第14話:メソドの大森林調査
翌朝早くから、一行はメソドの大森林へと臨む。
とはいえ、しっかりと腹ごしらえはした後でだが。
「エルナ、おしっこは大丈夫?」
「うん!」
「よし、それじゃあ行くか!」
最終確認を行った一行は、取り合えず村から森へと続く道へと入る。
木々を掻き分けてというわけではなく、取りあえずは道があるところまで進みながら何か手掛かりは無いか探すつもりらしい。
「ウルは、行方不明の子の匂いを探ってくれ」
「ん」
「それと、ユクトの聞いたおとぎ話に出て来たという泉。眉唾だけどいまは有力な情報が少ない以上、そういったものでも縋ろう」
「ん」
主にウルの超聴覚と超嗅覚が頼りになるのだが。
行方不明の子達の持ち物や衣類は、村長の計らいで家族の方の協力を得る事も出来たので借りることが出来た。
その匂いを覚えたウルが、鼻を頼りに隊列の2番目を歩く。
今回は最後尾にユクトが担当することになった。
とはいえ周囲の音や気配はウルも気を配っているので、いつもと比べてもそんなに危険度が増すことは無いだろう。
「どうしたエルナ?」
「あそこ! おとこのこがいる」
森に入ってしばらく進むと、エルナが突然茂みに向かって手を振った。
それを見たアベルが質問すると、笑顔で返事が返ってくる。
しかし、エルナの視線の先には誰も居ない。
「誰も見えないぞ?」
「いるもん! ほら……あれ?」
アベルが怪訝そうに言うと、エルナがムッとした表情で茂みを指さして首を傾げる。
「いたもん! さっきまで、そこにおとこのこいたもん!」
「そっか……精霊さんか何かかな?」
「うーん……」
ユクトが、ムキになって誰か居たといいはるエルナの頭を優しく撫でる。
精霊と会話が出来るらしいエルナだから、そういったこともあると思ったのだろう。
エルナはちょっと納得のいかない表情だったが。
「もしかしたら、行方不明の子かもしれない。ちょっと入ってみようか?」
「匂いはない……けど念のため、見るか?」
エルナの気のせいという事にしようとも思ったが、そんなちょっとしたことでも無視して良いほど手がかりはない。
少しのことでも、気になったなら調べてみるべきだと思ったのだろう。
ユクトが鞘に手を添えつつ、茂みを見据えながら他のメンバーに確認を取る。
ウルは鼻をひくつかせ首を横に振っているが、すぐに気を取り直して茂みを見つめる。
別に時間の制限がある訳でもないので、彼もまた調べないよりは調べた方が良いと判断したらしい。
「じゃあ、ウルとユクトとエルナが行ってくれ。俺はミランと周囲を警戒する」
「そうね、注意して周りを見てるから、ちょっと行って来る?」
二手に分かれることにしたうえで、道にはアベルとミランが残ることにしたらしい。
「ん」
「よし、じゃあエルナが僕の後ろで案内してくれ」
「わかった!」
ユクトとウルが前後でエルナを挟むように、森を掻き分けて入って行く。
10mほど進んだところで、ユクトが立ち止まる。
それと同時にエルナも「ここ!」と小さく声をあげる。
「これは……」
「おっきいいしあった! こっちのいしのところにおとこのこいた」
ユクトの視線の先にあったのは、大きな石が2つと小さな石が1つ並んでいた。
そして、大きな石は1つが割れていて、もう1つは倒されていた。
石はどれも苔むしているが、あきらかに人為的にそこに置かれた物のようにも見える。
そしてエルナが小さな石を指さして、ここに男の子がいたと主張している。
「墓石……にしては、花も何も供えられてないけど」
「うーん。かなり古いものだというのは分かる」
ユクトの言う事は分からなくもないが、その石自体は放置されて大分時間が経っているようにも見える。
「割れたのは、つい最近かな? 断面が綺麗だし」
「こっちの石も、倒れて数日くらいしか経ってないみたいだな」
割れた石の断面を見て、ユクトが首をひねる。
石の周りは苔が付いていてだいぶ汚れているのにも関わらず、断面は綺麗なものだった。
また横でウルが調べていた倒れた石が立っていたであろう場所も、土がむき出しになっていて新しい植物が生えているようでもない。
それに石の下敷きになっている草も、全てが枯れているわけではなく一部は青々としている。
「微かにトムの匂いが残ってる」
「本当か?」
石に鼻を近づけていたウルが、少し首を傾げて再度匂いを嗅いで頷く。
トムというのは、最初に行方不明になった子だ。
「これも……手がかりといえるかな?」
「この様子だと、行方が分からなくなる直前くらいにここに来ているはず」
ユクトとウルが石の表面を擦ったりして、名前が掘ってないか調べてみたがそれ以上の手掛かりは得られなかった。
もしかしたら、この石自体になにかしらの手がかりがあるのかもしれないが。
「このいし……きらい」
