第21話:呪い師と子供達

 急いで森を駆ける一行。

 約1名、フロートの魔法でも使っているのかというくらいに、滑らかな移動を行っているものもいるが。


「ユクト、ミラン大丈夫かな?」

「たぶん、大丈夫だとは思うけど」


 後ろをついてその背中を追いかけるアベルが、ユクトに不安そうに尋ねる。

 長い事、悪霊に取り憑かれていると、色々な悪影響は出るが1日2日くらいなら大したことはない。

 軽い物だと、祓ったあとで取り憑かれた期間に応じた倦怠感が出るくらいか?

 悪くても、熱が出て少し寝込む程度。


 専門家というわけではないが、彼の母親のお陰か他のメンバーよりは霊に関しての知識は明るいユクト。

 ユクトの中では1つの対処法も思いついている。

 これにはウルの協力が必要だが、彼ならミスをすることもないと信頼している。

 いつでもどうにか出来そうだから、敢えて放置している部分もある。


 だがそんな事など知らされていないアベルとウルは気が気では無かった。

 自然とウルの足も速くなる。


 暫く走ると、辺りの植生が変わって来るのが分かる。

 夜だというのに、明るい色の花が周囲に見え始めた。

 これまでも道すがら花は見掛けて来たが、ここまで群生していたことはない。


 周囲の環境の変化に伴って、ユクト達の気分もこころなし軽くなる。

 そして、それと並行するように、ミランの様子にも変化が現れる。

 明らかに速度が落ち、進むにつれて表情が不安定なものになっている。

 苦悶の表情を浮かべたり、微笑みを浮かべたりと、その貌はころころと姿を変える。


「イヤだ……この先はイやダ」


 ミランの声に混じって、先ほどのゴーストの無機質な声が漏れる。

 その声を聞いたユクトが、速度を上げてウルの横に並ぶ。


「げっ」


 思わず取り残されたアベルが嫌そうな声をあげて、ミランに取り憑いた女性に睨まれる。

 

