第3話:日向亭

「ありがとうございました」

「だいどうげいにんさんは?」


 ちょっと遅くなったことを謝りつつも、エルナを引き取って速足で待ち合わせ場所の食堂日向亭へと向かう。


 道具屋からはそんなに離れていないが、エルナはしっかりと向かう途中でした約束を覚えていた。

 ミランは思わずギクリとなったが、誤魔化すように微笑みを浮かべ首を傾げる。

 そんな彼女をエルナがクルリとした青い瞳が特徴の目を細めて、責めるような視線を向けてくる。


「やくそくやぶったらめなの!」

「あはは、終わって時間があったらと思ったけど、急がないとみんなお腹ペコペコで倒れちゃうかも?」

「ううう!」


 ほっぺを膨らませ言葉にならない抗議を行っているエルナの手を離して、ミランがしゃがんで視線を合わせる。


「好きな物頼んで良いから! それに、エルナの新しい服もお願いしてきたんだよ?」

「ふくぅ? あたらしいふくかってくえるの?」

「そうよ! ギルさんに冬までに暖かいの作ってねお願いしてあるんだから」

「そっか! やったぁ!」


 ギルというのは、先ほどの裁縫道具を扱っているお店の青年だ。

 すっかり機嫌を直したエルナの手を引いて、急ぎ足で日向亭へと向かう。


 木で作られた扉を押し開いて中に入ると、ウェイトレスのニーナがすぐに気付いて手を振って来る。


「あ、ミラン! エルナちゃんもいらっしゃい! ユクト達なら奥のテーブルだよ」

「ありがとうニーナ」

「こんにちは!」

「はい、こんにちはエルナちゃん」


 ニーナはかがんでエルナと視線の高さを合わせると、お盆を持っていない方の手で頭を優しく撫でる。

 エルナがくすぐったそうにしているのを見て満足したのか、スッと立ち上がるとあとでねと手を振って仕事に戻っていった。

 そんな彼女の後姿を見送って、教えて貰った席へと向かう。


「遅いぞミラン!」

「あー、気にしなくていいよ僕たち、いま来たところだから」


 アベルが文句を言っているが、ユクトがすぐに間に入る。


「ん、わたしは先に来て、ここでルートを考えていた。気にするな」


 ウルは早々と日向亭へと来て、珈琲を飲みながらルートを考えていたらしい。

 机の横に置かれた彼の茶色い皮の鞄から丸められた地図がはみ出している。

 

「ごめんねアベル」

「あー、エルナに怒って無いから。うん、俺もさっき来たばっかり」

「もうっ」


 エルナがアベルの横に歩いて行って裾を引っ張って謝るのを見て、アベルは人差し指で頬を掻いてから頭を優しく撫でる。

 そんなアベルをジトっとした目で睨むミラン。


「大体、アベルの靴を仕立てて貰いに行ってたんだからね」

「あー……それは知らなかった。悪い」


 自分の個人的な買い物もあったことを聞いて、途端に居心地が悪くなる。

 アベルは完全に旗色が悪くなったことで、横を向いてそっけなく謝った。

 少しばかり言い足りない気もするが……


「と、ありがとう」


 お礼まで言われてしまったら、これ以上文句を言うわけにもいかない。

 逆にミランが大人げなく思われてしまう。

 少しの間、何か言おうと口をパクパクとさせていたが、仕方なく椅子に座る。


「いいわよ……ただ、次からは自分で買いに行ってよね」

「ああ、お金くれたら」

「それも含めてのお小遣いなんだけど?」

「ははは」


 まだ完全に機嫌が直って無いことを察したアベルが、誤魔化し笑いを浮かべてお茶を濁す。


「はいはい、いい加減にしないとお腹が空き過ぎて倒れそうだよ」

「ん」


 そんな2人の空気を振り払うかのように、ユクトは手を打って注文を促す。


「そうだった! 今日はウルの毛を売って来たんだけど、すっごく高く売れたからさ! ウルは好きなのを頼んで良いよ! エルナもデザート頼んで良いから」


 注文の段階になって裁縫屋さんでの臨時収入のことを思い出したミランが、満面の笑みを浮かべてウルに報告をする。

 彼の毛のお陰で入った収入なので、彼のお手柄だ。

 といっても本人は邪魔になるし部屋を汚すだけのゴミでしかなかったので、そんなことで感謝をされるのはどこか居心地が悪かったりもするが。


「いい……その分、貯蓄に」

 

