第16話:不安

「なんでウルがついていながら!」

「ごめん……今日はエルナ、私のベッドで寝てた」

「あっ……ちっ」


 ウルがいたにも関わらずエルナが居なくなったことで悪態をついたアベルだが、ミランが振り絞る様に小さな声で呟いたのを聞いて、顔を顰める。

 てっきりウルと同じベッドで寝てたと思っていたからだ。

 アベルの発言で、ただでさえ責任を感じて辛そうな表情を浮かべていたミランが、さらに顔をくしゃっと歪ませる。


 その表情を見てしまったと思ったが、どちらにせよ責任はある。

 謝るのは違うと考えたアベルの口から続いて出たのは、何に対するものかも分からない苛立ちと責め場のない気持ちを代弁する舌打ちだった。

 その音に、ミランがさらにビクッと肩を震わす。


 ミランに叩き起こされたユクトとアベルは手早く着替えと装備を終えて、部屋から飛び出す。

 たった一組しかいない宿泊客のただごとじゃない様子に、宿のおかみも起きて来たが。


「あまり騒ぎにしたくない。エルナが消えた! いま、ウル……狼人が先に森に探しに入った。取りあえず明日の昼までに誰も戻らなければ、村長に報告してください」

「大丈夫かい? なんだったら、村の男達を集めようか?」

「相手は獣じゃなさそうなので、悪戯に刺激をするとどうなるか分かりません」


 おかみさんに昼までは誰にも言わないように口止めする。

 とはいえ、村での新たな子供の失踪事件。

 彼女としては、すぐにでも人手を集めて必ず見つけ出したい様子であったが。

 それをユクトが押しとどめる。

 

 事件の裏にある何かが分からないのに、犯人を刺激するのは得策ではないと考えたからだ。


「目星はついてんのかい?」

「いえ……ただ、全く手がかりがないわけでもないので」

「明日の昼までだよ! そこまでしか待たないからね!」


 ユクトがそれだけ言って飛び出すと、後ろからおかみさんが念を押す声を掛けてくる。


「はいっ!」


 それに対して振り返らずに手を上げて応えると、彼は急いでアベル達を追いかける。


***


 エルナを追って森に入ったウルが、鼻をひくつかせる。

 森に入った途端に、様々な匂いがウルの邪魔をする。


「グルゥ」


 苛立ちを言葉にしながら、微かに感じるエルナの匂いをたどって慎重に進む。


「エルナ……」


 木々の隙間から差し込む月の明かりだけでも、ウルは周囲の景色がはっきりと見える。

 何かに気付いてウルがしゃがんで、地面を触る。

 子供の足跡だ。

 日中に入った時についたものではない。

 ということは、自分の足で歩いていったのか?

 そこに思い至った瞬間に、ウルがほんの少しだけホッとする。

 

 どんなに急いでもこの足場の悪い中で、ましてや夜にそんなに進めるとは思えない。

 ということは、割と近くにいるのではないだろうか?

 取りあえず腰につけた革袋から、固い木の棒のようなものを取り出す。

 そして、それをすぐ傍の木に擦りつける。

 ほのかに幹が青白く発光する。


 ヒカリゴケを圧縮して固めたもので、壁や木に擦りつけることで苔が付着して淡い光を放つのだ。

 この棒自体は実は星のチョークと呼ばれる、子供の玩具だったりする。

 ヒカリゴケは乾燥すると光らなくなるのだが、内部に水分を溜めこむことが出来る。

 なので棒の周囲は乾燥して黒ずんでいるが、乾燥したことで隙間がなくなり保湿力があがっている。

 すなわち、中のコケは外に出ると光を放ち始めるといった簡単な仕組みのチョーク。


 こすったことで、ウルが手に持った星のチョークの先端も光っているが。

 

 湿度の高い夜の湿った森なら、数時間は光り続けるだろう。


「音は拾えないか」


 耳をあちらこちらに向けてエルナの足音も探ってみたが、虫や鳥の鳴き声や獣の足音も混じって判別が難しい。

 遠くから聞こえるホーッ、ホーッという鳴き声はミミズクかフクロウか。

 そんなことを考えながら、再度匂いでの探索を続ける。


 そして日中の探索で見つけた、3つの石碑らしきものがある場所にいきつく。

 そこにある小さな石からエルナの匂いを強く感じ取ったウルが、顔を顰める。

 

「なぜ」


 エルナがやったかどうかは分からないが、小さな石が倒されていた。

 その場にしゃがみ込んで、小さな石に手を触れる。

 特に感じるものは何もない。

 それが、かえってウルの中で引っ掛かる。

 石をひっくり返してみるが、何か書かれている様子もない。

 どうしたものかと首を傾げ、立ち上がろうとすると同時に複数の人間の遠くの方から足音が聞こえる。


「来たか」


 そう呟くと、ウルは立ち上がって膝の辺りについた土をぱっぱと手で払う。

 足音の主はユクト達だと、音だけで彼には分かっていた。

 合流するために戻ろうかと一瞬だけ逡巡したが、すぐにかぶりを振ってやめる。

 