「ハハ……」


 恐怖を誤魔化すように笑うが、ぎこちない。

 その先でウルに耳打ちをするユクト。

 そして、ウルが頷くと振り返る。


「だが、この先にジルがいる」

「ジル……」


 その言葉を聞いた女性は眉間に皺を寄せたが、それでも足を止めることは無かった。

 周囲の環境が正の雰囲気に満ちるに従って、速度の落ち始めた彼女を突き動かす為の言葉だろう。

 事実、エルナの匂いが色濃くなっているのをウルは感じ取っていた。

 その事から傍にいるであろう、ジルの化身たるウィルオウィスプの存在も彼女なら感じ取れると考えてのことだ。

 それを知れば、自然と彼女の足取りも軽くなるだろう。

 まだエルナを視界に捉えることは出来ないが、木々の合間をチラチラと光る球が飛んでいるのは既に見えている。

 その程度の距離なのだ。


 だが、事態はそう簡単に合流を許してはくれない。

 速度をあげたウルが突如何かに弾かれて、後ろに吹き飛ぶ。

 慌ててその背中を支えるユクトごと。


「どうした!」


 突然の目の前の出来事にアベルが焦った様子で声を掛け、2人に駆け寄る。

 ミランはというと、ウルがぶつかったように弾かれた場所を睨み付けているが。

 そして、ガサガサという草木が揺れる音がする。


「魔物か?」

「違う、全然気付かなかった……」

「いてて。ウル、気付かなかったって何に?」


 アベルが咄嗟に腰のナイフを抜くと、ウルが首を振って音のした場所を見つめる。

 ウルの背中で全く前が見えていないユクトも、横から顔を覗かせているが。

 そして、その木々の隙間から小さな影がゆっくりと姿を現す。


「かあさん……」


 その小さな影の正体は、男の子。

 赤茶色の髪をした、10歳くらいの男の子だった。

 その子の口から出た言葉は、母親を呼ぶ声。

 不意に、ユクト達の背後からも影が飛びだす。

 同時に地面に何かが落ちる音がする。


『ジル!』


 飛び出したそれは、先ほどまでミランの身体に取り憑いていた女性の霊。

 ジルの母親だ。

 彼女は目の前の少年に近づくと、その姿をはっきりと露わにする。

 長い赤毛の女性。

 茶色のシャツとベージュのスカートのようなものを身に纏い、少年に近づくと優しく抱き寄せる。


「ウル!」

「アオーン!」


 ユクトの呼びかけに即座に応えるように、ウルがハウリングを放つ。

 女性の身体が弾かれ、少年の身体から何かが抜ける。

 それは壮年の男性の姿のようだったが、ギリギリで繋がっていたのかすぐに少年の身体に戻る。

 その瞬間だけだが男の子の雰囲気もガラリと変わり、見た目にまで変化が現れる。

 正確には顔の形が一瞬で移り変わったような、そんな印象だ。

 それを見た女性のゴーストは、少年から一気に距離を取って叫ぶ。


『ジルジャナイ』

「邪魔をしたな?」


 女性と少年が同時に叫ぶ。

 怨嗟の籠った声で、ウルを睨み付ける少年。

 それに対して困惑した様子で距離を取る女性。


「その子はジルじゃない、トムだ」

『トム? ダマシタノカ?』


 何故か女性はウルに敵意をぶつけるように、睨み付ける。

 先ほどまではっきりとした青い目が浮かんでいたその眼窩は、一瞬で窪んで深淵を思わす闇色に染まる。


「だましたのはそこの男、おまえもしっている」

『オトコ?』

「黙れ!」


 ユクトに言われるがままに言葉を発するウルに、女性が一瞬だけ怒気を鎮める。

 その横で反するように、トムが声を荒げているが。


「どうするんだよユクト」

「アベルは下がってミランを起こして」


 不安そうにユクトに話しかけて来たアベルを、この場から遠ざける。

 ファイターとしての能力しか持たないアベルに、この状況で出来ることはそれしかない。


 ユクトの額に玉のような汗が浮かび始める。

 ここで間違えたらゴーストを2人相手取ることになる。

 しかもそのうちの1人は元が呪い師だと思われるうえに、子供を人質に取っている。

 かろうじて男の子は生きているように見えるが、何かあればあっさりと殺されるだろう。

 ここまで走ってきたせいもあるだろうが、ユクトの心臓が早鐘を打つようにドクドクと音を立て始める。

 そんなユクトの肩に、力強い大きな手が置かれる。


「ユクトなら大丈夫だ……おまえは、すごい」

「ウル」

 

 根拠のない言葉だが、彼の優しい声色と相まって少しだけ落ち着きを取り戻す。


「そいつは貴方達を殺した男じゃないのか?」

『コロシタ? コロサレタ? ワタシタチガ? シンダ? シンデイル?』


 ウルに発させた言葉を聞いた女性が、混乱したかのようにブツブツと呟き始める。

 その横で少年がウルを一睨みすると、女性の裾を引っ張る。

 ゴーストである女性に服に触れるというだけで、すでに普通じゃないのだが。

 そんなことを気にする様子もなく、女性が視線を少年の方に落とす。


「かーさん……あいつの言う事を信じちゃ駄目だ。僕たちは生きているよ?」

『イキテイル?』


 混乱に乗じて、再度自分を息子だと信じ込ませようとしているのだろう。

 微妙に元の姿と違う見た目の少年の姿が、重なって見える。

 揺れているだろう女性の姿を見て、ユクトが焦りの表情を浮かべる。

 何か……彼女の心をもう一度取り戻す言葉はないか。

 必死でウルに掛けてもらう言葉を手繰り寄せようと、除霊や退魔を行っている時の自身の母親の姿を思い浮かべる。

 が、焦りが邪魔をして、何も考え付かない。


「その子はジルじゃない! ジルじゃないよ!」


 その時、ユクトとウルの背後から女性の大きな声がする。

 声の主はミラン。

 アベルの処置で目を覚ましたミランが、大粒の涙をこぼしながら両手を握りしめて叫ぶ。


『ジル……』

「よく見て! その子は違う! 顔も形も全然違うじゃない! ジルはそんなふうに笑わない」

『ジルジャナイ……オマエハ、ダレダ?』


 普通であれば人の言葉はゴーストには届かない。

 だが今のミランの状態は普通じゃ無かった。

 目の前の女性が彼女に取り憑いているあいだ、彼女の脳裏にはジルの姿がはっきりと映し出されていた。

 意識を失ってなお、その脳裏に焼き付くかのように。

 

