第12話:森林食堂
ユクトが宿に戻ると、アベルとウルもすでに着いていてロビーでくつろいでいるのが見えた。
ウルは彼が宿に入る前から気付いていたようで、扉を開けた瞬間には手を上げてくれていた。
とりあえず、そっちに向かって近付いてく行く。
「お疲れ」
「おう、戻ったか」
「宿の場所すぐに分かった?」
「ここしかないからな。それにウルも居るし」
この村に宿はこの森林の憩い場しかないらしい。
うすうすユクトもそんな予感はしていたみたいだが。
「ミラン達は?」
「ああ、部屋でここのおかみさんと話ししてるよ。どうせ誰も来ないだろうけど、誰か来たら教えてくれつって、ロビーに放置されてるとこ」
「はは」
客に対してあんまりな仕打ちだと思わなくもないが、そもそも接客する機会自体が殆ど無い。
彼女にとってのお客さんという意味合いが、世間で広く思われているお客様とはどこか違うのだろうなと3人が顔を合わせて肩を竦める。
「全員揃ったんなら、食事でもするか?」
「ああ、ご飯なんだけど」
「そこの、森林食堂で食えってんだろ? それも聞いたよ」
抜け目ない。
接客はいまいちかもしれないが、商魂たくましいことだけは分かる。
あの器量と底抜けの明るさ、さらに嫌みの無い豪快さをもってすれば街でも看板のおかみさんになれるかもしれない。
女性には失礼かもしれないが、腕っぷしも強そうだし。
おそらく職業適性は、宿のおかみさんではないことは確かだ。
格闘家と言われても信じてしまいそうな、そんな迫力はある。
「すっげー美人なのに、なんか残念な人だよな」
アベルが立ち上がりながらそうぼやいていたが、ウルに肘でつつかれる。
「んあ?」
いきなり突かれて少し怪訝な表情で振り返って固まる。
その視線の先には、階段に続く通路からタイミングよくおかみさんが戻ってくるところだった。
「おや? 美人の噂を聞いたけど私のことかい?」
距離的に大丈夫かなと思ったが、しっかりと発言の内容も聞かれていた。
ウルの超聴覚のような地獄耳である。
そして、都合の良い耳でもある。
「えっと、そうそう。お姉さん綺麗だなって」
「ふふふ、ありがとうさん! でも私にゃ愛する旦那が居るから、惚れちゃだめだよ」
「たはは」
あっさりと惚気られてしまったアベルが、困ったように後ろ頭を掻きながら愛想笑いを浮かべる。
「で……そのあとに続いてた残念ってのはどういう意味だい?」
「えっ?」
都合の良い耳では無かったらしい。
しっかりと、聞こえていた。
「えっと……そうそう、結婚してて残念だなーって」
「そうかい? そうは聞こえなかったけど、そういうことにしといてあげるよ」
おかみさんはアベルの背中をバシバシと叩くと、豪快に笑いながら奥へと引っ込んでいく。
アベルはおかみさんから逃げるように、速足でミラン達を呼びに行くと森林食堂へと向かう。
この宿の通りの反対にあるから、距離としては徒歩で1分も掛からないのだが。
「すぐそこって言っても夜は冷えるから、嬢ちゃんはもう1枚なにか羽織った方がいいんじゃないかい?」
出かけにテーブルを拭いていたおかみさんに声を掛けられ、ミランが慌てて部屋にポンチョを取りに戻る。
ユクト達が出かける時の防寒着はマントが多いが、子供用で丁度良いのはなかなか見つからない。
カーキーのポンチョを手にもって戻って来たミランだが、まだそこまで冷えていないのでそのまま脇に抱えてエルナと手を繋ぐ。
「きたい!」
「まだ寒くないでしょ? それに、ご飯の時は脱がないと汚れちゃうよ」
「さむい!」
「もう」
ミランの手にあるポンチョを見たエルナが、彼女の手を引っ張って見上げている。
彼女はリボンのついた、この可愛らしいポンチョが大のお気に入りだったりする。
寒くないと着せて貰えないので、ついに着る機会が来たとおねだりを始める。
といっても、まだそこまで寒くないが。
お出かけするならおしゃれをする。
5歳相当とはいえ、女の子はいつだっておしゃれさんなのだ。
「さむい!」
寒くも無いのに寒いと繰り返すエルナ。
言葉の意味は、着たいだ。
勿論、そんなことはミランも分かっている。
ただ、すぐ目の前の食堂に付いたら、脱がせないといけないのに少しばかり面倒臭い。
「さむいー!」
ミランの手を振りほどいて万歳するエルナに、苦笑しつつ仕方なく頭からポンチョを被せてあげる。
「あったかい」
「良かったね」
「エルかわいい?」
「すっごく可愛い」
ニカッと満面の笑みでそんなことを聞かれたら、可愛くないとは言えない。
ズルいという思いはあるが、事実可愛いのだから仕方もない。
「すいません、5人ですけど大丈夫ですか?」
「ん? ああ、空いとる席に座ってくれ」
村にある食堂としては、それなりにお客さんが入っている。
子供連れもいるが、そこそこ歳のいった夫婦や若いカップルも居る。
