第11話:おとぎ話
「すいません」
ユクト達は宿と思われる建物に入ったが、カウンターには誰もおらず返事も返ってこない。
中はきちんと掃除が行き届いているようで、見渡す範囲には埃や塵などといったものも見えないのだが肝心の人がどこにも見当たらなかった。
一度外に出て看板を見直すが、『宿泊所森林の憩い場』と書かれた木の板がしっかりと掲げられている。
再度中に入って、辺りをを見渡す。
ロビーはそこまで広くなく、簡素な木で作られたカウンターと、木で作られたテーブルセットが置いてある。
テーブルには白のクロスが掛けられており、花瓶には花も生けてある。
その花もまだ瑞々しく色鮮やかな様子から、毎日きちんと手入れされているのは分かるが。
「ごめんくださーい!」
「あー、はいはい。ごめんなさいね」
もう一度大声で呼びかけると、カウンターの奥から快活な女性の声が響いて来る。
それからカウンターの裏にある戸口の暖簾を掻き分けて、髪を後ろに1つに結った女性が出てくる。
歳は30前後といったところだろうか?
袖にフリルのついたベージュのブラウスと赤茶色のエプロンといういかにもな出で立ちだが、それはあくまで街の中の宿屋ならだ。
このような辺鄙な場所では、少しだけ異質に見えなくもない。
豊満なバストと細いとはいいがたいが標準的なウエストが、その大きく明るい声と相まって活発そうなイメージを与える。
「いやあ、ごめんなさいね。あまりお客さんが来ることがないから、裏で内職をね」
そんなことをあけすけに話す女性に、ユクトは苦笑いで返す。
横に立っているミランは、女性のバストに釘付けだが。
確かに見る者を引き付けるだけのものではあるが。
いくらミランが女性とはいえ、いささか不躾な視線であった。
「あらあら、そんなに見つめても美味しい物は入って無いわよ」
「えっ? あっ、いやすいません……あはは」
冗談めかして笑いながら話しかけて来た女性に、ミランがはっと我に返って謝ると笑ってごまかす。
視線を泳がせながらついっと横に反らしつつも、途中でチラリと胸に目がいったのは……まあ、自分が持っていないものに対する憧れのようなものかもしれない。
「はぁ……えっと、今日宿泊したいんですけど、お部屋は……」
そんなミランの様子に溜息を吐きながら、ユクトが空室状況を確認する。
ユクトの言葉に対して、受付の女性はニコリと笑みを浮かべて両手を広げる。
「さっきも言ったけど、客なんか殆ど来やしないからね。部屋ならいっぱい空いてるよ」
「じゃあ、2部屋ほどお願いしたいのですが」
それからユクトが代表して宿泊の手続きを終えると、そのまま部屋に案内してもらう。
宿泊部屋は1階に2部屋、2階に4部屋あるらしい。
取り敢えず、2階の部屋をお願いした。
何かあった時に逃げやすいのは1階だが、外からの侵入に対しては2階の方が防犯面では優れている。
それに万が一魔物が村に入った場合でも、2階だと色々と捗る事も多い。
他には単純に、エルナが高いところが好きという理由もあるが。
「じゃあ、鍵はきちんと管理しておくれ。失くしたら、ドアノブごと弁償だからね」
「はい、気を付けます」
「それと、あんたら旅人だろ? 洗濯物があるなら量に限らず1人あたり20エンラで洗って干しとくよ」
「本当ですか? それは助かります」
本当に客が少ないからか、有償ではあるが色々と細かいサービスも用意してくれているようだ。
特に洗濯をしてもらえるのは、ユクト達にとってもありがたかった。
どうしても移動中に洗濯をしたとして、干して乾くまで待つような余裕はない。
当然道中で着替えはするのだが、下手したら汚れが少ないものから2周目に入ったりすることもある。
「夕飯はそこの森林食堂で食べとくれよ」
部屋の中に入って行った女性が、明り取りの大きな窓を開くと通りの向かいの食堂を指さす。
「うちの亭主がやってるんだけど、この宿の鍵を見せたらドリンク一杯と、一品サービスが付くからね」
「分かりました、是非利用させていただきます」
「頼んだよ。と何かあったら上から大声で叫ぶか、面倒だけど下まで呼びにきとくれ」
「はい」
「じゃあ、食事の件はよろしくね」
簡単な説明を終えると、女性はユクトの背中をバシバシと叩いて下に降りて行った。
「なんか、綺麗な人だけどなんていうか」
「うん、言いたいことは分かる」
確かにそれなりに美人ではあったが、それ以上に田舎の気の強い姐さんのような印象が大きかった。
窓が開けっ放しだったため、心地よい風が部屋の中に入ってきて頬を優しく撫でる。
ベッドが2つずつしかないので、今日は久しぶりにウル親子の部屋にミランがお邪魔するような形の部屋分けになる。
エルナがべったりの為、ウルと一緒でも間違いが起こることはまずない。
ウルは見た目が狼だが、そういう狼では無いのだ。
そう、彼は見た目とは裏腹に、とても紳士なのだ。
それどころか思いっきり肉食系の見た目のくせして、実は草食系男子なのかもしれない。
お茶を淹れるのが妙に上手いあたりも含めて。
部屋の案内を受けている間に、背中で気持ちよさそうに寝息を立て始めたエルナをベッドに寝かせる。
「肩がすっかりベトベトだよ」
「ふふ、洗濯してもらえるんだし、良いんじゃない?」
エルナの涎ですっかり色が変わってしまったチュニックの肩の辺りを撫でながら、ユクトが目を閉じて困ったように首を横に振っている。
「で、僕は少し外で情報を集めようと思うんだけど、エルナの事は任せても良い?」
「うん、じゃあ私はエルナが起きたら、さっきのお姉さんに話をしてみようかな」
「そうだね、意外と色々な話を知ってそうだし、なにより話すのが好きそうだ」
取りあえずエルナが起きるまで誰かが傍にいないといけないので、ミランにそれを任せてユクトは宿から出る。
アベルはウルと一緒だから、基本的にいつでも合流出来るだろう。
ウルの超嗅覚があればこんな狭い村の中くらいなら、簡単に見つけてくれるだろうし。
そんな事を考えながら、なんとか子供達と接触できないかと考える。
「うわっ、知らない人がこっち見てる」
「逃げろ、逃げろ!」
「さらわれるー!」
広場まで歩いて行ったユクトは、そこで追いかけっこのような事をして遊んでいる子供達を腕を組んでジッと眺める。
その視線に気づいた男の子がユクトを指さして叫ぶと、一緒に居た子達がはしゃぎながらその場から駆け出す。
(うーん、そんなに怪しく見えるかな?)
