第1話:事前準備 ユクトとアベル
「それにしても、ウルがあそこまで感情を出すとはね」
「ウルは、優しいからな」
優しいか……
敵に対しては容赦ない気がするけど。
ユクトは戦闘中のウルの姿を思い出しながら、横を歩くアベルに目を向ける。
見れば彼の装備もボロボロだ。
青銅のプレートアーマーは歪に凹んでいて、留め具は何度も補修した跡がある。
そういう自分も皮の鎧はあちこち傷だらけで、みっともない。
剣だけはしっかりと手入れしているお陰か、2人とも錆び一つない状態だが。
2人が向かっているのはマルートの冒険者ギルドだ。
冒険者ギルドの名前は、組合だった時代の最初の組合長の名前がつけられている。
当時の組合長はどちらかというと財力と権力にものを言わせた、元締めに近い立場であった。
初代ギルド長である組合長自身が組合員を集めて回り、一つの組織を作り上げたのだからさもありなん。
ちなみにどういった人たちかというと、手に職を持たず街で適当に頼まれごとをして暮らしていた便利屋と呼ばれる人たち。
昔はそういった便利屋が魔物退治や、ちょっとした素材の採集などを行っていたのだが。
便利屋同士の仕事の取り合いでの喧嘩や、恐喝紛いに依頼をさせるような行為、また強引な素材の販売が横行していた。
それでも外から何かを取って来るだけの力はあるし、街の中でも頼まれたことはやってはくれる。
そこに目を付けたある町の商人が、自分の為に見どころのある連中だけを集めた。
それが冒険者とギルドの前身だ。
それから時折、その商人を仲介して街の人達が自分の依頼をお願いするようになったことで、これは商売になると感じた男は専用の建物を造り便利屋を立ち上げた。
その目論見はヒットし、直接便利屋に頼むことを躊躇していた潜在需要が表に出たことで一気に規模を拡大していく。
その中で紆余曲折あったもののある程度の淘汰は行われ、一定の基準を満たした者で秩序が最低限守られた便利屋集団が出来上がった。
こういった便利屋集団の存在は街を渡る商人や旅人たちが広め、他の街でも金持ちの商会や貴族が真似をして創り始めた。
のちに、遠方に珍しい素材を集めに行ったり、国が対応しきれないような小さな村の大きな問題を解決したり、さらには新ダンジョンの探索や、未開の地の探検などで得たものの仲介販売などを行っていくうちに冒険者と名を改め、冒険者ギルドが出来上がったのだ。
その後いろいろなことがあって、今の形に落ち着いたわけだが。
そうこうしているうちに、マルートのギルドの前に到着する2人。
「さてと、それじゃあまずはクエストの受注からだな」
「そうだね」
アベルと一緒にカウンターに並ぶ。
目の前には2組の冒険者が並んでいる。
窓口はいまは2つ開いているため、すぐに順番も回って来る。
「今日はどうするんだ? クエストの写し3つ持って帰ってたろう」
「ああ、これを受けようと思う」
気安い感じで話しかけてくる受付の男性に、朝の打ち合わせで決めたクエストの写しを出す。
マシューの村の神隠しのクエストだ。
「うーん、ランク的にはギリギリか。でもウルもいるし、原因の解明が依頼内容だからな。無理に解決をする必要もないし……」
別にこのクエストには、解決とは書いていない。
あとは子供達の安否の確認と、救出も含まれているが。
それに関して、手段の記載はない。
可能ならば村人達に協力を求めるのも、一つの手としてありかもしれない。
「無理だけはするなよ? 壁紙にはならないだろうが、あまり効率の良いクエストとはいえないし、命あっての物種だからな」
職員の男は顎をさすりながらクエストの受注を認めたが、あまりお勧めはしていないらしい。
壁紙というのはいつまでも解決も受注もされず、ずっと壁に貼ってあるクエストや、依頼票を指していう言葉だ。
基本的に1週間たっても受注者が居なければ、依頼料の見直し等を顧客に提案するのだが。
なけなしのお金を集めて来た小さな村などでは、それも難しいことがある。
あとは、まあこの値段でやってもらえたらラッキー程度に思っている人たちも、値上げには応じる事は少ない。
そういった依頼は、壁にずっと貼られ続けて色あせていくうちに、ただの景色となって壁紙になると揶揄されての表現だ。
勿論壁紙の中から本当に苦しそうな依頼のみを行う者達も多くは無いが居るので、ふざけた依頼以外は大体はそうなる前に解決されるか取り下げられる。
今回の依頼は、内容に対して料金がかなり安いのが問題なのだろう。
子供達の集団誘拐となると、魔物によって攫われたのであれば生存は絶望的だが、まだ難易度としては高くない。
ただ奴隷商や、人攫いの集団が相手となると難易度はグッとあがる。
それこそ、国に対応を依頼するレベルだ。
だからこそ、マシューの村も解明に依頼内容を留めているかもしれない。
「依頼者の代表は村長のブロンさんだ。村についたら、まずは彼に話を聞くと良い」
「はい」
「じゃあ、頑張れよ」
無事に写しではない受注書を貰ったアベルは、それを丸めて懐にしまうとユクトと連れ立ってギルドから出る。