 森の中を素早く移動しつつも、目印はしっかりと付けてある。

 ならばエルナとの距離を縮める方を優先した方が良いと考えたのだ。


 今のところ周囲には魔物の気配もない。

 が、油断は出来ない。


「アウーン!」


 一際大きな咆哮をあげると、ウルは森の奥に向かってしっかりとした足取りで進み始める。

 狼人であるウルの咆哮は、上位の狼系の魔物のそれに匹敵する。

 故に並の草食系の魔物であれば、その場から遠ざかるように逃げ出す。

 逆に、より強大な何かの興味を引くこともあるが。

 よほど腹を空かせた何かか、プライドの高い獣でもない限り気にもしない。


「あれは……」


 そして、ウルが木々の隙間から光を放つ球体を見つける。

 ウィルオウィスプ。

 人魂と考えられている精霊、もしくはゴースト系の魔物の一種だ。


 そしてそれは小さな人影の周りを、踊るようにくるくると回っている。 

 ウィルオウィスプの放つ弱々しい光に照らされて、たどたどしく歩くその後ろ姿は……


「エルナ」


 彼女を見つけてすぐに駆け寄りそうになったウルだが、一歩踏み出したところで思い直して後ろを付いて行くことにする。

 もしかすると、他の行方不明の子供達も見つかるかもしれない。

 そう考えてのことだった。


***

「エルナァ……」

「ミラン」


 半泣き状態で、小さくエルナの名前を呼びながら森を歩くミラン。

 ユクトが、ミランの腕をグッと掴む。


「今回のことは、ただごとじゃない」

「うぅ」

「だから、落ち着いて対処しよう」

「うん」


 ミランの肩を優しく叩いたユクトは、遠くの木を指差す。


「ウルの目印だ」


 その木の幹は弱々しい光を放っているが、明らかに人為的に着けらた何かだとすぐに見て分かる。

 そして、そんなことをするのはウル以外に心当たりはなかった。


「急がないと!」

「ミラン!」


 目印を見つけたことで、気が早ったミランが小走りになる。

 今度はアベルがミランの腕を掴む。


「落ち着けよ、ユクトが言ったばかりだろ? 焦って大事な手掛かりを見落としたら、余計に遠回りになるだろう」

「でも、私のせいで」

「ミランだけのせいじゃない! こうなることを予想してなかった、リーダーの俺の責任でもある」

「気休め言わないでよ! アベルもユクトも隣の部屋にいたわけだし、ベッドに一緒にいたのは私なんだから! 私のせいだもん!」


 アベルの慰めるような言葉を突き放し腕を振りほどいたミランが、キッとアベルを睨み付ける。


「どうせアベルだって、私のせいだって思ってるんでしょ?」

「そんなこと一言も言ってないだろう!」

「言わなくても分かるもん!」

「ストップ! 落ち着け2人とも。いまは、エルナを見つけるかウルと合流する方が先だ」


 言い争いを始めた2人の間に割って入るユクト。

 こんなところで騒いで、魔物を呼び寄せるなんてことになったら最悪だ。

 アベルが一方的に喧嘩を売られた状況だったため、ミランの肩を両手でしっかりと掴んで目をジッと見つめる。


「気持ちは分かるが、誰のせいだとかそんなものは後回しだ。大事なのは無事にエルナを連れて帰ることだよね?」

「ユクトまで……大体、なんでそんなに落ち着いて居られるのよ! エルナが居なくなっちゃったのよ? まだ幼いのに、きっと寂しい思いをしてるのよ!」

「ミラン?」


 いつものミランらしからぬ様子に、ユクトが首を傾げる。

 こんな風にだれかれ構わず当たり散らかすことなど、普段の彼女からは想像もつかないくらいに珍しい。

 名前を呼び掛けたユクトに対して、なおも彼女は胡乱げな視線を向けてくる。


「ミラン!」


 ただごとじゃない彼女の様子に、肩を掴んでいる手に力を込めて一瞬だけ強く握る。

 

「ユクト……」


 次の瞬間、ようやくミランの目がユクトをしっかりと捉える。


「ごめん……なんか、物凄く気が焦って。悪い事ばかり頭の中に思い浮かんじゃって、いまもまだ」


 彼女が普通じゃないことだけは分かった。

 もしかしたら、何かにあてられたか。

 しかし、ウルじゃないためそういった事象に関しては、ユクトはまったくからっきしだ。

 それでも彼女の中で、未だに不安と焦燥が湧き上がっているらしいことだけは分かる。


「アウーン!」


 その時、森にウルの声が木霊する。

 と同時にミランの肩が跳ね上がる。


「あっ……」


 そして小さく声を漏らして上を見上げたミランが、首を2、3度振る。

 

「ごめん、今度こそ落ち着いた」

「ったく、なんだってんだよ」


 目を閉じて溜息を吐いたミランが、顔をあげるとようやくいつもの彼女の表情のように見えた。

 それを見てホッとしたユクトの斜め後ろで、アベルが不満そうに……そして多分に安堵の思いを込めた声色で悪態をつく。


「本当にごめんって」


 片目を閉じて片手で謝って来るミランに、ようやく2人が顔を見合わせて溜息を吐く。


「さあ、落ち着いてウルの後を追おう」

「だな。夜の森なんざ、レンジャーのお前が落ち着いてくれなきゃ俺達じゃ手も出せん」

「もう、分かったてば。任せてよ」


 先ほどまでの様子が嘘のように、周囲を警戒しながらしっかりとした足取りで進み始めたミランを2人が追いかける。

 やはり、何かがこの森に潜んでいるのだと、確信を抱きながら。

 

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