顔を見て逃げ出されたため、ちょっとばかしショックを受けたユクト。
自分の頬をさすりながら、眉尻を下げて首を傾げる。
「すまんのう旅のお方。最近この村で子供達が、何人かいなくなってしまってのう」
そんなユクトに背後から、誰かが声を掛けてくる。
振り返った先のしわがれた声の主は、杖をついた腰の曲がった髪の薄い老人だった。
「こんにちわ」
先ほどの子供達の反応があったからかいつも以上に柔和な笑みを浮かべて、近づいて来た老人に挨拶をするユクト。
やり過ぎて少し不自然になったそれは、ある意味で怪しい笑みとも受け取れなくはないが。
そんな事は気にした様子もなく、ユクトの横に並ぶ老人。
「こんにちわ、旅の方とは珍しい」
「みたいですね。えっと、それでさっきの話を少し詳しく聞かせて貰っても良いですか?」
「ん? 興味がおありかね?」
「ええ……というか、その調査に来たというか」
「ふむ」
子供達が去っていた方向を見つめながら問いかけるユクトに、質問で返す老人。
さらにそれに言葉を返したユクトを品定めするかのように、彼の爪先から頭のてっぺんまで見回す。
「神隠しというふうに聞いたのですが、彼等は外に出てて大丈夫なのですか?」
「うむ、あの子達は大丈夫じゃよ」
「あの子達は?」
「うむ」
あの子達という言葉が気になったので、老人にさらに詳しく話を聞く。
どうやら居なくなったのは8歳から10歳の男の子ばかりで、特徴としては赤茶色の髪の色の子だということらしい。
「まだわしが幼いころに祖父に聞いた、『ウィルオウィスプになったジル』という話に出てくる男の子の特徴に近い子ばかりじゃな」
「ジル?」
「おおよそ事件など起こらぬこの村での、唯一の事件の犠牲者の1人とのことじゃが……まあ、子供達が悪戯に森に入らないようにするためのおとぎ話じゃよ」
「おとぎ話ですか……」
「うむ、子供が森に入るとウィルオウィスプになって、永遠に森を彷徨うようになるといった話じゃな」
「なるほど、よくある話ですね」
村などでは子供達への教訓として、こういった怖い話を利用することはよくある。
老人の話を聞いたユクトも、そういった話の類いなのかなと少しだけ肩の力を抜く。
「まあ祖父は真実じゃと言うておったが……この話には続きがあってのう」
そう言って老人が話し始めた内容は、本当におとぎ話といっても良いような内容だった。
ある日、マシュー村に一人の悪い呪い師が住み着いた。
その男は亭主を亡くした若い未亡人に懸想し、その女性の子供が邪魔になったため森へと向かうよう差し向ける。
女性が病気になるように
子供はその話を真に受けて森へと入って行き……命を散らしたあともウィルオウィスプとなって泉を探し続ける。
子供が居なくなったことに気付いた母親は、我が子を探しに後を追って森に入る。
そして、彼女もまた帰らぬ人となる。
こちらはゴーストとなって、息子を探し彷徨い続ける亡霊にと変貌する。
悪霊となった彼女を救ったのは、ウィルオウィスプとなった子供。
子供は母親を泉まで導き、浄化する。
そう、呪い師が言った泉は、奇しくも森の中に実在していたのだ。
その泉に触れた男の子は意識を取り戻し、悪霊となった母親の事を知って助け出した。
その後、2人の魂は寄り添うように天へと昇っていった。
その際に、炎となって昇華した魂から降り注いだ火の粉を浴びた呪い師は、その身を焼かれ消滅した。
「とまあ、こんな感じの話じゃな」
「そして、その男の子がジルという子なのですね」
「まあ、年寄りの与太話とでも思うてくれ」
老人はそう言いながら歩き出すと、振り返らずに手を振って路地を曲がっていった。
「うーん……面白い話ではあったけど、今回の事とは無関係だろうな」
本当におとぎ話程度にしか聞いてなかったが、意外と長話をしたため日が少しだけ落ち始めていた。
立ち止まって話をしていたため身体が冷えたのか、少し冷たくなった風を浴びてユクトが軽く身震いする。
「いったん、宿に戻ろうか……アベル達も帰って来てるかもしれないし」
独り言ちると、宿に向かって歩き始める。
「ジルか……」
なんとなく、心に引っかかるものを感じながら。
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