第22話:オーリアとルガール

「ぐぅ……」


 ユクトがトムを抱きかかえた腕に、力を込める。

 腰の辺りが火が着いたように熱い。

 ドクドクと胸の動悸が全身に響く。


 子供が手にしたのはナイフ。

 傷は深くは無いが、それでも痛みに顔を歪ませる。


「お前、よくもユクトをっ!」


 アベルがいまだにユクトの腰にナイフを突き刺したままの子供に肉薄する。

 そこに向かって足元から、手が伸ばされる。


「駄目だ! 子供を傷つけっぐっ……」

「チッ! その手を離せよ!」


 咄嗟に子供にナイフを向けたアベルを制止したのは、他でもない刺されたユクト本人だった。

 男の子が腕に力を込めたのか、再度襲い掛かって来た痛みで最後まで言うことは出来なかったがそれでもその声はアベルには届いた。

 彼の言葉を受けて彼は、子供の腕を掴んで持ち上げると羽交い絞めにする。

 そして残った2人の子供に視線を向ける。

 他の2人の子供が振り下ろしたのは、それなりに重量のある剣だった。

 だが、錆びて刃がボロボロの剣を振り下ろしたところで、革の鎧を斬り割く事は出来ずに剣本来の重量による衝撃だけにとどまっていた。

 

