第4話:生還と出会い
「はっ、はっ、はっ……」
短く息を切らせながら、必死で走り続けたユクトはようやく後ろを振り返り、徐々に速度を落としていく。
闇雲に走っているようで、時折方向を確認していたため確実に入り口は近付いているはずだろう。
そう信じたい。
とはいえ、周囲はすでに記憶にない景色になっている。
地図なんてものは持ってきていないし、仮にあったとしても鞄は置いて来ている。
腰に付けた皮の袋には大したものも入っていない。
一緒に行動していた例のパーティの魔法使いの女が、方向や気配を探知する魔法を使えたため、必要無かったのだ。
気配探知といっても、大きな気配しか探知できない。
が、街のように多くの人が集まるような場所であれば、ある程度離れていても分かるらしい。
そんな便利な魔法が使えるようになるジョブに、軽く嫉妬する。
恵まれたジョブを持ちながら、こんなことをするという神経は分からないが。
取りあえずの身の危険は去ったが、いまだにユクトは予断を許せない状況だ。
直接危害を加える者は居なくなった代わりに、魔物や遭難の危険性が出て来たことに辟易とした様子で溜息を吐く。
「なんで、こんなことになったんだろう」
取りあえず大きな木を背にして、開けた場所に座り込む。
鳥や虫の鳴き声が聞こえはするものの、獣の気配は無さそうだ。
腰に付けた水筒を手に持って、口を付ける。
少し喉を潤す程度に水を流し込むと、口を袖で拭ってから水筒をまた腰に括り付ける。
「一人で野営はちょっと勘弁してもらいたいな」
大きく伸びをして、まずは向かうべき方向を探る。
幸い周囲はまだ明るい、周囲を見渡す。
「苔がこっちの方が多くついているから、こっちが北か」
この世界でも太陽は東から昇り、南を通って西に沈む。
日陰を好む苔の付き方で、おおよその方角は見当がつく。
南東か南西かくらいは、分かるだろう。
「南側から森に入ったから、取りあえずこっちに真っすぐ向かえば何とかなると思うけど」
真っすぐ進むというのが案外難しかったりする。
取りあえず視界ギリギリの木を目印に、進んでいく。
途中何度か振り返って、出発地点の木を見失わないようにしながら。
そこまでたどり着いたら、出発地点の木とこの場所の延長線上にある木を目印にまた歩き始める。
地味だが、これなら知らず知らずにぐるりと迂回をしていたということはないはずだ。
ユクトは慎重に歩を進めていくが、すぐに諦める。
「駄目だ、あってるかどうかも分からないのに、ひたすら歩き続けても不安しかない」
途中で角の生えたウサギに2匹ほど出会ったが、1匹はすぐに茂みにと消えてしまった。
が、もう1匹は果敢にも飛び掛かって来たので、兄から譲り受けた剣で叩き落としてそのまま体に突き刺して仕留めることが出来た。
簡単に血抜きをして、木の枝に括り付けて持って行こうかとも思ったが。
このウサギの血の匂いで、厄介な魔物を集めるのが怖かったので惜しいけれど置いて行くことにしたらしい。
魔物を倒す事でジョブのレベルは上がるのだが、ユクトのレベルは上がる気配がない。
職業のレアリティによって、必要な供物の量も変わってくる。
特に上位クラスともなると、弱い魔物を狩った程度ではなかなか上がらないものもある。
喜んでいい事かどうかは分からないが、ユクトのレベルはまだ1のまま。
レアリティが高いということの証明ではあるが、何が出来るか分かっていないジョブにおいて、スキルも魔法も覚えられない状況というのは嬉しくない。
もし、魔法やスキルが顕現すれば、あるいは……
そういったことに期待を込めて、冒険者になりたてのころはスライムや先の角の生えたウサギなんかを狩っていたのだが。
一向に上がる様子の無いレベルに、ユクトはとうの昔に自分の得たジョブに何かを期待するのは諦めてしまっていた。
何度か挫けながらも自分を奮い立たせて、森の出口も分からず暗中模索の中、それに先に気づけたのは幸運だった。
遠くから近づいて来る話し声。
木々を踏みしめる音。
会話の内容から、野盗の類ではないことは分かる。
「もうそろそろ、集まった?」
「傷薬草が5束でしょ? いまこれで47本だからあと3本かな」
傷薬草の採取依頼を受けた冒険者か、もしくはただのおつかいか。
どちらにしろ、誰かが初級ポーションの材料の傷薬草の採取に来ているということはここは、大分森の入り口に近いところらしい。
ホッとすると同時に、身体が力が漲って来る。
ユクトは先ほどまで殺されかけた緊張感と、遭難しかけているという不安の中、極度の疲労を感じて地面に倒れ込みそうになっていたとは思えないほど、晴れやかな顔をしている。
一度深呼吸をすると、なるべく穏やかな声色を心がけて優しい口調で声を掛ける。
「こんにちは。冒険者の方ですか?」
「誰?」
「あ、こんにちは」
髪を後ろに結った皮の装備に身を包んだ少女は警戒するようにこちらを見てきたが、一緒に居た金属のプレートアーマーを着けた少年の方はユクトを見て笑顔で挨拶を返してくれた。
どうやら、そこまで怪しいとは思われなかったようだ。
「すみませんが、道に迷ってしまって。ここが、森のどの辺りか分かりますか?」
なるべく物腰穏やかに丁寧に質問を投げかけると、目の前の2人は顔を見合わせたあと、一瞬の間を置いて吹き出す。
「どこも何も、すぐそこに道がありますよ?」
「ここは、道の脇の採取場だし」
道の反対、森の茂みの方から出て来て、2人にばかり集中していたユクトにはその後ろの道が見えていなかった。
少しだけ恥ずかしいと思うが、本当に生きて戻れたことにユクトがようやくその場にへたりこむ。
「どうしたの?」
「何かあったんですか?」
「あー、色々とあったんですけど……今は取りあえず諦めなかった自分を目いっぱいほめてやりたい」
質問に対してそんな訳の分からないことを口走るユクトに、2人は肩をすくめてお互いを見て首をかしげていた。
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