第19話:合流

「ウル!」


 幾度となく森の奥から聞こえてくる狼の遠吠えを頼りに、ユクト達は身体が傷を負うのも気にせずに森の中を疾走した。

 狼系の魔物かもしれないそれだったが、彼等はウルの遠吠えだと確信していた。

 根拠のない自信だが、仲間の声だと思えば分からなくもない。

 駆け抜けた先で、木にもたれかかって力なく頭をもたげているウルを発見する。


 早鐘のように心臓が脈打つのをどうにか抑えつつ、真っ先にユクトが駆け寄る。

 

「きゃぁ! ウル! 大丈夫?」


 続いてミランが跳ねるようにして、近づいて来る。

 

「大丈夫だ、ウルならきっと大丈夫」

 

 そして自分に言い聞かせるようにそう繰り返しながら、後ろや周囲を警戒しつつアベルも追いつく。


「生きてる……」


 ユクトのその言葉に、ミランの目に涙が浮かぶ。

 アベルも肩に剣を担いで、ようやくひと心地付けたように空を見上げた。


「良かった……」


 いつもの彼の軽口とは違う、本心から出た言葉。

 この場に居た全員の気持ちを代弁するに相応しい、心の籠った声色だった。


 アベルがウルの方に目を向けると、彼の口の周りや胸元は真っ赤に染まっている。

 顔面に何かを強打したのだろう。

 このパーティの中での最強戦力であるウルが、こうも一方的にやられることがあるのか?

 傍に落ちている斧に血の一滴も付いていない事で、アベルが身を震わせる。

 彼はヨタヨタと後ずさりして背中が木にぶつかると、そのままずり落ちるように座り込んで両手で顔を覆う。


「俺のせいだ……」

「アベル?」


 いつものお調子者で強気な彼らしくない弱々しい声。

 ユクトとミランがお互いに顔を見合わせて、アベルの方に視線を送る。


「俺が……クエストなんか持ってくるから。まだ早かったんだ……」


 続いて漏れたのは、後悔の念。

 自身やパーティのランクをあげるために、クエストに挑戦するという判断をしたのはアベルだ。

 普通の依頼と違ってイレギュラーも多く、難易度も対象ランク以上の事だってしばしばある。

 その代わり一つでもクエストを達成したら、そのパーティは一人前のパーティとして周囲にも認知される。

 ランクも上がれば稼ぎも良くなる。

 それに依頼料だって悪くない。

 自分やユクトの防具を新調したいし、ウルに鎧だって買ってやりたい。

 ミランとエルナの服も増やしてやりたいし、ちょっとは良い物だって皆で食べたい。

 いっつもパーティ用の家計簿とにらめっこして、ペンを咥えながらお金が無いと呟いているミランを見ると、リーダーである自分に甲斐性が無いからだと切なくなった。

 そんな事でミランを悩ませる自分が、惨めで情けなかった。

 だからクエストの話を持って帰った。


 そしてこの結果だ……

 彼は自分が功を焦ったからだと、自身を責め立てる。

 エルナが行方不明になった。

 ユクトが猪に殺されかけた。

 そしていま目の前で……ウルが血だらけで意識を失っている。


 1年の経験を経て、自分達はもう一人前の冒険者だと思い込んでいた。

 冒険者の中で良く死ぬのが、1年から2年の仕事になれて慎重さを失った連中だという話はよく聞いていた。

 だけど、自分達に限って……

 力も強くレベルも高い狼人もいる。

 幼いけど魔法を使えるエルフもいる。

 適性は無いくせに、努力だけで自分よりも上手に剣を使う変なやつ。

 ミランだって十分に戦力に数えられるだけの経験と実績もある。

 そう思っていた。

 死んだ連中も皆、自分達に限ってと思っていたのかもしれない。


 結局、自分の自惚れだった。

 そう思い到った時、アベルは仲間を危険な目に合わせたことに対して、とてつもない罪悪感に襲われ立っていることも出来なくなったのだ。 


「どうしたの?」

「すまない……俺のせいで皆を危険な目に合わせた。それにエルナまで」


 おかしな様子のアベルにユクトが声を掛けると、目を合わせることもせず頭をさげて謝り始めるアベル。

 

「取りあえず話はあとで聞くから、先にウルの治療をしないと」

「すまん……本当にすまん」

 

 そう繰り返しながら動かなくなってしまったアベルを心配そうに見つつも、ウルの元に駆け寄る。 

 すでにミランがポーションを2本ほど使って、目だった外傷は治していた。

 ユクトは横に転がっている一部砕けた太い木の幹を見て、これが顔にぶつかったのかと思わず顔を顰める。

 こんなのが顔面にぶつかったらと想像してしまったからだ。


「エルナっ!」

 

