第8話:マシュー村
「さてと、それじゃあ出発するか」
「そうだね」
次の日の朝、宿で軽く軽食を頂いてから、メイルの村を出発する。
熊人のハーフの店主が、寂しそうにエルナに別れを告げていたが、どうせ帰りも寄ることになるだろう。
また、すぐに会える……かもしれない。
村を出ると、街道沿いに西へと進んでいく。
馬車が無くなったので、エルナは平たんな道では自分の足で歩いている。
短い脚でトテトテと歩く姿は可愛らしいのだが、お世辞にも早いとは言い難い。
ウルのことだからその辺りも、織り込み済みで旅の計画を立てている。
険しい道や、ちょっとした坂ではウルがエルナを肩に乗せて移動することになる。
といってもウルは力も常人離れしているので、エルナが乗ったところでなんの負担にもならないが。
「良いなエルナは、ウルに肩車してもらえて」
「いいでしょー! パパ、力持ち」
「ん」
ウルの肩に担がれて、にっこにこのエルナにミランが話しかける。
レンジャーのミランも職業ブーストが掛かっているので、ただ歩くだけなら普通の人よりは疲れにくい。
何気ない行動にも、適正職業による優劣は現れる。
ファイターのアベルも体力には自信があるが、ユクトは魔法職。
彼の場合は純粋に日頃の鍛錬と、ポーター時代のお陰で前衛職に遅れることなく着いていけるのだ。
信仰系の法術職なら体力を回復させる魔法や祈りが使えるし、魔法使いは装備で補ったりして旅をするのだが。
ただ、魔法系の冒険者には、経費削減の為に走り込みなどをして体力を底上げしている人も少なからずいる。
最後に頼れるのは、自分の肉体だけだったりするし。
王城勤めの魔法職に関しては、あまり体力を鍛えるような者はいない。
ウルに関して言えば、職業適性以外に種族特性もあるので、フィジカル面では普通の人族のファイターよりは頭一つ抜き出ている。
「角兎」
「狩るか?」
「いや、逃げた」
ウルが鼻をひくつかせ、ツノウサギを見つけたことを報告していたが、こっちが近付くよりも先に逃げてしまったらしい。
狩っても、狩らなくても良いのだが。
狩ったら食料にもなるし、素材でちょっとした小遣いも稼げる。
今回は目的がきちんとあるため、積極的に狩るようなことはしない。
寄り道をしていたら、予定通りに目的地に着かない。
途中メイルの村とマシューの村の間にある、ミドンの村に寄る。
中間地点よりはマシューにかなり近いところにあるが、ここを逃すと他に泊まれそうな村が無いので野宿をすることになる。
時間的に、日が落ちるまでにマシューの村に着くのが難しいので、ここで一泊するのだ。
街から遠いため、メイルの村よりも規模はだいぶ小さく畑が多く目立ち、家畜が普通に村の中を歩いているような牧歌的な雰囲気が強い村だ。
村の中に入って振り返ると、夕日が沈むのが遠くに見えている。
赤く照らされた村の広場を、子供達が走り回っているのを見てウルが少しだけ顔を顰める。
「うん、明日は朝早くに出ようね」
「ん」
そんなウルの様子に気付いたユクトが、彼の肩に手を置いて見上げると微笑みかける。
いつも通り短く返事をした彼は、口を引き結んで大きく頷いた。
***
「すいません、今夜泊まりたいのですが」
「おや、珍しい。何人だい?」
「5人なのですけど」
「部屋は?」
「2部屋で」
村に一軒しかない民宿の場所を聞いた一行は、真っすぐと宿に向かうとすぐに宿泊の手続きをする。
恰幅の良いエプロン姿の女性が、少し驚いた表情を浮かべたあと笑顔で受付を始めた。
この村での民宿は本当に暇なのか、カウンターに編み掛けのセーターが置かれていた。
彼女はそれを手で横にどけると、帳簿に記帳を始める。
お金に余裕が無ければ1部屋で済ませることも多いが、基本的に男女で別々の部屋を用意してもらう事が多い。
最初のうちはエルナがウルと一緒じゃないと眠れなかったため、ウルも女性部屋に泊まっていたというか……ウルとエルナの部屋にミランがお邪魔しているような形だった。
途中からエルナがミランと寝られるようになったので、ようやく男女で別々の部屋となったわけだが。
たまにエルナがウルの布団に潜り込むので、ミランが1人で1部屋という贅沢な使い方をすることもあったり。
「前金で、5人で1000エンラ……ああ、嬢ちゃんは誰かと一緒の布団で寝るなら、4人分800エンラで良いよ」
勿論、この場合の嬢ちゃんとはミランのことではなく、エルナのことである。
まあ、ミランが間違える訳もないが。
「どうする? エルナは私と寝る?」
「うーん……パパがいい」
だったらと、ミランがしゃがんでエルナに尋ねると、彼女はウルの影に隠れて足にしっかりとしがみ付いた。
