第13話:情報交換

「エールを飲む前に、大事なことだけ話してしまおう」

「そうだな」


 ドリンクの注文をせずに、今日の成果を話し合う一同。

 この世界では職業選定の儀を受けた子は、成人として認められる。

 勿論、飲酒もオッケーだ。

 が、これから大事な話をするというのに、酒が入っては宜しくないことくらい分かっている。

 

 唯一エルナだけはアルコールは飲めないので、最初からオルゴジュースを頼んでいたが。

 この森で取れる、オレンジとリンゴを足したような味らしい。


「あつい……あと、へんなにおい!」


 色々な話し合いをしている横で、エルナが薬膳スープを飲んで微妙な表情を浮かべている。


「じゃあ、消えた子達には共通した特徴があるんだ」

「ミラン! ふうして!」

「ちょっと、ごめん。後でね」


 冷ましてとお願いしてきたエルナを、思わず邪険に扱う。

 エルナが頬を膨らませているが、いま大人たちは大事なお話し中である。

 

「8歳から10歳の子供で、赤茶色の子供達と」

「それは、俺達も村長から聞いたな」


 ユクトの示した情報に、アベルとウルが頷く。


「なんでも、おとぎ話に出てくるジルって登場人物の子と似た特徴らしいよ」

「おとぎ話と来たか……伝承の類かな?」

「でも、この村自体そんなに歴史無いよね?」

「ミラン! あつい! ふうして!」

「ちょっと、待ってって!」

「んー!」


 ミランの方は、宿のおかみさんからこの村の成り立ちやらを聞いていたらしい。

 村が出来たのは、この大森林の開拓の話が持ち上がったころ。

 かれこれ、150年くらい前の話。

 この森には未発見の素材や魔物も多くいたため、調査と採取の足掛かりの拠点としてマシューの集落がつくられる話になった。

 ただ、この話自体は今回の神隠しとあまり関連性が無かったため、ミランも軽く箸折って報告したあと話を戻す。


「エルナ」

「ユクトォ」


 身を乗り出してアベル達の話を聞いているミランの横で、エルナが頬を膨らませて睨んでいるのでユクトが手を差し出す。

 エルナは彼の手を見て顔をパーッと華やかせると、両手で器を差し出す。

 そしてスープの入った器を手渡すと、ミランの横顔にベーっと舌を出す。

 ミランは話に夢中で全く気付いていないが。

 器を受け取ったユクトは、息を吹きかけながらスープを冷ましてやる。


「おとぎ話……でも森から、なにか感じるのはたしか」

「うーん、村長の話でも、森に入った可能性が高いとは言ってたけどな」


 攫われて街道に連れていかれたというより、森に入って行った可能性が高いだろうとのこと。

 特に最初に行方不明になった子は森の入り口をよくウロウロしていたらしく、大人たちもいつかはこうなるのではと心配はしていたらしい。

 なら、なんで止めなかったのかとなるが、注意は何度もしていたらしい。

 言って聞くような子では無かったと。


 次に行方不明になった子は、最初の子が消えてすぐ。

 次の日の朝には、部屋から忽然と姿を消していたらしい。

 

 3人目は他の子と遊んでいる途中で消えて、戻ってこなかった。

 4人目も、夜の間に部屋から消えたらしい。


 そして、実は5人目の被害者が出かけたらしいが、彼の場合は村の人が発見して事なきを得た。

 24時間体制で大人たちが交代で見張りをしていたのだが、夜中にフラフラと寝間着姿のその子が森に入ろうとするのを見つけ、慌てて掴まえたと。


 だったら、他の4人も森に入っていったのは間違い無いだろう。


「でも、そうなると子供達は自分の足で、森に入っていったのかな?」

「自分の足かもしれないけど、自分の意思じゃないかもな」


 ミランの問いかけに、アベルが神妙そうな面持ちで応える。


「うーん、ウィルオウィスプとゴーストか…… はい、エルナ」

「ありがとう、ユクト!」


 ユクトも老人から話を聞いた時はただのおとぎ話と聞き流していたが、やはり関連性があるような気がするらしい。

 エルナに冷ましたスープを手渡したユクトが、考え事をするように首をすこし傾けて、視線を斜め上に向ける。

 もう一度、老人の話を思い出すかのように。

 

「明日朝から森を調査する」


 これ以上建設的な意見は出ないと踏んだウルが、話を纏める。

 というか、彼としては居ても立っても居られないのだろう。

 夜目の利く彼のことだ、本心としては今からでも森に入りたいくらいだろう。


「そうね、まずは手掛かりを探さないと」

「でも、闇雲に探してもなぁ」

「他に情報が得られない以上は、自分の足で探すしか無いよ」


 ミランも同意するが、アベルはもう少し情報が欲しいらしい。

 とはいえユクトもウルに同意見らしく、森に入る方向で話を進めようとしていた。


「じゃあ、そうするか! となれば、まずははらごし……ら……え?」


 そう思ってテーブルに視線を向けるアベル。

 そして、固まる。


 彼がまずは手を付けようと思っていた鹿のレバーのソテー。

 それが、一切れも残っていない。

 いや厳密にいうと、ハツとレバーがあったはずだが。

 皿にハツが2切れしか残っていない。


「あれ? レバーは?」

「レバー?」

 

 アベルの問いかけに首を傾げながら、エルナがフォークをハツに突き刺して口に運ぶ。


「ぜ……全部食べたのか?」

「えっ? おにく?」

「そ……それ」

「うん……コリコリしておいしかったけど?」


 どうやら、エルナが殆ど食べてしまったらしい。

 アベルがプルプルと震えている。


「だめだったの? だって……エルのまえにあったから……」

「いや、そうだけど、あれ皆のだ……ぞ」

「えっ……エル、ひとりでたべちゃった……」


 自分の近くに皿が置かれていたので、皆が話している間に彼女は自分のだと思ってパクパクと食べてしまっていたらしい。

 一切れ食べたらとても美味しくて、フォークが止まらなくなったのもあるが。

 皆のだと知らずに食べてしまった彼女の瞳が、徐々に潤んでくる。


「うぅぅぅ……ごめんなさい。みんあのあっで……わがんなぁ……うう……ごめんなざぃ」


 そしてポロポロと大粒の涙をこぼして、皆に謝り始める。


「パパもたべだがっだ? アベルもユグドも……ヴィランも……エルがぜんぶたべちゃっだぁ」

「うわっ、あっと、あー……べつに良いから。うん、あんなとこに置いた大将が悪いんだよな? エルナは悪くないから」

「でも、びんなのぉ……ひとりでだべっ……たべっ……」


 アベルが一生懸命慰めているが嗚咽を漏らしながら、皆も食べたいだろうものを1人で食べたことに対して悪いと思って泣き始めたエルナに大慌てだ。

 いくら食い意地が張っているアベルでも、この状態のエルナを責めることは流石にできない。

 代わりに森林食堂の旦那のせいにしているが


「そうだよ、エルナが夢中になって食べちゃうくらい美味しいものを作ってくれた、大将が悪いんだよね?」

「うぅぅ……おいじがっだぁ……ごべんなざーい」

「大丈夫だよエルナ。アベルなんて、いっつも1人でこっそり美味しい物食べてるし」

「でも、ババもユグドもヴィランもぉ……」

「これ、大将が出すのを忘れてたんですって」


 そうやってワイワイ騒いでいたら、給仕の女性が皿を人数分もってやってきた。

 その上には、ハツとレバーがそれぞれ2切れずつ乗っている。

 