 それから程なくしてウルが目を覚ます。

 辺りを見渡すとすぐに視界に飛び込んで来たユクトとミランの顔を見て、一瞬だけ安堵の溜息を吐いたと思ったが、形相を変えてユクトに飛び掛かる。


「女は! ゴーストは居なかったか?」

「いや、ここに居たのはウルだけだけど……てか、苦しい」


 襟首をつかまれて苦しそうな表情を浮かべつつ、どうにか答えるとウルが申し訳無さそうな表情をして手をゆっくりと放す。


「すまん……すぐに追わないと」

「いや、先に状況を」

「そんな時間はない」


 話を聞こうとしたユクトに対して顔を背けて、フンっと鼻の穴に詰まった血の塊を吹き出す。

 それから鼻をスンスンと鳴らす。


「ミラン端切れと水をくれ」

「えっ? うん……てか、急に動いて大丈夫なの?」

「問題無い」


 彼は小さめの布を受け取ると水に浸して、自分の鼻の中を綺麗に掃除する。

 それから再度スンスンと匂いを嗅ぐような仕草をする。


「ん、微かにエルナの匂いが辿れる。行くぞ……アベル?」


 エルナの匂いを発見したのか、森の奥を睨み付けて振り返って号令を出そうとして、座り込んでいるアベルを見つける。


「どうした」

「すまん……俺のせいで危険な目に合わせた」

「冒険に危険はつきものだ、いいから早く子供達を助ける」


 何をいまさらとばかりに鼻で笑うと、アベルの腕を掴んで無理矢理引き起こす。


「ああ……エルナだけでも助けないとな」


 未だに覇気のない様子でふらりと立ち上がった彼は、俯いたまま小さく頷く。

 

「何があった?」


 ウルは話にならないとばかりに、ユクトとミランに質問を投げかける。

 

「たぶんだけど……さっきユクトがソードボアに殺されかけたの。それにエルナも行方不明だし、でここに着いたらウルは血まみれ。クエストを持ってきたことで、自分の責任を強く感じてるんじゃないかな?」


 断片的に聞き取ったアベルの言葉を頼りに、ミランが自分の考えを述べる。


「そうだよ……俺がクエストなんか持ってきたばっかりに。帰ろう! エルナを見つけたら、村長に頭を下げてポポスの街に戻ろう」


 顔をあげてそう提案したアベルに対して、ウルがグルゥと小さく唸り声をあげる。

 彼にしては珍しく、相当に不機嫌な様子だ。

 今まで、パーティのメンバーにこんな態度を向けた事はないだけに、3人とも一瞬ビクッと身体を小さく震わす。


「俺はリーダーだ! 皆の……仲間の安全を最優先する義務がある! だから、エルナだけは必ず助け出す! その……」


 アベルの言葉は途中で、森に響くような「パーン!」という甲高い破裂音によって遮られた。

 彼は驚いたように自分の頬を抑えて、正面の狼人の顔を見る。

 手を振り抜いた姿勢で鼻の頭と眉間に皺を寄せてアベルを睨み付けていたウルは、両手でそのまま彼の頬を挟みこむようにしっかりと掴む。


「エルナだけじゃない……他の子も助ける」

「ウルお前この野郎! 俺だって助けられるなら助けたいに決まってんだろう! でもお前らを失う訳にもいかないんだよ!」


 ようやく自分がウルに叩かれたことを認識したアベルが、ウルの胸に生えている毛に掴みかかる。

 そして下から見上げるように睨み付けて、怒鳴り返す。

 最初は叩かれた頬だけが赤くはれていたが、今は言いたいことを言って顔全体を真っ赤にさせて荒い息でふーふー言いながらウルを睨み付けている

 そんな彼の手をウルは簡単に振り払うと、頭を横に曲げて首を鳴らす。


「だったら、助けたら良い」


 いつもの落ち着いた彼の声色だ。

 そのことがさらにアベルの神経を逆なでする。


「俺はリーダーだ! パーティの安全を最優先する!」

「なら子供達を助けて、無事に帰ればいい」


 怒鳴りつけるように主張するアベルに対して、ウルは普段の穏やかな口調で言葉少なく返す。


「っ! 分から無い奴だな! この森は危険なんだよ! お前だって死にかかってたじゃないか」

「でも生きてる」


 自分の意見を全く聞き入れる様子の無いウルの返答に、アベルが返しに困って苛立ち紛れに「あーっ」とこぼしながら後ろ頭をガシガシと掻く。


「私が居なくても猪をどうにかした。なら私が居たらもっと問題ない」

「そうだけど……」

「みんながいないから、私も遅れを取った……4人そろえば話は違う」

「~~~~~~!」


 ウルの発言にアベルはとうとう言葉にならない声をあげて、目を力いっぱい瞑って頭を振り始める。

 なんで分からないんだよという苛立ち。

 自分の想いを理解させる言葉を持ち合わせていない事に対する苛立ち。

 そういったものが動きに現れている。

 そんな彼の肩にそっと手が置かれる。


「うん、ウルの言う通りだ。僕もこのメンバーならいけると思った。さっきはウルもエルナも居なかったからね」


 そして反対側の肩にも。


「まだエルナは居ないけど、彼女を見つけたら全員揃う訳だし……それにアベルだけのせいじゃない……元々は、私がエルナをしっかりと見ていなかったからパーティがバラバラになっちゃったわけだし」

「いや、それは……」


 アベルはパッと顔をあげてミランの方を振り向くと、違うと言いかけて違わないことを思い出して言葉に詰まる。

 それから片手で顔を半分覆い隠して、溜息を吐く。


 ここでエルナを助け出せないと、一生ミランは引きずるだろう。

 勿論他のメンバーもだ。

 それにクエストを達成しなくても、ミランは自分のせいだと思うだろう。


 アベルに取ってだけ、八方塞がりな状況。

 他のメンバーは子供達を助けることしか考えていない。

 

「時間の無駄だ。子供達を助けてから反省会でもしよう」

「そうだね」

「私が一番反省点が多そうだけど」


 リーダーである自分を無視して、話がまとまっていく。

 

「あーもうわーったよ! 行くよ! 行けばいいんだろ! 絶対に子供達を助け出して、俺達も無事に帰るぞ!」

「最初からそのつもりだ」

「~~~~~~~~!」


 せっかく覚悟を決めて気合を入れたのに、ウルに冷静に返されてまたも言葉にならない抗議をするアベルであった。

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