「プッ、ふられてやんの」
「うるさい!」
アベルに揶揄われたミランがキッと軽く睨みつつも、実は内心ではかなり凹んでいた。
ふられることなど全く想定していなかったため、ショックは大きい。
「知らない村だから」
「うん、そうだよね」
ウルがフォローしてくれているが、流石にもう少し懐いてくれていると思っていたのか、あまり元気づけることは出来なかったようだ。
「どうするんだい?」
「ああ、彼女はそこの狼人と寝るから、4人分でお願いできますか?」
少しだけ傾いているミランの代わりに、ユクトが答える。
それから、受付の女性と色々と話をして部屋の鍵を受け取る。
「あー、食事は用意してもらえないみたいだから、前の通りを進んだところにある食堂で取ってくれだって」
「うん……」
「元気だしなよ。最近はずっとミランと寝てたんだから、たまにはエルナだってパパと寝たいよな?」
振り返って夕飯の相談をしようとしたユクトが、雲った表情のミランの様子を見て苦笑いする。
それから、慰めるようにエルナの頭を撫でながら、声を掛ける。
「ミラン、ごめんね」
頭を撫でられていたエルナも、自分のせいでミランが落ち込んでしまったことに少しだけ悪いと思ったのか謝っている。
「大丈夫! こうなったら今日は、贅沢に1人部屋を満喫する」
「あんま変なことすんなよ?」
「変なことって何よ! しないわよ!」
「大声で歌ったり……」
「んぐっ」
具体的なアベルの指摘に、ミランがどうやら思うところがあったらしい。
言葉を詰まらせている。
「はいはい、とっととご飯に行くよ」
「ん」
アベルに揶揄われて元気を取り戻した彼女を見て、ユクトとウルが顔を見合わせて肩を竦めると、それぞれがエルナを連れて2人の肩を押しながら宿から出る。
教えて貰った食堂の料理は、素材の味を大事にする系の食事だった。
色々と物足りなさを感じつつも、ユクト達は民宿に戻ってしっかりと疲れを癒す。
予定では明日の昼前にはマシュー村に入って、村長の家で詳しい事情聴取をしないといけない。
そのために、イレギュラーも考えて日が出たらすぐに出ようという話になっていた。
ウルが焦れた様子だったのを感じ取ったユクトの提案だ。
彼は無理の無い危険が及ばないような、皆にとっても余裕のある行程を組んでくれていたのだが。
内心では焦っているのが、他のメンバーから見ても丸わかりだった。
時間が経てば経つほどいなくなった子供達にとって、状況が悪くなることの方が多い。
それに、次の被害者が出てしまうかもしれない。
まあ、他のメンバーからしてみても、時間を掛けるよりは早い方が良いと思えるような内容だったので、ユクトの提案に異を唱える者は居なかった。
ユクトが提案したあとでウルの立てた行程にケチをつけるような形になったかもしれないと、少し心配になってそっちに視線を向ける。
「ありがと」
ただ彼から返って来たのは短いが感謝の言葉だったので、ユクトもほっと胸をなでおろす。
「ありがとうございました」
「いや、また機会があったら利用しておくれ」
民宿のおばちゃんにお礼を言ってから、ユクト達はすぐに村を出る。
急ぐと決めたからか、道中もあまりしゃべることなくひたすら街道を歩き続けて4時間。
ようやく目的のマシュー村が視界に入る。
ミランが遠見で見ても、特に村に大きな異変は感じられないので取りあえずはホッと胸をなでおろす。
それからある程度近くまで来たところで、ちょうど村の外の畑で作業をしていた男性を見つけ声を掛ける。
「こんにちわ、ちょっと良いですか?」
「んん? あんたらは?」
「ポポスの街から派遣された冒険者です。村長の御自宅はどちらでしょうか?」
「んー……入り口入って突き当りの大きな家だ」
「有難うございます」
「んにゃね……にしても、あんたらが冒険者かぁ」
お礼を言ったミランに対して、鍬を下ろした初老の男性が眉を寄せて首を傾げる。
それから何か言いかけたが、首を横に振って畑作業に戻った。
あまり良くは思われていないんだろうなと感じつつも、彼女は後ろを振り返り仕方ないかと溜息を吐いて割り切る。
実際には5歳の子供を連れた15歳の男女がメインのパーティだ。
とても頼りになりそうなウルがいるが、他のメンバーを見るといきなり信頼はされないのは分かるし、そういった経験は何度かあった。
まあ、それでも一生懸命やることには変わりないが。
いきなり出鼻をくじかれてしまったが、それでもしっかりとした足取りで村長の家を目指す。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます