で怖かったらしい。

 剣が効かない相手というのが。

 

 その横では、ミランが倒れ込んでいた。

 怪我をしたわけじゃなく、純粋に恐怖に負けて。


 がすぐに起き上がる。

 足を曲げることもなく、起き上がりこぼしのように。

 まるで、人とは思えないような動きで。

 

「ミラン?」

「連れて行って」

「ひいっ!」


 そして彼女の口から出て来た声は、とても彼女のものとは思えないほど掛け離れていた。

 その目も感情を全く宿していないうえに、全部が黒めになっている。

 意識を失ったのを良い事に、取り憑かれてしまったらしい。

 運悪く声を掛けたアベルが、その奇妙な目を正面から見てしまい悲鳴をあげる。

 彼もまた倒れてしまいそうなほどに怖かったようだが、ギリギリで踏みとどまっていた。


「着いてこい」


 ウルの言葉にコクリと頷いた彼女は、地面を滑るように移動する。

 それを見たアベルが、さらに怯える。


「ユクトォ……前歩いて」

「はぁ……」


 ウルの後ろを追いかけ始めたミランから、ゆっくりと後ずさりながら距離を取るとユクトの背中に隠れる。

 どうやら、彼は幽霊が心底駄目らしい。

 異世界の幽霊は魔物の一種の扱いだし、母親の仕事で何度も見ているためユクトはさほど取り乱すことは無かったが。

 ユクトの肩を掴んで小刻みに震えながら後ろを歩くアベルに対して、彼の口から溜息が零れる。

 そして気にすることをやめ、目の前の女性に警戒しつつ一緒にウルの後を追う。


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