第18話:強襲

「ユクトっ!」

「ゲホッ! って、痛いよミラン……」


 目を覚ましたユクトにミランが抱き着く。

 ソードボアの角が強打した胸にもろに頭が当たったので、思わずせき込む。


「てか、ソードボアは?」

「そこで倒れてるよ」


 それから思い立ったかのように現状を確認すると、アベルが顎で後ろを示す。

 そこには、倒れて微動だにしない巨大な猪の姿があった。

 それを見て、溜息をつくユクト。

 安心したようだ。


「全然役に立たなかった。ごめん」

「本当だよ! ったく。お陰で、どれだけ大変な目にあったか」


 戦闘開始直後に離脱してしまったことで申し訳なさそうに頭を下げたユクトに、アベルが悪態を吐きながら頭を小突く。


「でも……無事でよかった」


 続けてそれだけ言うと、そっぽを向く。

 ミランがユクトが目を覚まさないと言った時は、心底肝を冷やしたのだ。

 本当にほっとした様子だった。


「さて、大分時間を無駄にした。ウル達に追いつこう」

「うん……本当に良かった。ユクトが無事で」

「はは、まだ痛みは残るけど大丈夫そうだ。ちょっとどいてくれるかな?」


 アベルが先を急ぐように促すが、返事をしたミランはユクトからまだ離れる様子はない。

 苦笑したユクトが促すことで、ようやく距離を取ったが。


「素材の剥ぎ取りは……諦めるか」

「そんな暇は無いもんね」


 本当ならアベルも角くらいは持って行きたいところだが、流石にエルナの事が気がかりだった。

 泣く泣く猪を後にして、目印を頼りに先へと進む。


「あーっと、ちょっと待った。これは、先に言っておいた方が良いかな? 実はレベルが5になった」

「本当? おめでとう!」

「凄いじゃん! まあ、あんな大物を仕留めたとあったら、そりゃそうか」


 少し進んだところで、アベルが2人の足を止めて頭を掻きながら自分のレベルアップの報告をする。

 魔物を倒していたら、こうやってレベルが上がることも珍しくない。

 これから、さらに森の奥に進むのだ。

 道中でレベルが上がると、少しだけテンションも上がる。


「あのね、私も上がったの!」

「ああ、あんだけ矢を射かけたら、そうなるか」

「良いなー! 僕なんか、最初の一撃だけだったから、相変わらず3のまんまだよ」


 ミランもレベルがようやく3になったらしい。

 格上の魔物を相手に、矢を使い果たすほどの攻撃を仕掛けたのだ。

 低レベルなのも相まって、長らく変わらなかった2という数字が3になって少し恥ずかしそうに身分証を胸元から取り出して、2人に見せていた。


「そもそもユクトは剣で戦闘をしているうちは、止めを刺さない限り上がらないだろう」

「まあ、そうなんだけど」


 一方でユクトは殆ど戦闘に参加していないうえに、魔導士なので剣を使ってもレベルアップに影響は無い。

 そもそも補助魔導士らしい行動というのが、ユクトどころか誰にも分からないのだ。

 魔物を倒す以外のレベルアップの方法が、まったく見当もつかない。

 もし彼の職業適性が剣士ならば、きっともっと上のレベルになっていたはずだろう。

 まあ、そんなことを今更言ったところで栓の無い話なのだが。


***

「どこまで行く」


 一方、先に進んでエルナを発見したウルが、迷う素振りも見せずに森を突き進む彼女を追いかけながら首を傾げる。

 あきらかに、目的地が分かって歩いているような足取りだ。

 時折楽しそうに彼女の周りを飛び交う、光の球に話しかけているが。

 その様子を見る限り、彼女におかしな様子は見えない。


「これ以上は……」


 あまり奥に進まれると、取り返しのつかないことになる。

 この先に、他の行方不明になった村の子供達に関する手がかりがあるかもしれない。

 だが彼女を連れてこんな森の奥深くから無事に帰るのは、あまりにも危険が大きすぎる。

 あるかどうかも分からない手がかりと、エルナの身の安全を秤にかけてなお判断に結論が出ない。


 ただ彼女の周りを飛び回るウィルオウィスプからよこしまな気配を感じないことだけが救いだ。


「くそっ、アベル達はまだか」


 こうなると、なかなか追いかけてこない仲間達に対して、若干の焦りが出始める。

 せめてアベルかユクトのどちらかが居れば、まだ余裕があったかもしれない。

 そして事態は急変する。

  

 エルナの周りを跳び回っていた光の球が、急に速度をあげてクルクルと回り始め……彼女の背中に体当たりを始める。


「えっ? なにかくるの? はしるの?」


 その光球の様子から何かを感じ取ったエルナが、なにやら話しかけている。

 いや、もしかしたら彼女は光球とコミュニケーションを取れるのかもしれない。

 ウィルオウィスプの言いたい事を理解したエルナが、後ろを振り返ってすぐに小走りで駆け出す。


 それに焦ったのはウルだ。


「待て! エル……ナ?」


 そして声を掛けようとしたところで、バッと後ろを振り返る。

 全身が粟立つような邪悪な気配。

 ウルの体毛が一気に逆立つ。


「グルゥ」


 それからゆっくりと身体を背後の何もない真っ暗な空間に向けると、唸り声をあげる。

 一瞬だけチラリと振り返ると、エルナは光球に押されるように走り出している。

 追いかけたい。

 すぐにでも、抱きかかえてこの森から脱出したい。

 