まあ宿と一緒で、例に漏らさず外食の選択肢があまりないのだろう。
ちなみに村人には、村人割引といったものが適用されるらしい。
それもそのはずで、食材は農家の人や猟師から差し入れと称して持ち込まれたものばかり。
その分、外から来た客に対しては、しっかりと足を見た価格設定になっているが。
「これ」
「うちの宿を使ってくれてんのか、好きなドリンクを頼んで良いぞ。サービスの料理はこっちで決めるが」
「はい、お願いします」
ユクトが旦那に鍵を見せると、左手の掌を上に向けて作ったような笑顔を向けられる。
どうやら、接客はあまり得意では無さそうだ。
ユクトが返事をする頃にはすでに無愛想な真顔になって、調理中のまな板に視線を戻している。
「うわっ、固そうな旦那だな」
「アベル」
思わずポロリと出たアベルの本音に、ミランが注意しながら旦那の方に目を向ける。
聞こえていなかったのか、調理に集中しているのか、その表情に変化は無い。
「1人130エンラくらいで、お任せって出来ますか?」
「それじゃあ大したもんは出せん。200エンラならデザートまで用意する」
「うーん、じゃあ200エンラでお勧めを見繕ってください」
「ん」
ユクトはあっさりと承諾したが、彼は嬉しそうにするでもなく頷いただけ。
「うわっ、田舎の食堂なのにたっけ」
「もう! 聞こえたらどうするのよ」
「そんな大きな声出してないだろ」
調理場からは離れた場所に座っているので、まず聞こえることはないだろうが。
それでもミランは心配だったりする。
もし旦那に獣人系の血が入っていたら、超聴覚を持っているかもしれないからだ。
「大丈夫だよ。ああいう人って仕事に誇りを持っている人が多いと思うし。きっと200エンラなら、本当に自信のある料理が出せるんじゃないかな?」
「言われてみたら、そうだよな……それに、料理出来そうな顔してるし。やべ、期待できそう」
ユクトのフォローを聞いたアベルが、チラリと調理場を見る。
無駄口は叩かず真剣に包丁を扱いながら洗練された動きで火にかけた鍋に食材を足したり、次に使う野菜を棚から出して簡単に下処理をしたりと、同時にいくつもの仕事を流れるような動きでこなしている。
確かに、これはプロだと一目で分かる、手際のよさだ。
ユクトがフォローしてアベルが同意した直後に、旦那の口が一瞬弛んで目つきがさらに鋭くなったことまで彼は気付いていなかったみたいだが。
「聞こえてた」
「げっ? マジ?」
ウルがしっかりと見ていたので、アベルに小声で伝えていたが。
―――
森林食堂オススメコース 200エンラ
・砕いたナッツをふんだんに使った野草サラダ
・鹿の心臓と肝臓のソテー(仕入れ当日限定)
・森の恵みの詰まった蒸し鶏
・じっくりことこと煮込んだ野菜と薬膳のスープ
(疲労回復・解毒・血流改善・便秘解消)
・羊のもも肉のステーキ 茸のクリームソース
・くるみパン
・森で取れた果実のパイ
――――――
次々と運ばれる料理に、目を丸くする一同。
木の器に盛られているが、これが街のそれなりのレストランで陶器の皿に乗っていたとしても驚かないだろう。
そのくらいに、見た目も綺麗な料理ばかりだった。
「ついてるな。今日は猟師から、夕方に仕留めた鹿が1頭届いたんだ。肉は少し熟成させて柔らかくさせる必要があるが、心臓と肝臓は仕留めた当日くらいしか食えんからな」
料理の説明をしながら、テーブルにおいてくれる。
ぶっきらぼうだが、なかなか上手に魅力を伝えてくれるあたり、どこか良いところのレストランで修行でもしていたのかもしれない。
特別メニューは、森の恵みの詰まった蒸し鶏。
これは5人で1つだった。
旦那が全員の目の前で鳥を縛ってある紐を切ると、腹が裂けて中から肉汁をたっぷり吸いこんだナッツや野草、茸塁とクスクスのようなとても小さな粒上のパスタが溢れ出る。
同時に香草と肉の薫りもあふれ出して、その場にいた全員の鼻腔をくすぐる。
「うう……」
「エルナ、よだれ! よだれが、テーブルに落ちる」
エルナの口からトロッと涎が落ちそうになって、慌てて横に座ったミランがハンカチでキャッチするとそのまま口を拭く。
「おお、嬢ちゃんはちゃんと分かるみたいだな」
その様子を見た旦那が、初めて自然な笑みを浮かべてエルナの頭を撫でて厨房に戻っていく。
「さてと、じゃあ食べながらでいいから、集めて来た情報を交換しよう」
周囲の耳が気にならなくもないが、さらにお客さんが増えてワイワイと騒がしくなっている。
それに聞こえたところで、全員村人だろう。
もしかしたら、盗み聞きしたことなんて気にせずに有用な情報を教えてくれる人も現れるかもしれない。
夜の情報収集の場といったら、酒場。
これは、冒険者の常識でもある。
まあ、酒場というか食堂だが。
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