「このっ!」


 その剣の重さ故に再度振り上げることに手間取っているところに、アベルが蹴りでさらに邪魔をする。

 子供達を蹴ったわけではない。

 狙ったのはその手に持った剣だ。


『無駄なことを!』

『キャアアアアアアアア!』


 そこに向けて男のゴーストが魔法を放とうと構えるが、それより先にジルの母親によるスクリームが放たれる。

 先ほど散々ウルを苦しませたポルタ―ガイストが、男に向かって襲い掛かる。


『何故……何故だ! 何故ジャマヲする! 私は……ワタシは、ジルだ! ジルニなるんだ! オーリアの息子にナルンダ!』


 魔力が安定しないのか、それとも意識が安定しないのか男の声が不安定なものになる。

 オーリアと呼ばれた女性のゴーストが放ったスクリームの影響を受けているのかもしれない。


「ウルっ! 子供達を!」

「ん! 引き受けた!」


 その隙にアベルがウルに手短に言葉を飛ばす。

 それだけで、彼が言わんとしていることを理解したウルが、剣を持つ子供達を1人ずつ脇に抱えて動きを封じる。

 彼等の手にあった剣は、すでにアベルの蹴りによって茂みに飛ばされている。

 無手の子供であれば、なんの脅威も無い。


「がうっ!」

「あああああ!」

「落ち着くんだ」


 獣のような奇声をあげながら子供達がウルの腕に噛みついて来たが、彼は優しい声色で諭すように言葉を掛ける。

 意識を奪われてなお、ウルの声は子供達に届く。

 顔をしわくちゃにして、暴れていた子供達が徐々に大人しくなっていく。


 ウルは自身の腕に子供達の鼓動を感じ、こんな状況にあってなお少しだけ安心する。

 安心はするが、油断はしない。

 その目はしっかりと、男のゴーストとオーリアの姿を捉えて離さない。

 アベルも子供をしっかりと左手で押さえ込みつつ、右手でナイフを構える。

 物理攻撃が効くことはないが、それでも戦意を奮い立たせる。


「大丈夫ユクト?」

「ううっ、うん助かったよ」


 ミランも速度を落とすことなくユクトに近づき、いまは彼の傷口にポーションを染み込ませた端切れで止血をしているところだ。

 幸い内臓にまでは達していないようだったので、血を止める事が出来ればこの場は凌げるだろう。


 ユクトは意識を失っているトムを地面に寝かせると、ゆっくりと立ち上がる。

 脇に鈍痛が走るが、動けないほどではない。


「ジルになる? 何を言ってるんだ貴方は」


 自分の持つ皮の袋に手を入れて、そこからさらに小さな布袋を取り出す。

 石のようなものが入ったそれは、ポポスの街で役に立つかもとアベルと一緒に見て回った露店で買ったものだ。

 厄除けのお守りと称して売られていたそれを、値段も手ごろだったこともあり買っておいたのだ。

 冒険者はゲンを担ぐことがよくある。

 故にこういった眉唾の商品でも、気になれば買うこともある。


 手に握ったそれに力を込める。

 少しだけ何かが吸われるような感覚は、彼のこれが何かの役に立って欲しいという願いによる錯覚かもしれない。

 それでもユクトはその感覚に、少しだけ効果を期待する。


『私はジルになる……オーリアの息子になる……』

『オマエ……貴方は私の息子じゃない! ルガール』


 その男に向かって、オーリアがきっぱりと否定する。

 男の名前はルガール。

 ジルとオーリアと同じ時代を生きた、マシューの村の呪い師。


 ウルの言葉が、ミランの声が、オーリアの意識をこの場所に顕現させているのか。

 姿は不安定なれど、そこにはおぞましい怨霊と普通の村の女性とを合わせたようなゴーストがルガールと呼ばれた男を睨み付ける。

 それに対するルガールは苦々しい表情を浮かべてはいるものの、どうみても禍々しい雰囲気を醸し出す悪霊そのものだ。

 元々が呪い師という職業だったため、その性質はゴーストの上位種のリッチに近いところにあるかもしれない。


『だまれぇっ! ジャマヲするなぁぁぁぁぁぁぁ!』

『グゥゥッ』

「うわぁ!」

「くそっ!」

「ぐっ!」


 ルガールが両手を翳すと辺りに暴風が巻き起こり、ユクト達に襲い掛かる。

 ウルとアベルが子供を守る様に背中を向けて、ぶつかる石の礫や木の枝から庇う。

 ミランもトムの前に立って、マントで自分の身体を覆い隠して衝撃に耐えている。

 見ればオーリアが木を通り抜けて遠くの方に吹き飛ばされている。


 そんな中でユクトだけが、一歩ずつ力強く前に進む。


「これでも喰らえ!」

『っ! 効くか!』


 ユクトは手に持った布袋を思いっきりルガール目がけて投げる。

 それは一直線に宙を舞う男に向かって行き、確かにぶつかった。

 物理が効かないはずの、ゴーストに。

 それでも期待したほどの効果は無かったようだが、暴風を止ませる程度には役に立った。


 しかしそれだけだった。

 それでもウルとアベルの元には辿りつけた。


「ウル、ゴーストは日の光を浴びると弱体化する、時間を稼ごう」

「エルナたちはどうする?」

「こいつとオーリアさんさえ、足止め出来れば大丈夫だと思う」


 ユクトが選んだ作戦は時間稼ぎ。

 闇の力を纏うゴーストは日の光を浴びると、本来の力が殆ど発揮できなくなる。

 それこそ、扱える魔力は従来の10分の1程度にまで落ちるだろう。

 故に本職のゴーストバスターズ達は、深夜から日の出に掛けて仕事を行う。

 自分達を囮に日の光を使って弱体化し、道具を使って浄化するのだ。

 残念なことに浄化に必要な道具は何一つ持っていないが、日の出まで逃げ切れば子供達の救出は可能だろう。

 

 この問題の解決は出来なくても、クエスト内容の救助は達成できる。

 ベストではなくベター。


「分かった」

「そのためにはオーリアさんの協力は必須だ、現状ウルとミランのお陰でどうにか正気が戻りつつあるから、そこを頼るしかない」

「具体的には」

「彼女に言葉をかけ続けるんだ。僕はミランにも話してくるから、彼女に声を掛けつつハウリングでそっちのゴーストの邪魔をしてくれるかな?」

「ん」


 ルガールが臨戦態勢を整える前に、ウルに指示を飛ばすとミランのところに向かうまえにアベルに声を掛ける。


「アベルは子供達を連れて、少しでも離れてて。これだけの邪気が漂っていたら魔物も近寄って来ないと思うけど、そのまま彼等を護ってくれると助かる」

「ああ、そうだな。幽霊相手じゃ、俺は役立たずだもんな」


 すぐにユクトの言いたいことを理解したアベルは、自分が押さえている子供をトムのところに運ぶと、ウルの抱えている子を受け取りに行く。


『させるかぁ!』

「アウーン!」


 何やら小賢しいことを考えているだろうユクトの指示を受けたアベルにルガールが襲い掛かるが、それより先にウルがハウリングで足を止める。

 ウルの破邪の咆哮によって、行動を止められたルガールが後ろに押し戻される。


『貴様!』

「こっちだ!」

『それは効かんと……?』


 ルガールはすぐにウルに標的を変えたが、ユクトがそこに向かって石の入った布袋を投げる。

 一瞬身構えたルガールだったが、それはぶつかることもなく彼の身体を突き抜けて背後の茂みへとガサリと音を立てて落ちる。

 何が起こったのか分からず、またもルガールが動きを止める。

 自分の身体をすり抜ける時に、少しだけ嫌な感覚があったのも理由の1つだろう。


 ユクトが投げたのはそこらへんに落ちている石を、止血に使った布にくるんで投げただけ。

 ただの石であるそれがゴーストに当たることはまずないが、ポーションが染み付いているため正の雰囲気に当てられて不快感があったのだろう。

 初級ポーション程度で、ダメージを受けることはないが嫌がらせにはなったらしい。


「オーリアさん! そいつがジルを唆したんです!」

『ルガール、貴方が?』

『小娘! 何を言う! 私はそんなことはしてない』


 その間にミランの元に辿り着いたユクトが、オーリアに語り掛けるように伝える。

 すぐに理解したミランが、彼女に事の真相をぶちまける。

 といってもおとぎ話ではという内容だが。

 何故か、それに対して焦りを見せるルガール。


『ソウカ……オマエガ……』

 

 先ほどまで感じさせていた知性が鳴りを潜め、オーリアはウルが出会った当初の凶悪な雰囲気を纏い始める。

 オーリアがルガールを標的としたことで、ユクト達に多少の余裕が出てくる。

 その隙にユクトは最初に投げたお守りを回収し、ウルが合間を見てハウリングを放つ。

 ミランは理性を失ったオーリアを果敢に煽るというか、指示をとばすというか良く分からない言葉をかけ続けていた。


『もはや、こうなってはそこの女のことなど、どうでも良いわ! お前らまとめて、殺してやる!』


 地味な嫌がらせに近い攻撃を当てられつつ、オーリアの対応をしていたルガールが完全にぶち切れる。


「早い、まだ全然時間が足りない」


 もう少し粘れるかと思ったが、不運なことに季節は冬に向かっている。

 日の出も早いとはいえない。

 空は白みがかってすらいなかった。


 ルガールの纏う魔力が一気に膨れ上がる。

 もはや、ウルのハウリングでも影響を与えることが出来ないほどに、彼の怒りは強くなっていた。


 そしてその手に込められた魔力が暴発するかに見えた直後……


「ウィンド!」


 可愛らしい女の子の声とともに一陣の風がルガールの背後から駆け抜け、その魔力を吹き飛ばす。


「パパ達を苛めるな!」

『母さん!』


 そして、杖を持った緑色の髪の小さな女の子と、光を纏った10歳くらいの男の子が森の奥から現れた。


「エルナ!」

『ジル!』


 そう、行方不明のエルナと、彼女を連れ去ったであろう少年の霊だ。


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