 女性が取り憑いたことで、ミランは少なからず彼女と同調している。

 取りついていた間、彼女たちは波長が一致していたのだ。

 自分と同じ波長を持って話しかけるミランの言葉を、彼女は聞き取ることが出来た。

 そして、ミランの力強い言葉は、彼女を一時的に正気に戻す。


『……違う、ジルじゃない。貴方は……』

「ウル! 後はお願い!」


 その一瞬の隙を付いて、ユクトは突然の出来事に乱入者に固まっていた少年に向かって駆け出す。

 少年は驚いた表情を浮かべたが、すぐに手を翳す。

 その掌から放たれた衝撃波のようなものに対して、両手を交差して飛び込むユクト。

 速度を多少落としたが、それでも力強く地面を蹴る。

 遅れるようにして周りの砂や石が巻きあげられ、彼を襲うがそれでも速度を緩めない。

 剣を抜いて、それらを弾き落とす。


「凄い……」


 ウルの口から自然と言葉が漏れる。

 的確に自分の痛いところに当たるだろうものだけを、正確に叩き落として前に進む。

 ユクトの剣には特筆すべき点が2つある。

 それはブレの無い剣筋と、精密な命中精度だ。

 ウルは彼の剣を褒めるときに、度々「美しい」という言葉を使う。

 不運にも後衛職の適性にせいで、彼は恵まれない体格と補正の無い剣技しか持たなかった。

 それを愚直に努力でねじ伏せた結果、魔法職でありながら下級の前衛職程度ではあるが剣で戦えるようになるまでに到った。

 繰り返し振られた剣は目標に向かって最短距離を最速で迫り、確実に点で捉えるという正確無比な一撃を放てるようになった。

 適性が無いために重さは無いが、石程度なら弾く事はできる。


「うおおおおおおおお!」

「クソがあっ!」


 一気に肉薄したユクトは片手で持った剣の腹で少年の手を跳ね上げると、空いた手で少年の口に何かを放り込む。


「ウルっ!」

「ウオオオオオオオオオオオ!」


 ユクトの合図を受けたウルが、ユクトの頑張りに応えるように全身全霊を込めた雄たけびをあげる。

 その声は空気を震わせ、木々を揺らす程の声。

 そして、少年の身体から黒い影が弾かれたように飛び出す。

 彼の身体に一切の欠片を残す事も許さない勢いで。


『貴方は!』

「ぐううううう!」


 飛び出した影を見て女性が叫ぶ。

 同時にそれは、苦し気な声をあげて空中に舞い上がる。


『よくもここまで! くそが、お前ら来い!』

 

 糸の切れた操り人形のように崩れ落ちた少年を抱きかかえるユクトをよそに、飛び出した男の霊が声を出す。

 周囲の木々が揺れると、3人の生気を失ったような表情の子供達が飛び出してくる。

 その手には錆びた剣やナイフを持っている。


『そいつを殺せ!』


 男の言葉に無言で子供達が、ユクトに襲い掛かる。

 完全に精神支配を受けているその子達だが、生きているか死んでいるかの判断は出来ない。

 出来ないが、ユクトは生きていると思いたかった。

 生きていると信じていた。

 だから、彼等に攻撃を加えることは出来ずに、迫りくる剣やナイフに対して……腕に抱えた少年を抱きしめて背中を向ける。

 少年に危害が及ばないように。


そして、彼等の手はその背中に向かって、無情にも全力で振り下ろされる。


「ユクトォ!」


 アベルが駆け出す。


「ユクトっ!」


 ミランが飛び込む。


「ユクト」


 ウルが叫ぶその目の前で。

 1人の子供のナイフが鎧の隙間をぬって、ユクトの腰の当たりに突き立てられ……

 ナイフの刃に……それを持つ子供の手に血が伝う。


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