 ウルが遠慮して首を横に振ると、机に置かれた紙を指さす。

 紙にはランチメニューが書かれている。


Aランチ

メイン マウントリバーフィッシュの塩焼き

    山菜の素揚げ

    山鳥(コーコー鳥)を煮込んだ、塩とクルミのスープ

    黒パン 

    サラダ

    ドリンク(アルコール以外)


Bランチ

メイン ミール豚のステーキ(120g)

    山菜の素揚げ

    山鳥(コーコー鳥)を煮込んだ、塩とクルミのスープ

    黒パン 

    サラダ

    ドリンク(アルコール以外)


Cランチ(菜食者推薦特別メニュー)

メイン 豆と根野菜のガレット 

    山菜の素揚げ

    クルミと茸のスープ

    黒パン 

    サラダ

    ドリンク(アルコール以外)


 価格はそれぞれ100エンラ。

 このお店の最大の魅力である、お昼時限定のボリューム満点かつ安価な肉体労働者向けのメニューだ。

 そしてウルの指の先にあるのは、Aランチ。

 基本的にメインは日替わりだが、そこまでバラエティに富んでいるわけではない。

 街に居る時はここでしか昼食を取っていないため、ユクト達はおおよそ全ての種類を食べ尽くしただろう。

 ちなみにウルは中身も見ずに毎回AとBを交互に注文していて、今日はAランチの日だったらしい。


「ええ、追加のお肉とかいらない?」

「ウルがいらないなら、俺が頼んでも良い?」


 なおも食い下がってウルの希望を引き出そうとするミランに、アベルが横やりを入れてくる。

 彼もたまには贅沢をしたいのだろうが、彼のお小遣いの大半は買い食いに消えている。 

 いまさら、ここで余計なものを食べなくとも。

 横でユクトが呆れたような視線を送っているが、あえて気付かないふりをするアベル。

 

「はあ? 駄目に決まってるでしょう」

 

 当然ミランも呆れた感じで咎める。


「いい」

「やりい!」 


 が、ウルがあっさりと許可を出したことで、アベルがガッツポーズをしてメニューのアラカルトを物色し始める。

 

「ウル!」

「アベルは育ちざかり。食べられる時に食べる。大事」

「むぅ……」

「そうそう、ウルは分かってるね!」


 何故か釈然としないものを感じつつ、溜息を吐く。

 

「いいよミラン。そいつさっき、僕の金で豚串焼き食べたばっかりだし。これ以上食ったら豚になって、剣が振れなくなっちゃうよ」 

「そうなの?」

「えっと……裏切者」

「この件に関しては、最初からミランの味方だし」


 ユクトの密告にアベルが恨めしそうな視線を送っているが、本人は涼やかな表情であっさりと受け流す。

 

「じゃあ、アベルは野菜多めのCランチだね」

「ゲッ! せめて魚のAランチか、肉のBランチ……」

「アベル、ぶたさんになっちゃうよ?」

「ぐぅ」


 先ほどからやり取りをキョトンとした表情で見ていたエルナだが、アベルが豚になるという発言を受けて心配そうに見つめている。

 流石にエルナにそんな視線を向けられたら折れるしかない。


「じゃあ、ウルの分は僕が」

「ユクト!」

「いい」

「おまっ!」


 その隙にユクトがウルの取り分を横取りする。

 アベルが抗議しているが、無視してアラカルトの逸品を指さす。


「これ、ただランチもこれもは無理だから、ウル半分食べてくれないかな? ミランも一口手伝ってよ」

「ん」

「そういうことなら」


 そう言ってユクトが選んだのは、ホーロー牛のステーキ300g。

 めったにとれない水牛の仲間で、餌となる草の生えた川辺からあまり動かないため脂身が多く柔らかい。

 さらに言えば彼等が好んで食べる草も、ミズミズソウと呼ばれる9割以上が水分で出来ている草だ。

 その水分の中に様々な栄養素が溶け込んでいるのだが、それを食べて育った彼等は肉質が瑞々しくジューシーに育っている。

 そのくせやたらと力強く、立派な角とありえない速度で走る脚力を持っているため捕まえるのも命がけ。

 普段なら絶対に頼めない高級肉。

 単品で250エンラもする。

 ランチが100エンラなのを考えると、この定食屋でもかなりの高級料理だ。


「俺は?」

「ふふ、まあ一口ならね」

「エルも! エルも!」

「勿論、エルナにも分けてあげるからね」


 半分は約束通りウルの取り分だし、彼に遠慮させずに美味しい物を食べて貰おうというユクトの気遣いだけど、ウル以外のメンバーも一口ずつ口にすることが出来て大満足だ。

 決して、便乗したわけではない。

 仲良く皆が幸せになれる方法を提案しただけだ。

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