 だが、背後から迫る何かが、それを許さない。


『キャアアアアアアアアア!』


 その何かは金切り声を上げ、ウルに差し迫る。

 空間が歪んでいるように見えるだけで、それが何かは視界に捉えることは出来ない。

 だが、何かがいることだけは分かる。

 その何かはウルの身体を正面から突き抜け、背後へと抜ける。

 

「しまっ! アオーン!」


 一瞬で体温を奪われ、恐怖と悲しみの感情がウルに襲い掛かる。

 意識を奪われかけたが、すぐに気を取り直して雄たけびをあげる。

 彼のあげた声に反応して、空間を歪ませていた何かが霧散する。


 古来より、狼の遠吠えには邪を祓う効果があるとされている。

 そして狼人であるウルのハウリングには、実際に破邪の効果がある。

 これは狼人の固有スキルの一つだ。

 彼の言葉には、霊に干渉する力が僅かながらある。

 ゴースト系の魔物に対してのみ効果を発揮する、ブレスのようなものなのだ。


 すでにエルナの足音がかなり小さくなってしまったが、彼は目の前の何もない空間を睨み付ける。

 そこには霧散したそれが集まって、何かを形作ろうとしていた。

 

「グルゥ」


 焦り、怒り、恐怖、それらを押し殺すように、静かな唸り声を上げて威嚇する。


『キャアアアアアア!』


 その威圧に負けじと、大きな金切り声をあげて再度ウルに差し迫ったそれは……

 長い髪を振り乱した、頬のこけた女性のゴースト。

 目は窪み、眼球があるべき場所には何もない。


『シャアアアア!』


 ウルを威嚇するように放たれる言葉。

 それに伴って周囲に風が巻き起こり、石の礫がウル目がけて飛んでくる。

 

「何を荒ぶる、女よ!」


 その礫を両手を交差して受け止めながら、声に力を込めて語り掛ける。


『キャアアアアアア!』


 だが、返ってくるのは言葉ではなく、慟哭にも似た悲鳴。

 ウルが頭を一生懸命に働かせる。

 彼がゴーストに対して持っている手段は、言葉のみ。

 低位の霊であれば散らすことも出来るが、目の前のそれは完全に悪霊と化している。

 コミュニケーションを取る事すら不可能なほどに、負の感情に塗りつぶされた魂。

 こちらの物理攻撃は通用しないのに、あっちからはポルタ―ガイストなどの心霊現象を交えた攻撃が放たれる。

 圧倒的不利。

 

 飛んでくる石の礫を防ぎきれずに、彼の身体は徐々に傷を負っていく。

 それでもエルナの元に行かせてはならない、その一心で自身を奮い立たせ睨み付ける。

 

「アオーーーーーーーーン!」


 今までの中でも最大級の咆哮を、女性の霊に向かって放つ。

 形づくられた女性の身体が弾け飛ぶが、すぐに集まって元通りに戻る。

 戻った直後こそ気配が弱まった気がしたが、それすらも巨大な憎悪に塗り替えられ存在感を増す。


『ジル……』


 ただ、一言だけ。

 たった、一言のみ。

 ジルと言葉らしい言葉を発した彼女は、顔を歪ませウルを睨み付ける。

 眉間と鼻の上に皺をよせ、何もない眼窩から得体のしれないプレッシャーを放つ。


 ウルの頬を冷や汗が流れ落ちる。

 あまりの気迫に気圧されそうになりながらも、睨み付ける。


『ギャアアアアアアアアアアアアアア!』


 先ほどのウルの咆哮に応えるように最大級の奇声を彼女があげた瞬間……

 ウルの脳が揺さぶられ、遅れて無数の石の礫が襲い掛かった。


 防御姿勢すら取る事もできずに、そのすべてを全身で受けたウルが膝を付く。

 だが、彼の目はまだ諦めていない。

 意識がはっきりとしない頭を揺さぶって、彼女を睨み付ける。

 視線の先では倒れそうなウルを見て、すぐに向きを変えてエルナの向かった方に進もうとする女性の姿が。


 ウルの身体に力が籠る。


「グルゥ! ガウッ!」


 しかしハウリングを放つだけの気力はもうない。

 代わりに出たのは、低くくぐもった唸り声と犬が吠えるような声のみ。

 それでも彼女の足を止めるだけの効果はあった。


『ジャマ……スルナ! ジャマヲ! スルナアアアアアアアアアア!』


 彼女の方も苛立ちが限界に達したらしい。 

 ウルをしっかりと見据えて、容赦なく石の礫を打ち込む。

 長い時間、何度も何度も。

 斧を構え、身体を小さくしてそれを受けながらもウルは耐える。

 必死に。


 彼の鮮やかな紺色掛かった灰色の毛が、徐々に赤く染まっていく。

 それでも、吠えることを止めない。

 決してここから離さない。

 エルナの元には行かせない。

 その思いだけで。

 気力だけで……全身を支えて、対峙する。


『ギャアアアアアアアア!』


 そして……女性の最大級の悲鳴とともに、手も足も出ないウルの頭目がけて巨大な倒木が放たれる。




 


 


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