消耗品等の購入はミランとエルナが行っている
場所の確認と、移動ルートの確認はウルの仕事だ。
昼にいっつも彼等が利用している食堂、日向に集合となっているのだが。
時間的にまだ1時間は余裕がある。
「少し時間が余ったな」
「うーん、といっても何かするってほどの時間は無いし」
降って湧いた自由時間だが、野郎2人で出来ることなど大してない。
「ウルは宿かな?」
「出る時は地図とにらめっこしてたけど、途中まで馬車とかで移動が出来るならそっちの手配をしてるかもしれないな」
ウルは宿のロビーでペンを持って、地図を真剣に見ていたのは知っている。
安全なルートかつ、最短の道を確保するのが彼の仕事だ。
あちこちを旅していた経験と、馬鹿にならない野生の勘に何度も助けられているため、いつの間にか彼の専門の仕事になっていた。
手段も柔軟に選んでくれる。
ただ、川下りを筏でさせられそうになったときは、ミランが全力で拒否していたが。
ウルは気にした様子もなくすぐに代替案を出してきたことに、皆驚いたのは記憶に新しい。
複数のルートを想定してくれているということが、その出来事で分かったため今じゃ全幅の信頼をおいている。
ミランのジョブのレンジャーとはなんなのか。
一番地図や、ルートの確保に詳しくないといけないはずなのに。
勿論ミランも、言葉少ないウルに必死で学んでいる最中だったりする。
誰にも言ってないが。
「あれ? ウルいないな」
「あちゃー、どうする? 居たら手伝おうかと思ったけど、居ないんじゃ仕方ない」
「じゃあ僕は、少しだけ自分でも物を買っておこうかな」
「まだ小遣い残っているのか?」
ユクトは自分用に役に立つ物でも見に行くかと、すぐに宿の入り口に踵を返そうとしたらアベルからそんな言葉が返される。
「えっ? こないだ薬草採取の依頼でたまたま遭遇したグレイウルフを狩って、臨時収入あったからって小遣い貰ったばかりだよ?」
「あー、あれ臨時収入だったからさ……」
どうやら普段の小遣いとは別の割り当てだったので、パーっと使ってしまったらしい。
ちなみにこのパーティの財布はミランが握っている。
ユクトはその事に不満は無いし、アベルも少しばかし浪費癖がある自覚はあったのでそれで良いと思っていた。
が、思った以上にミランが厳しくて、本当に収入に関わらず最低限のお小遣いしかもらっていない。
色々と計算して、必要に足りるだろうとミランが判断した分だけ。
それでもたまに赤字の月とかは小遣いを減らされるものだから、アベルはすぐに後悔したが。
ただ、そのおかげで依頼に必要な消耗品を買えないということも、宿に泊まる事が出来ないということも、食事を抜かなければならないということも無いので、文句を言うことは出来ないが。
ユクトは元々、そんなに欲が強い方でもないのでその小遣いでも、少しは貯金が出来るようにやりくりしている。
そんな様子を見て、ユクトの方がミランより向いているのではと思ったアベルだったが。
ミランよりも財布の口が固くなりそうだったので、あえて何も言ってない。
ウルはニコニコとその事に従っているし、彼は必要最低限の自分の物以外はたまに他のメンバーにお土産を買ってくれたりする。
美味しい屋台の串焼きだったり。
あとは可愛い小物があったら、エルナに買ってあげることもある。
エルナはまだ思考自体が幼いため、ミランが預かっている。
ウルに任せようとしたが、彼からミランにお願いしたいと申し出があったからだ。
「いざという時の為に、少しは残しておいた方が良いよ? 出先の街とかではぐれたらどうするの? 何も食べれなくなるよ」
「ぐう……」
ユクトの指摘に、アベルはぐうの音もでない。
いや、ぐうという悔しそうな音は口から洩れていたが。
「まあ、どうせ俺も暇だし付き合うか」
「えっ? 別にいいけど」
「それは、どっちの意味だ? 来なくていいのか、来てもいいのか……」
たかられそうな予感がしたユクトが素っ気なく返すと、言葉の意味の捉え方に悩み始めてしまったアベルに思わず苦笑する。
「早くおいで。行くよ」
「えっ? ああ、うん」
仕方ないとばかりに、顎を出口に向かってしゃくるとアベルが嬉しそうに駆け寄って来た。
「そんなのが効果あるのかね?」
「うーん……なんだろう? なんとなく惹かれたというか」
「それよりも、なんか良い匂いしないか?」
「たく、一文無しのくせに」
その後露店が立ち並ぶエリアに向かった2人だが、ユクトが買ったのは小さな石が入った布の袋。
それ自体も、手のひらにすっぽり収まる大きさだ。
なんでも、聖なるお守りだとか。
売っている人も、ひとの良さそうな感じではあったが、物自体は疑わしい。
すぐに興味を失ったアベルが、フラフラと良い匂いをさせている串肉屋に誘われるように歩き出したのを、ため息をついてユクトが追いかける。
まあ、買い物に付き合ってもらったということで、串くらいなら良いかなと財布の中身を確認しながら。
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