第6話:冒険者ギルドと再会
何も報告をしないわけにはいかないと、ポポスの街に戻るとそのまま疲れた体に鞭うって、冒険者ギルドへと向かう。
おそらくブルート、レート、ランザの3人がすでに戻っているだろう。
それでも、もしかしたらダークベアに3人とも殺されいないかと期待しなくもない。
他人の死を望むあたり褒められたことではないが、彼は大切な物を奪われかけ、さらには殺されかけたのだ。
そのくらいの事は考えても、罰はあたらないだろう。
このまま日をまたいでいくか、もしくはほとぼりが冷めた頃にという判断も出来たが、その間に自分の立場がどんどん悪くなっていくことを想像し、胃を痛める日々になることは想像に容易い。
それよりも、戻ってすぐにギルドに向かった方が多少は心象はよくなるだろう。
そんな楽観的観測を多分に含みつつ、ギルドの前で一度立ち止まる。
「ふう、気が重たいな」
そんな事を呟いたところで、状況が好転するはずもなく。
無機質な木で出来た扉を、ゆっくりと押し開いて中に入る。
すでに中に居た他の冒険者のうち数人が彼の方に目を向けたが、入って来たのがユクトだと分かると、興味を失ったのかすぐに仲間との会話に戻る。
もしかしたら、まだブルート達は戻っていないのかなと、少しだけ気持ちが軽くなるのを感じる。
が、一歩踏み込んで奥の受付へと歩みを進めると、ここでも自分の考えの甘さに嫌気がさすような状況に。
入り口の付近に居たのは、外から戻って来たばかりの冒険者だったのかもしれない。
ギルドの奥にたむろっている冒険者達から、剣呑な眼差しを向けられ思わず足を止めてしまう。
それから彼等が脇に避けてギルドの受付までの道を作ると、そこには受付の男性となにやら話をしているブルートとレートの姿が。
「あの野郎、荷物を置いて逃げやがったんだぞ? しかも、一緒に居たランザを見殺しにしやがって!」
「いくら、ダークベアが出たからといっても遠くない場所に私達だっていたのよ? 元はといえば、あの子が用を足すのに少し遅れたからいけないのよ! それなのに付き添ったランザを見殺しにして、一人だけ逃げ出すなんて」
おそらく周囲の反応でユクトが戻って来たのを察したのだろう。
2人の声がそれまでと比べて勢いを増し、大きくなっている。
「なんで、あんなやつの話を聞かないといけないんだ! あいつには、必ずこの責任は負ってもらう」
「大切な仲間を失った気持ちが分からないの?」
「そうは言っても、片方だけの意見を聞いて処分を下すわけにもいかんだろう」
受付の男性は困ったように首を横に振る。
この2人の信用が無いのか……
それもあるが、そもそもがギルド職員というのは冒険者登録した者に対して平等に接していかないといけない。
無論、ランクによって多少の贔屓はあるが。
ただ、それはギルドの損益に関わる場合、なるべくギルドに損の出ないように処分を検討するということだ。
なるべくなら上位ランカーには不満を抱かれたくはない。
他のギルドに移られたら、それなりの損失となる。
かといって、問題ばかし起こす者を置いておくのも、ギルドにとっては損失になる。
そういったものを天秤に掛けたうえで、多少の忖度はされることもある。
ただ、あくまでも賞罰の部分に関してのみで、揉め事に関してはなるべく当人同士で解決をすることを推奨しているし、ギルドに訴えた場合はきちんと調査をしたうえで判断を下すということになっている。
そのうえ、疑わしきは罰せずということになっているので、確実な証拠が無ければ和解の方向で話を勧める。
それで納得できなければ、当人同士でということだが。
ちなみに冒険者ギルドは、この街には3つあってそれぞれが競い合っているため、あまり冒険者の流出はよしとしない。
そのため、なるべくなら穏便にことを済ませようとするのだが。
「お前!」
「よくも、顔を出せたわね! この恥知らず」
周囲が少し静かになったところで、ブルートがバッと後ろを振り返り、あたかもいま気付いたとばかりに声を震わせながらユクトを指さす。
そして、レートが大声でユクトを罵る。
その周りに居た冒険者達は、腕を組んでユクトを黙って睨み付けている。
最悪だ。
ユクトはすでに多くの敵というか、多くを味方に引き込んでいるブルートとレートに対して、唖然とした表情で見つめることしか出来ない。
彼がここに来るまでに、あることないことを吹聴して回っているはずだ。
いまさらユクトが何か言ったところで、この流れを変えるのは無理だろう。
殺されかけたうえに陥れられたことに、悔しさと怒りで頭がおかしくなりそうだった。
そのうえで、味方が居ないことが何よりも辛く、自分の冒険者としての人生がここで潰えるのかと思うと涙が溢れそうになってくる。
こんな状態で他のギルドに移ろうとしても、きっとブルートが妨害してくるだろう。
問題を起こしてギルドをやめて、他の冒険者からも疎まれているとなると、他でも受け入れてもらうのは難しいだろう。
「戻って来たかね、ユクト。少し、話を聞きたいのだが」
「はい」
受付の男性に呼びかけられ、別室で話をすることになった。
正直に起きたことを、ありのまま話した。
そこでランザがダークベアに襲われて、死んだ事も聞かされた。