そしてエルナは割れた石を指さして、眉を顰める。
何か、感じるものがあるらしい。
「確かに、良くない気が少しだけ残っている」
ウルもエルナに言われて、注意深く石を観察して鼻に皺を寄せている。
狼人のウルのこういった直感は馬鹿にできないものがある。
ウルの野生の勘に何度も助けられてきたユクトとしては、このウルの発現は無視することはできない。
「一度戻って状況だけアベルとミランにも伝えよう」
「ん」
それから、ユクト達3人は来た道を戻って2人に見つけたものを報告をする。
「もしかしてだけどさ……そのおとぎ話に出て来た、呪い師と母親と子供の墓石とか?」
「いや、呪い師の墓石を並べて置くか?」
ミランの推測を、アベルが即座に否定する。
おとぎ話の内容としては呪い師は悪しきもので、この親子に対して許されざることをした人物となっている。
であれば、墓石を並べるどころか、墓すら用意されないはずだろう。
そもそもがこれを誰が作ったのかは不明で、さらにいうと母親と子供の遺体は見つかっていたのかすら分からない。
いつの間にやらおとぎ話を実際に起こったものとして一行は話し合っていたが、全てが推論の域を出ないので一度この話は打ち切って捜査を続ける。
「シッ」
取りあえず道を進んでいこうという結論に至ったが、暫く進むとウルが歩くのを止めて口に人差し指を当てる。
「どうした」
「魔物……大きい」
村から大分離れているが、ここまで魔物には出会っていない。
そして、ここに来て初めての魔物が現れたらしい。
「ホーンボア……いや、ソードボア」
「なっ!」
ウルが口にした魔物の名前を聞いたアベルが、一気に緊張に顔を強張らす。
ソードボア。
角の生えた猪であるホーンボアの上位種。
突くだけでなく、斬ることもできる鋭い角が特徴だ。
その討伐難易度は、Cランクパーティ推奨。
「レベル2桁手前のファイターでも、手に余る魔物じゃねーか」
「大丈夫、まだ向こうは気付いていない」
小声で愚痴るアベルに、ウルがゆっくりと下がるように手で合図を送る。
それに従って、ゆっくりと足音に気を付けて前を向いたままアベルが下がる。
「子連れ?」
「いや、雄が1頭」
ユクトの質問に、短く答えるウル。
その答えに、あからさまにホッとする。
これが子連れだった場合、危険度は跳ね上がる。
子猪も強いとかではなく、母親の獰猛性が跳ね上がるのだ。
さらには、狂化スキルまで発動させてくるから、手に負えない。
これは各種攻撃力が増す上に、痛みに対しての耐性が一気に向上する。
痛みに弱いはずの哺乳類系の魔物が、こちらの攻撃を恐れることなくリミッターを外した攻撃を繰り出してくるのだ。
その脅威は推して知るべし。
「距離は200m」
微妙な距離だが、草木が邪魔をしてユクト達には見えていない。
そして逆に言えば、相手からも視界には捉えられていないということだ。
「少しずつ距離を取ってやりすごす」
「分かった。ミラン! エルナを抱きかかえてくれ。エルナは、口を閉じて喋るなよ? それからユクトは後ろを警戒しつつミランを支えながら下がれ」
「分かった」
「んー!」
「うん」
アベルの指示にそれぞれが返事をして、ゆっくりと下がり始める。
もしかしたら5対1でなら、どうにか出来るかもしれないが。
おそらく派手な戦いになる。
それに、血の臭いに惹かれて他の魔物が集まってきても困る。
出来れば、もう少し先まで探索したいところだったのだが。
ここは引くしかない。
「いったみたいだ」
暫く先頭で警戒をしていたウルの言葉に、ようやく一同がホッと溜息を吐く。
「流石、大森林……」
「てか、こんな入り口付近にいるような魔物かよ」
「もしかしたら、冬前で食料を探しに来たのかもしれない」
あまり森の入り口でお目に掛かるような魔物ではないが、時期的なものが悪かったのかもしれない。
「ミラン……おしっこ」
「はあ……」
緊張の糸が切れたからか、エルナが申し訳なさそうにミランの裾を引っ張っている。
ミランが少し困ったような表情を浮かべたが、こればっかりは言っても仕方ない。
「もう少し入り口に戻ってからね。我慢できる?」
「すこしならだいじょうぶ!」
それから少し戻ったところの茂みで、虫よけを使いつつエルナのトイレタイムを取って周囲の散策を再開する。
しかし、先ほど場違いな魔物を見たためか、その動きはかなり緩慢なものになっている。
ウル以外のメンバーも周囲に気を配っているため、あまり捗ることなく時間を使ったため一度村に戻ることになった。
「取りあえず、石の件を村長に聞きにいくか」
「じゃあ、僕は昨日のおじいさんを探してみるよ」
そして、再度村での事情聴取となった。
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