 明らかに取ってつけたような言い訳にユクトとミランが厨房に目を向けると、旦那が腕を組んで立っていた。

 目が合うと、気にするなといった様子で首をかるく傾ける。

 なかなかに粋な計らいだ。


「み……みんなのあっだの?」

「うん、大将が出すのを忘れてたんだって」


 そう言いながら、旦那に向かって手を合わせるユクト。

 それを見て満足そうに鼻を鳴らすと、作業にすぐに戻る。

 カッコいい。

 思わず同性ながら憧れてしまうような、自然な気遣いと仕草で場を収めてくれたことに心から感謝する。


「ごめんなエルナ。エルナは悪く無かったのに」

「うう、だいじょうぶ! みんなもたべられてよかった」


 アベルがエルナに頭を下げると、彼女は涙を引っ込めて嬉しそうにニコニコとした表情を浮かべる。

 どうやら、彼女もみんなの分が出てきたことで安心したようだ。


 それから、他の料理にも舌鼓を打つ。


「おい、あれ」

「ふふ……今日はいっぱい歩いたもんね」

「昼寝したんじゃなかったっけ?」


 途中で泣いたのもあってか、スプーンを手に持ったままエルナが船を漕ぎ始める。

 その様子をユクト達だけじゃなく、他のお客さんも微笑ましいものを見るように眺める。


「エルナ連れて帰る。みんなはゆっくりするといい」

「あっ、鍵」

「ん」


 今にもお皿に頭を突っ込みそうなエルナを、ウルが担いで立ち上がる。

 それから、ミランに鍵を受け取ってウル達だけ先に店を出る。


 ウルも一緒に眠るかもしれないが、彼の場合はちょっとした物音でも目を覚ます。

 ミラン達が宿に戻れば、きっとすぐに目を冷まして鍵も開けてくれるだろう。


「大将、さっきはすみませんでした。ソテーの代金は別で払います」

「良いよ。200エンラで満足させると言ったんだ……だったら、あれも込みで200エンラだ」

「でも……」

「約束は約束だ」

「すみません……」

「ふんっ。すみませんじゃなくて、ごちそうさまとでも言っておけ。言葉を間違えると、味も落ちる」

「はは……はいっ! ありがとうございます。それと、ごちそうになります」


 ユクトが財布を持って大将の元に謝りにいったが、彼は自分の言葉に責任を持っただけと言って受け取らなかった。

 それどころか、気の利いた言葉まで掛けてくれる。

 最初は宿のおかみさんに強引に案内されたお店だったが、なるほどこんな村でも繁盛する理由が良く分かる。

 実際にポポスの街にあったら、常連になっていたかもしれない。

 ユクトがごちそうさまと言うと、大将は満足そうに目を細めるて食事に戻るよう顎をしゃくる。

 もう一度だけユクトが頭を下げて、アベルとミランの待つテーブルに戻る。


「どうしたの?」

「200エンラで満足させる約束だから、良いって」

「へえ、良い人だね」


 それから残った料理を平らげると、先に帰ったウルとエルナのパイは別に包んで持たせてもらった。


 それからそれぞれの部屋に分かれて、睡眠をとる。

 ミランがウルとエルナの寝る部屋に入るのを見送って、ユクトとアベルも自分達の部屋に戻る。


 次の日は、朝から森に向かうのでそこまで飲んではいないが、それでもベッドに入るなりユクト達はすぐに寝息を立てる。

 なんだかんだで、旅の疲れも出たのだろう。


 皆が寝入ってから数時間、真夜中にウルが目を覚ます。

 丸まって寝ていた彼の背中が感じていた重みが、不意に軽くなったからだ。 

 しがみついて寝ていたエルナが寝がえりでも打ったかと思ったが、ベッドに沈み込んでいた身体が少しだけ浮いたことで彼女がベッドから降りたことが分かった。


「エルナ……トイレか?」

「ううん……だれかないてる」


 そう言って窓の方に歩いて行って、森を見つめるエルナ。


「そしておこってる……あとわらっている」

「何人も居るのか?」


 よく分からないことを言いだしたエルナに対して、ウルはスッと起き上がると横に並んで問いかける。

 その問いかけに、エルナは首を横に振る。


「おんなのひとひとりだけ……わらってるのこわい」


 エルナの視線の先をジッと見つめるが、ウルには何も見えない。

 ただ、何か良くないものを感じることだけは出来る。


「明日あそこにいく。場所をよく覚えておけ」

「うう……こわい」

「大丈夫、私が守る」

「パパ……」


 エルナが何かを感じた場所に向かうとウルが言うと、彼女は怯えたように彼の腰にしがみつく。

 そんな彼女を力強く抱き寄せたウルが、気配のする場所を睨み付ける。


 本当は遠吠えの1つでもあげたいところではあるが、流石にそれは近所迷惑なのでエルナを抱きかかえてベッドに戻る。

 それから包み込むように抱きしめて、背中を優しく叩く。

 ポンポンとリズミカルに背中を叩かれたエルナも、徐々に目を閉じてやがて寝息を立て始める。


 そんなウルの背中の毛は、何かを警戒するかのように逆立っていた。

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