まさかランザが亡くなるとは思って無かったため少し狼狽えてしまったが、ダークベアに襲われた経緯と、ランザにヘイトを押し付けたことも正直に話した。
「状況は理解したが……うちとしては、君をこのままここで受け入れることに問題はない」
「でも……」
「ああ、あくまで他の冒険者と同じように在籍させるだけだ。ただ、こうも中堅の冒険者に目を付けられた状況でここに居るというのは、君にとってあまり宜しく無いだろう。それに、表立って君に危害を加えるのならギルドとしても対応は出来るが、陰で行われたことに関しては、証拠もなく君の側に立つことは出来ない」
今まで通りギルドで冒険者として働くことは許す。
冒険者ギルド内部での嫌がらせに関しては守るが、外でのことまでは面倒は見切れない。
そう言われたのだ。
というよりもいまのユクトの立場では、他の街に移り住むより仕方がないといった状況。
ならばと兄を頼ることが出来れば良いのだが、いままで散々助けて貰っている兄にこれ以上の迷惑を掛けるつもりはない。
たとえ兄が迷惑と思わなくとも。
それに、ユクトにだってプライドはある。
一人で生きていくと決めた以上は、そんなことは出来ようもない。
「そう悲観するな。幸い君には堅実にポーターの仕事をこなしてきたという実績がある。とはいえブルート達も後輩の面倒見は良いし、気前も良い奴等だ。ただ何故か時折こういったトラブルを起こす。君と組んだ人間や私達は、多少は君に寄っているだろう。表立って庇うことが出来る程ではないが」
「そう言って貰えるだけでも、救われます」
「それに私にとっては、君に彼等を紹介したという負い目も無い事は無い……これをもってマルートのギルドに向かうがいい」
そういって職員が一通の手紙をユクトに手渡してくる。
「これは?」
不思議そうに首を傾げたユクトに対して、職員は微笑みを返すだけだ。
他所のギルドへの紹介状なんてものは、表立って出せるものではないのだろう。
だが、一般の冒険者が知らないだけで、ギルド同士でも交流はある。
こういったトラブルがあった場合に、もしも問題がない冒険者であれば保護を頼むこともある。
こちらから頼むこともあれば、向こうからお願いされる事もある。
実力は優秀でないが人間性に問題がないという、なんとも失礼な基準は設けられているが。
優秀であれば、ギルドも全力で庇っただろうが。
残念ながらユクトは冒険者として優秀ではないから、ポーターをやっているのだ。
「裏口から出なさい。彼等の一部は殺気立っている。殺されはしないだろうが、暴行を受けるかもしれない」
「はい……」
事情を全て説明したとはいえ、やはり守ってもらうことは出来なかった。
それどころか、恐ろしい脅しまでしてくる始末。
安全なルートで逃がしてくれるだけでも、有難いと思うことにしたユクトは手紙を握りしめて裏口からそっと宿へと戻った。
流石に家を借りるほどのお金は無く、街の安宿に泊まっている。
兄のヒューゴは騎士の独身寮に住んでいるため、一緒に暮らす事は出来ない。
まあ、ユクトには元からそんなつもりは無かったが。
僕が冒険者として、きちんと仕事が出来ていたら。
剣か魔法で、才能を発揮できていたら。
いくら冒険者ギルド内が実力主義のランク至上主義とはいえ、こんな不条理を受け入れられるほど人間は出来ていない。
いや、そんな理不尽を受け入れられることが、出来た人間だなんて思いたくもないが。
悶々としたものを抱え、宿で情けなさと悔しさに枕を濡らしつつ朝を迎える。
鏡に映った顔は、寝不足とむくみで酷い事になっている。
それでも、朝食を取って出かけないといけない。
早速、冒険者ギルドに行って、所属の異動の手続きを行う必要があるからだ。
働かなければ、お金は無くなっていく。
2~3日くらいなら、この宿で過ごす事はできるが。
「そういえば依頼料も受け取って無いな。まあ、荷物は森に置いて来たから、仕事をしたとはいえない……か」
あんな目にあったのに、得られたものはいわれのない悪評のみ。
やるせない。
フードを目深にかぶって、周囲の人の目を気にしながら目的のギルドへと向かう。
どこに昨日の騒動を知っている冒険者が居るか分からない。
目立たないに越したことはない。
そして、昨日まで所属していたメントルのギルドと、殆ど同じようなつくりをした建物へとたどり着く。
初めて冒険者になった日よりも緊張している気がする。
そんな事を思いつつ、深呼吸をして扉に手を掛けようとした瞬間、扉が逃げてバランスを崩しそうになる。
「あっ、すいません」
「いえ、こちら……こそ? あれっ?」
中から出ようとした人が、扉を引いて開けたらしくぶつかりそうになる。
慌てて体勢を立て直してぶつかることは回避できたが、一応謝っておく。
向こうも謝罪をしようとして、言葉に詰まらせる。
そして、何やら驚いた様子だ。
その声に、ユクトは聞き覚えがあった。
「昨日の迷子さん? えっと、ユクトさんだっけ?」
「ああ、ミランさん!」
目の前には、昨日森の中で出会ったレンジャーの少女が目を見開いて立っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます